スカウト
「探偵?」
自分のことを探偵だと言う、リゼットと名乗った少女。
俺は思わず、まじまじとその姿を見た。
淡い茶色のチェック柄の帽子に、同じ生地の短いケープ。白いブラウスに吊り革つきのスカートという装いは、どこか上品で、それでいて動きやすさも感じさせる。
幼い頃に読んだ物語に出てきた名探偵たち。
虫眼鏡やステッキの代わりに剣を持っているだけで、その格好はたしかに“探偵”っぽく見えた。
「色々頭が追いつかないんだが……あのな、さっきまで殺す気満々で斬りかかってきた相手が、なんで急にそんな親しげなんだ? 訳が分からないぞ」
「殺そうとはしてないよ? 抵抗できないくらい痛めつけて、ギフトを使えなくしようとしただけ」
悪びれる様子もなく、あっけらかんと言い切られる。
頭痛がしてきて、思わずこめかみに手を当てた。
「それで、俺への疑いが晴れたみたいな態度の理由は? 冒険者証で身元が分かっても、犯行を行った人間じゃない保証にはならないだろ」
「え? だって君、左半身が不自由でしょ。あと左目も。
だから、この胸の傷を君がつけることは無理だよ」
その言葉に、息が止まった。
そこは、誰にも簡単に見抜かれたくない部分だった。
「……なんで、そう思った」
リゼットは顎に指を当て、少し考えるように首を傾げた。
「戦ってる時の君の反応を見てたら、だいたい分かるよ」
そう言って、剣を振るう真似をする。
「最初に攻撃した時、わたしは君の左側から入った。あの時だけ、反応が少し遅れた。でも次は違った」
今度は体を斜めにして、右半身を前に出す。
さっき俺が取っていた構えそのものだった。
「君は右を前にした半身の構えを取った。二回目は一回目より速く踏み込んだのに、今度はちゃんと対応してた。不意打ちだったにしても、最初の鈍さと噛み合わなかったんだよね」
さらに左手を本でも持つように上げ、右手を軽く振る。
「決め手は最後。吹き飛ばされた時、君はわざわざ魔力障壁を解いて、右手と右足で踏ん張った。逆に左側は、動きが硬かった」
そこでリゼットは、真っ直ぐ俺を見た。
「だから思ったの。君は不自由な左半身を魔法で補って動かしてるんじゃないかって。しかも左目も使えないから、死角になりやすい左側を右半身を前に出すことで補ってる」
図星だった。
ギフト使用の代償で、俺は左半身の自由を失い、左目の視力もなくしている。
今はブレスレット型の魔道具に組み込まれた術式で、どうにか左半身を制御している状態だ。
それを、たった数合のやり取りだけで見抜いたのか。
思わず寒気すら覚えるほどの洞察力だった。
「なるほどな。それで、遺体の傷から俺が犯人じゃないと思ったわけか」
「うん、そうだよ」
リゼットは迷いなく頷いた。
「遺体の傷は、正面から大剣で斬り込まれたものだった。右肩口から左胸へ深く走る、すごく重い一撃。骨ごと断ち斬るつもりで振り抜いたみたいな傷だった」
言いながら、自分の手で斜めに切り裂く軌道を描く。
「しかも、あの刃筋は左で振るったほうが自然なんだよね。正面から向き合った相手を、左利きが大剣で斬った時にできやすい傷だった」
左利き。
その言葉に、俺は小さく目を細めた。
「でも君は違う。左半身が不自由で、左側の反応も遅れる。あの傷みたいに、重い大剣を左主体で正面から振り抜いて、相手を一撃で即死させるのは無理がある」
事実、その通りだった。
左半身は魔法で動かしているだけだ。日常動作ならともかく、戦闘で大剣を完璧に振り抜くなんて芸当はできない。ましてAランク上位の冒険者を正面から一撃で仕留めるなど、今の俺には到底不可能だ。
「……なるほど」
胸の中で、ようやく話が一本に繋がった。
同時に頭痛がより酷くなり頭を抱え、大きなため息をつく。
「はぁ……それならもっと速く警戒を解いてくれよ」
「ん? 落ち着いて考えてみたらそうだ! ってなったの、ごめんね」
こいつ……悪びれることもなく言いやがって。
一発ぶん殴ってやりたかったけど、返り討ちに合いそうだからやめとこう。
「それに、それだけじゃないよ」
リゼットはぴしっと人差し指を立てた。
「傷のつき方だけでも、君は犯人像と噛み合わなかった。そこに身元確認で“ノア・フェルド”って分かったから、ますます違うって思えたの」
「……名前だけで、そこまで言い切れるのか?」
俺が眉をひそめると、リゼットはふっと笑った。
「言ったでしょ。君は最優先のスカウト対象だったって。ちゃんと調べてたんだよ」
その声には、妙に得意げな響きがあった。
「君のギフト《残響記録》は、うちにとって喉から手が出るほど欲しい力。しかも君は、Sランクパーティーで魔導書士として名を上げた実力者だ。なのに調べれば、弱い人を見捨てた話は出てこないし、故郷には定期的に金銭や物資を送ってる。評判を疑おうとしても、悪い話が全然出てこなかった」
以前の俺なら、そんなふうに言われれば気恥ずかしさで顔を赤くしたかもしれない。
だが今は、その言葉はただ傷口を撫でられているようで居心地が悪かった。
「そんな立派なもんじゃないさ。実力不足でパーティーを追い出されたんだ。今の俺は、ただの落ちこぼれだよ」
自嘲気味にそう呟くと、なぜかリゼットはぱっと顔を輝かせた。
「そう、そこ!」
「……は?」
「君が無所属になって、職を探してるって職業斡旋所から報告が来た時、夢かと思ったの。明日まで待てなくて、飛び出してきちゃった!」
職業斡旋所。
明日まで待てなくて。
そこで、俺は森に来る前のやり取りを思い出す。
「もしかして……職業斡旋所が紹介したい求人があるって言っていたのは……」
リゼットは腰に手を当て、胸を張った。
「そう。わたしのところで、ぜひ君を雇いたいの!」
こちらへ手を差し出してくる。
「君の真価は、冒険者じゃなくてわたしたちのところでこそ発揮されるんだよ!」
そして、満面の笑みを浮かべた。
「王都治安維持局ギフト犯罪対策課。わたしが立ち上げた部署にぜひ来てほしい!」




