ガルド・ロックフォードの死の真相
洞窟の中は、外よりもさらに空気が重かった。
湿った岩肌から冷気が滲み、足元には砕けた石と乾いた土が散らばっている。
進む途中、何度か小型の魔物と遭遇したが、リゼットとエルナさんの前では文字通り瞬殺だった。
俺の仕事は、せいぜい灯りを絶やさないことくらいだった。
やがて俺たちは、他の場所に比べてひどく荒れた空間にたどり着いた。
そこには、今も激しい戦闘の痕跡が残されていた。
抉れた地面。
砕けた岩盤。
岩のようになった魔物の残骸。
巨大な魔物との戦闘があったのだと、誰が見ても分かる光景だった。
「ここがそうか?」
「おそらくね。情報でも、この辺りだと言っていたし」
リゼットはしゃがみ込み、地面に手を触れる。
しばらく周囲を観察していた彼女は、細く目を眇めた。
「……変だね」
「何がだ?」
「崩れ方がだよ」
リゼットは天井を指差した。
そこは、他の場所と同じように荒れているように見えた。岩は砕け、土は盛り上がり、天井には大きな亀裂が走っている。
「ギガントバジリスクが暴れて、天井が削られた跡はある。けど、数箇所だけ崩れ方が違うね」
「というと?」
「他の場所は、表面を削られたり、衝撃で割れたりしているだけ。でも、ここは違う。外から壊されたんじゃなくて、まるで内側から支えを抜かれたみたいに崩れている」
言われて、俺は改めて天井を見上げた。
たしかに、数箇所だけ不自然にぽっかりと穴が空いたように崩れていた。
魔物が暴れた衝撃で砕けたというより、支えを失って落ちたような崩れ方だ。
「ノア」
「ああ」
俺はリゼットの意図を察し、大きく崩れた天井の下へ向かった。
そこに落ちていた、土と岩の混じった破片へ手を伸ばす。
「――対象、《岩盤片》。《残響記録》」
光の粒子が、指先から溢れ出す。
それは岩盤片の表面をなぞるように走り、やがて一冊の本となって俺の手元に現れた。
記述内容へ目を通した瞬間、息を呑む。
「……これは」
「何が書かれているの?」
「岩盤が、内側から魔法で崩されている」
リゼットは俺の腕に触れ、残響記録の内容を覗き込む。
「たぶん、天井に埋め込まれた小さな器から魔力が流れ出したんだろうね。それが岩盤の内側を走って、支えとなる層だけを砕いた」
リゼットは天井の崩落跡を見上げる。
「これは自然崩落じゃない。人為的なものだよ」
告げられた言葉に、背筋が冷えた。
ギガントバジリスクが暴れた結果ではなく、何者かが仕掛けた罠によって、引き起こされたものだった。
「岩盤破壊の魔道具だね」
「岩盤を……破壊する?」
「うん。見た目の地面や天井を吹き飛ばすんじゃない。その奥にある支えを壊す魔法。鉱山や土木工事で使われることはあるけど、こんなものを戦闘中に使えば、かなり危険だよ」
ガルド死亡時の話をジェイクから聞いた時、違和感はあった。
――通常、ギガントバジリスクの棲み家である洞窟には、やつの好物である鉱石類がふんだんに含まれている。
その特性上、壁や天井の強度も高く、そう簡単に崩れるようなものではない――
だが、ここでは実際に崩落が起きていた。
そして、それは自然に起きたものではなかった。
リゼットは立ち上がり、今度は沈み込んだ地面の中心部へ視線を向けた。
「あのあたりの地面もおかしいね」
彼女は迷いなく、別の場所を指差す。
「ノア。今度はあそこ」
言われた場所へ向かうと、黒く焼け焦げた小さな金属片が土に埋もれていた。
それに加えて、もう一つ。
ほとんど原形を留めていない足の防具が、砕けた岩の間に挟まるように残されていた。
「これは……ガルドの物か?」
「おそらくね」
黒く焼け焦げた金属片に触れると、指先に微かな魔力のざらつきが伝わってきた。
「こっちは……魔道具の残骸みたいだな」
俺は慎重にそれへ触れた。
「――対象、《焼け焦げた魔道具の残骸》。《残響記録》」
再び光が集まり、本が生まれる。
俺の腕に触れて内容を確認したリゼットの目が、わずかに鋭くなった。
「やっぱりね」
「これは?」
「地盤を軟化させる魔道具。さっきのものが天井や岩盤の支えを壊すためのものなら、これは固い岩盤を緩めて、地面を沈ませるためのものだよ。トンネルを掘ったり、地面を掘り起こしたりするときに使われるものだね」
「つまり……この地面も人為的に沈まされたということか?」
「うん」
「だけど、なぜそんなことを?」
リゼットは、砕けた岩に挟まった足の防具をじっと見つめていた。
「……それも見てみて。きっと答えが分かると思うよ」
「ああ」
俺はうなずき、足防具へ手を伸ばす。
「――対象、《損壊した足防具》。《残響記録》」
光の粒子が防具の表面を走る。
やがて生まれた本を開くと、そこには損壊の記録が刻まれていた。
急激に沈んだ足場。
膝下まで崩れた岩盤に飲み込まれ、動きを封じられた装着者。
そこへ、上方から降り注いだ岩石。
さらに直後、巨大な魔物の攻撃によって叩き潰された衝撃。
