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ギフト犯罪探偵リゼット~冒険者パーティーを追放された俺は、天才探偵にスカウトされ、過去を視るギフトで事件と運命を書き換える~  作者: 久遠遼


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真理宣言(トゥルー・ディクレア)

背筋が、ぞわりと冷えた。


 エルナさんが?


 あの人が、リュカの手足を切断して持ち去った?


 信じられるはずがなかった。


 いつも穏やかで、リゼットの隣に当然のように立っていて、俺にも丁寧に接してくれたあの人が。


 けれど、リゼットの表情は冗談を言っているものではなかった。


「エルナは、わたしたちとは別行動してた。その間の行動を証明できる人はいない」


「でも……」


「それに、エルナならできる。リュカを追い詰めることも、手足を切断して持ち去ることも、誰にも気づかれず屋敷へ戻ることも」


 否定したかった。


 けれど、否定できる材料が見つからない。


 元Sランク冒険者。《双剣姫》。


 実力だけで言えば、Aランク上位の冒険者であるリュカを追い詰めることは十分に可能だ。


 それにエルナさんは、治安維持局の関係者であり、ギフト犯罪対策課の捜査にも関わっている。因果関係を調べるギフトも、成分を調べる魔法術式も知っている。


 証拠を残さない方法を、誰よりも理解している側の人間だ。


「……じゃあ、さっきエルナさんに監視を指示したのも」


「うん」


 リゼットは頷いた。


「本人のいない間に、部屋を調べるため。エルナのことは複数人の治安維持局員とうちの家人たちで見張らせているよ」


 それで、あの執事とのやり取りだったのか。


 リゼットはドアに手を掛ける。


「とにかく……部屋を調べてみようか」


 ドアが開いた瞬間、甘く、強烈な匂いが鼻を突いた。


「これは……」


「やっぱり、予想通りだったよ」


「どういうことだ?」


「エルナからいつもより強く香っていた匂い。あれは香水じゃないの。この部屋に満ちている匂いが、服に移っていたんだよ」


 その瞬間、はっとする。


 ヴェイルの遺体にもう一度《残響記録》を使ったあと、エルナさんに腕を触れてもらい、その内容を確認してもらったときだ。


 あのとき、ふわりと漂ってきた匂い。


 あれは、香水ではなく、強烈なこの部屋の匂いが移っていたのか。


「なんで、わざわざこんな匂いを……」


「この部屋にあるものの匂いを隠すためだろうね」


「あるもの?」


「うん。リュカの四肢は、まだ発見されていないの」


 リゼットは部屋の中を確認しながら、淡々と話を続ける。


「総出で探しているけど、少なくとも町中に捨てられた様子はない。持ち去った人物がまだ隠し持っているか、王都の外に持ち出したか、燃やすなり何なりして完全に処分したか。そのどれかだね」


 そして、クローゼットの前で足を止めた。


「だけど、もしエルナが関わっているなら、外に持ち出すのも、燃やして処分するのも、いくら別行動してたとしてもさすがに時間的に難しい。彼女はリュカを追ったあと、すぐにわたしたちの前に姿を見せている。その後も、監視や報告で自由に動ける時間はほとんどなかったからね」


