真犯人
そこにいたのは、俺の知るエルナさんではなかった。
「やめる? 冗談キツいっしょ。こいつらは、あたしが殺す」
エルナさんはつばぜり合ったまま、勢いよく剣を押し込み、その反動を利用してリゼットから距離を取った。
穏やかな笑みも、柔らかな声音もない。
ただ、憎悪だけが瞳の奥で燃えていた。
「気持ちは分かる。だけど、これ以上やったところで、何も得られない」
「分かる? ははは」
エルナさんは、だらりと剣を握る両手を下ろす。
笑っているけれど、その笑みには温度がなかった。
「そんなわけないっしょ? あたしが――」
「エルナさん」
俺はその言葉を遮った。
「今、俺とリゼットがどんな感情をしているか分かるか? いや……どんな色が見えている?」
「……」
エルナさんは答えない。いや、答えられないんだ。
「見えないんだろ? 感情色覚が。今のエルナさん――いやお前を、ギフトがエルナさんだと認識していないからだ」
ギフトは魂や存在に紐づく。
なら、エルナさんのギフトが反応しない理由は一つしかない。
リゼットは、まっすぐに彼女を見据えた。
細剣を握る手に、ぎゅっと力がこもる。
「大切な存在を奪われた気持ちだよ」
その声には、震えるほどの怒りが滲んでいた。
「仲間を奪われて、裏切られて、踏みにじられた気持ち。今、わたしたちはジェイクとエリシアにお前と同じ感情を抱いているんだよ!」
リゼットは剣先を突きつけた。
そして、睨むように告げる。
「ヴェイル・アディス!!」
その名前を口にした瞬間、洞窟の奥で風が鳴った。
まるで、隠されていた真実が暴かれたことに、世界そのものがざわめいたかのように。
「……ふ」
エルナさんが、笑った。
「あははははっ! すごいな、あんたたちは」
正体を暴かれたエルナさん――いや、ヴェイルは、殺気を消さないまま楽しそうに口角を上げた。
「どうして、あたしがヴェイルだって分かったわけ?」
「はじめは、小さな違和感だったよ」
リゼットは剣を構えたまま答える。
「紅茶の入れ方が違った。屋敷の外なのに、わたしに対して口調が崩れていた。そして、睡眠不足を嘆いていた」
それは、ここへ来る前に屋敷でリゼットから聞かされていた話だった。
俺はそれを、全部もっともらしい理由で片づけていた。
口調が変わったのは、俺とエルナさんが打ち解け始めたから。
紅茶の違和感は、睡眠不足の疲れから。
その睡眠不足も、一晩中リュカを見張っていたからだと。
だけど、違った。
リゼットは、それらすべてが『エルナさんらしくない』と言った。
「本物のエルナなら、一晩眠れなかったくらいでも全然平気。紅茶の温度も、茶葉の量も、わたしの好みから外したりしないよ」
リゼットの声が、低くなる。
「何より、エルナは公私をちゃんと分ける。屋敷の中や、完全な私的空間ならともかく、外でわたしにあんな話し方はしないの」
それは、リゼットだからこそ気づけた違和感だった。
長くそばにいたからこそ分かる、ほんのわずかなズレ。
「決定的だったのは、リュカがガルドの部屋でベッドのシーツを直したことだよ」
リゼットは告げる。
「それを、なぜかその場にいなかったエルナが知っていた」
俺は息を呑んだ。
事情聴取をしたのは、俺とリゼットだ。
その内容をエルナさんに共有はした。けれど、不滅の残火の面々がどんな反応をしたのか、どんな仕草をしたのか、そこまで細かく伝えてはいない。
リゼットが言っていた。
捜査において大切なのは、客観的で確実な情報だ。
もちろん、相手の機微が真相につながることもある。
けれど、それは現場にいた者だからこそ意味を持つ情報だ。
わざわざ共有する段階で、そこまで細かな仕草まで伝えることはない。
つまり――エルナさんは、知っているはずのないことを知っていた。
「そして、二つの事件に残された不可解な点」
リゼットが続ける。
「殺した側が死に、死んだはずの者のギフトが次の事件に現れる。その理由を説明できるものは一つしかなかったよ。
それが、ヴェイル。お前のギフトだよ」
ヴェイルのギフト《傷の請負》。
それは単に傷を引き受けるだけの力ではない。
請け負った傷の大きさに応じて、記憶が流れ込む。
致命傷に近い傷であれば、記憶だけでは済まない。人格すら、相手の中へ移り得る。
「ヴェイルは、リュカの中に残っていた。そして第二の事件で、今度はエルナの中へ移った。
だから、わたしの真理宣言で何度かエルナが犯人なのか? って問いかけても全部違うって帰ってきたんだよ」
リゼットの言葉を引き継ぐように、俺は目の前の存在へ告げた。
「今のお前は、《傷の請負》そのギフトの特性を利用して、エルナさんの身体を奪っている。身体はエルナさんでも、記憶と人格はヴェイル・アディス。そうだな?」
ヴェイルは、ふうっとため息をつき、やれやれと言わんばかりに、肩をすくめる。
「凄いね。ほんと、想像以上だ」
今となっては隠す気がないのか、あっさりとヴェイルはその事実を認めた。
エルナさんであって、エルナさんではない存在。
エルナさんの身体に、ヴェイルの人格と記憶が流れ込んだもの。いわば、ヴェイルの亡霊のような存在。
それこそが、この一連の事件の犯人だった。
だから、屋敷でリゼットが《真理宣言》を行っても、答えははっきり返ってこなかったんだ。
犯人はエルナさんではない。
けれど、エルナさんの身体を使っていた。
ヴェイルは死んでいる。
けれど、その人格と記憶は、まだこの世に残っていた。
真実は、そのどちらにも綺麗には収まらなかったんだ。
「このお姉さんの記憶を通じて、あんたたち二人のことは分かってたつもりだったけど……まさか、こんなに早くバレるとは思わなかったさ」
その言葉に、ジェイクとエリシアが、困惑した声を漏らす。
「な、何言ってやがる……?」
「このメイドが……ヴェイル? どういうこと……?」
未だに理解できていないようだった。
自分たちの裏切りが、どんな悲劇を生んだのか。
誰を殺し、誰を歪め、何を壊したのか。まだ何一つ、分かっていない。
「そうだね」
リゼットは二人を見た。
その瞳には、探偵としての冷静さと、少女としての怒りが同居していた。
「お前たちには、知る必要があるよ」
リゼットは断罪するように告げる。
「自分たちが犯した罪を。その罪が生んだ悲劇を」