記述を読み進めるほど、喉が乾いていく。
「ガルドは、油断して攻撃を受けたんじゃない」
俺は絞り出すように言った。
「足場が沈んで、動けなくなったんだ。そこへ崩落が重なって、さらにギガントバジリスクの攻撃を受けた」
リゼットは静かにうなずいた。
「盾をリュカの方に投げて、彼女が無事だったことに安心した。その隙に攻撃を受けた。表向きはそういう話だった。でも実際には違うね」
「最初から、動けなくなるように仕組まれていた……?」
「その可能性が高いね。しかも、盾を手放させるところまで仕組まれていたのかもしれない」
「まさか……」
リゼットはうなずいてから、現場全体を見渡した。
「ギガントバジリスクが狂乱状態になった時、近くでその注意を引いていたのは、ガルドの恋人だったリュカだった」
俺はその言葉を受けて、天井を見上げる。
「そんな紙一重の状況で天井が崩れて、岩盤片がリュカの方へ落ちてきたら……」
「ガルドが聞いたとおりの人物なら、助けるために動くだろうね」
リゼットの言葉に、俺は息を呑んだ。
沈んだ足場。
不自然に崩れた天井。
焼け焦げた魔道具の残骸。
そして、砕けたガルドの足防具。
ばらばらだった違和感が、一つの形へと繋がっていく。
「エリシアが、事前にここへ魔道具を仕掛けていた。そして戦闘中に、意図的に発動させたのか?」
「うん。おそらくね」
リゼットはうなずいた。
「戦闘前に岩盤破壊の魔道具で、天井の支えを壊しておく。ただし、その時点では完全には崩さない」
「……あくまで、崩れやすい状態にしておくだけか」
「そう。そして戦闘中、特定のタイミングで地盤軟化の術式を発動させる。ガルドの足元を沈ませて、動きを封じるためにね」
リゼットの声は冷静だった。
だけど、その内容はあまりにも残酷だった。
「ギガントバジリスクが暴れている最中なら、地面が沈んでも、天井が崩れても、魔物のせいに見える。実際、誰も不自然に思わなかった」
俺は言葉を失った。
激戦の中で起きた崩落。
もし、これが意図的に仕組まれたものだとしたら。
ガルドの死は事故ではなく殺意を持って準備された、罠だ。
「まだ断定はしないよ」
リゼットは焼け焦げた魔道具の残骸を見下ろし、小さく息を吐いた。
「でも、エリシアが討伐前に買っていた魔道具の内容とは一致する」
「空の器に、自分で術式を入れた」
「そう。そして、その術式は外から見ただけでは分からない。発動後に焼き切れるようにしておけば、なおさらね」
リゼットはそこで言葉を切り、洞窟の中央へ歩き出し、俺とエルナさんも自然とその背を追う。
やがてリゼットは、沈んだ足場と崩れた天井を見渡せる位置で足を止めた。
その横顔から、先ほどまでの軽さは消えていた。
「ノア。ここからは、推理を始めるよ」
「……推理?」
「うん」
リゼットはゆっくりと息を吸う。
「わたしのギフト《真理宣言》は、世界に問いを投げかけ、その是非を聞くことができるの」
そこでリゼットは、一度だけ言葉を切った。
「でも、本当の力はそれじゃないの。わたしがこれから示す推理が、真理に届いているか。それを世界そのものに審判させることだよ」
彼女の足元に、淡い光が灯り、その瞬間洞窟内の空気が、ぴんと張り詰めた。
「正しければ、世界は祝福を与えてくれる。間違っていれば、世界は応えない。むしろ、その反動はわたしに返ってくる」
「おい、それって……」
「大丈夫だよ」
リゼットは俺を見て、小さく笑った。
けれどその瞳は、どこまでも真剣だった。
「わたしは、謎を追い、推理する探偵でいたいの。だから答えをもらうんじゃない。自分の推理で、真理に届いてみせる」
そう言って、リゼットは正面へ向き直る。
目の前にあるすべてを前に、彼女は高らかに告げた。
「リゼルディア・セレスト・フォン・エクセリアが、世界へ宣言する」
それは、先ほどまでの問いかけとは違う。
世界に答えを求めるのではなく、自ら導いた推理を世界へ示すための宣言だった。
淡い光が、彼女の周囲に揺らめく。
「ガルド・ロックフォードの死は、ギガントバジリスク討伐中に起きた偶発的な事故ではない」
リゼットの声が、洞窟の奥へ響いた。
「これは、事前に設置された二種類の魔道具によって作り出された、計画的な殺人である」
直後、光が強さを増した。
洞窟全体に、薄いヴェールのような輝きが広がっていき圧倒的な何かが、この場に降りてくる。
まるで世界そのものが、リゼットの言葉を聞いているかのようだった。
「真理宣言」
彼女の宣言に応えるように、光のヴェールが俺たちを優しく覆っていく。
やがて光は、崩れた天井も、沈んだ足場も、焼け焦げた魔道具の残骸も、ガルドの足防具も包み込むように収束していった。
そして、一つの光球となったそれは、リゼットの胸元へ吸い込まれていく。
その瞬間、リゼットの瞳に淡い光が宿った。
世界は、彼女の推理を否定せず、それが真実だと答えてみせた。