「……なら、処分できていない?」


「うん。持ち歩くなんて論外だしね。だとしたら、隠す場所は限られるよ」


 リゼットが、ゆっくりとクローゼットに手を伸ばす。


「一番近くて、一番自由に出入りできて、誰にも疑われにくい場所」


 静かに扉が開く。


「……ここだね」


 小さく呟いて、リゼットはクローゼットの奥へと手を伸ばした。


 そして、何かをくるんだ布を引っ張り出す。


「それは……!?」


 白と黒のツートン。わずかに見える、ふわりとしたレースから、それがメイド服なのだと分かった。


 けれど、それよりも俺の目を奪ったのは、白い布地にじわりと滲んだ赤だった。


 リゼットが、ゆっくりと布をめくっていき、その中身が覗いた瞬間、喉の奥から吐き気が込み上げた。


「リュカの……手足なのか?」


 そこには、剣によって切断された手足があった。


 おぞましいはずのそれには、似つかわしくないほど整った剣筋が残っていた。


 だからこそ、これを成した者の技量が分かってしまう。


「決まりだね……」


 リゼットの声が、わずかに震えた。


「信じたくなかったけど、やっぱりそうなんだ……」


「リゼット……」


 掛ける言葉が見つからなかった。


 出会って間もない俺ですら、これほどの衝撃を受けている。


 付き合いの長いリゼットにとって、それがどれほどの痛みなのか、俺には想像できなかった。


「ノア……お願い」


 短い言葉だったけど、それだけで何を求められているのか分かった。


「ああ……分かった」


 震える手を、リュカのものと思われる手足へと伸ばす。


 遺体に触れたのは、これでもう四度目くらいだっただろうか。


 けれど、今までで一番、痛みと恐怖を感じた。


「対象、切断された手足。《残響記録》」


 光の粒子が浮かび上がり、俺の手の中に生まれた本へと吸い込まれていく。


 そして、白いページに文字が刻まれた。


 リュカ・ハインツの身体から切り離された四肢は、エルナ・ヴェルンの手によって回収された。

 四肢は彼女が身にまとっていたメイド服に包まれ、誰にも悟られることなく屋敷へと運び込まれる。

 その後、暗い部屋のクローゼットの奥へと押し込まれた。

 血と肉の匂いを隠すように、強い香りが部屋を満たしていた。


 リゼットと共に、その記録を確認する。


 間違いなくこれはリュカ・ハインツの手足で、それを切断して持ち去り、この部屋まで運んだのは――エルナさんだ。


「だけど……どうしてエルナさんがこんなことを」


 ヴェイルの事件も、リュカの事件も。


 仮にエルナさんが関わっているとしても、理由が分からない。


 いったい、何があるというんだ。


 そのとき、リゼットがぽつりと呟いた。


「ねぇ、ノア。完全に同じギフトは存在しないって言ったでしょ?」


「ああ……魂や存在に結びついて形を取るから、だったか?」


 唐突な言葉に戸惑いながらも、俺は答える。


「うん。そのとおりだよ」


 リゼットは、床に置かれたメイド服と、その中に包まれていたリュカの四肢を見下ろしていた。


「だけど、たった一つだけ。例外と言われているギフトが存在するの」


「例外……?」


 リゼットは俺に視線を向けた。


「ノア」


 静かな声だった。


 けれど、その声音には、これまでのリゼットとは違う響きがあった。


 無邪気で、少し掴みどころがなくて、天才探偵として事件を楽しむようにも見えていた少女。


 その面影は、今のリゼットにはなかった。


 目の前にいるのは、もっと遠く、もっと高い場所に立つ存在だった。


「見せてあげるよ」


 次の瞬間、リゼットの周囲に淡い光が浮かび上がった。


 大小さまざまな光の玉が、まるで星のように彼女の周りを舞う。


 リュカの手足。


 血の匂い。


 受け入れがたい事実。


 そのすべてがこの場にあるはずなのに、リゼットから放たれる光は、場違いなほど神々しかった。


 俺は、言葉を失った。


「わたしのギフトは、世界に問いを投げかける」


 リゼットは静かに口を開く。


「その問いが真実か、偽りか。世界そのものが答えてくれる」


「世界が……答える?」


「そして、このギフトは、わたしの家系において受け継がれる」


 リゼットの周囲を舞う光が、わずかに強くなる。


 その姿を見た瞬間、俺の中で何かが噛み合った。


 今まで感じていた違和感。


 リゼットが、ただの探偵にしてはあまりにも自由で、あまりにも特別で、あまりにもこの国の中枢に近すぎる理由。


 その答えが、目の前にあった。


「リゼルディア・セレスト・フォン・エクセリアが、世界に問いかける」


 告げられた本名。


 王国の名を姓に含むその響きに、俺は息を呑んだ。


 どうして、今まで気づかなかった。


 リゼットは、ただの探偵なんかじゃない。


 けれど、その驚きは、次の宣言によって塗り潰された。


「ヴェイル・アディス、リュカ・ハインツの一連の死に関わる犯人は――」


 それは、事件の真相へとつながる問いだった。


 リゼットは、リュカの四肢を一瞥する。


 そして、静かに告げた。


「エルナ・ヴェルンか? ――《真理宣言》」


 その瞬間。


 リゼットの周囲を漂っていた光の玉が、弾け飛んだ。


 砕けた光は粒子となり、雪のように俺たちへと降り注ぐ。


 告げられた言葉は重く、胸を締めつけた。


 けれど、目の前の光景は皮肉にも、その問いかけに対する祝福のように見えた。


 ただ一人。


 リゼットだけが、その光を見上げていた。


 悲しみでも、驚きでもない。


 まるで、ようやく探していた答えに辿り着いたかのような目で。

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