謎は解き明かされ、また深まる
エリシアが魔道具を買った店で聞き込みを行ったが、結果は空振りだった。
結局、マスターから仕入れた情報以上のことは分からなかった。
そして今、俺はギフト犯罪対策課――その遺体安置室で、ヴェイルの遺体を前にしている。
「それじゃあ、ノア。頼むよ」
「ああ」
俺は頷き、リゼットとエルナさんが見守る中、ヴェイルの遺体へと手を伸ばした。
「――対象、《ヴェイル・アディスの遺体》。《残響記録》」
ヴェイルの遺体から淡い光の粒子がこぼれ、ギフトによって生み出された本へと吸い込まれていく。
それを見届けたあと、リゼットがそっと俺の左腕に触れ共に本へ記された内容を確認する。
ヴェイルは、深く暗い森の奥へと招かれた。
そこで待っていたのは、かつて仲間だった者。
その者はヴェイルを断罪する。
お前なら助けられたはずだ。
なぜ、見殺しにしたのだ――と。
ヴェイルは懺悔した。
けれど、その声が届くことはなかった。
かつての仲間は、すでに仲間ではなかった。
復讐と憎悪に取り憑かれ、その感情のまま刃を振るう。
激しい戦闘の末、倒れたのはヴェイルではなかった。
地に伏した仲間を前に、ヴェイルは強い後悔を抱く。
そして、自らの意思で、その者へと触れた。
ヴェイルは己のギフトを発動させる。
倒れた仲間の傷を引き受けるようにして、己の身に死を招き入れた。
倒れていたはずの仲間は、屍となったヴェイルを困惑した表情で見つめる。
だが、やがて何かに急き立てられるように、その場を後にした。
「これは……!」
「やっぱり、予想は当たっていたみたいだね」
俺とリゼットは、ほぼ同時に本から目を離した。
読み通りヴェイルのギフトについて俺たちが把握したことで、《残響記録》の記述内容にも明らかな変化が見られた。
だけど、それだけじゃなく、これまでの捜査で得た情報までもが、記録の解像度を上げているように見えた。
「ねえ、確認だけど」
リゼットが本を見つめたまま口を開く。
「ノアの知識が間違っていた場合、《残響記録》はその間違いに引っ張られたりしない?」
「どういうことだ?」
「例えば、ノアが先入観や思い込みでそうだと認識したら、記録もその通りに歪むのかってこと」
なるほど、その懸念はもっともだ。
今回の記述では、まだ確定していなかったはずの情報――ヴェイルを襲った人物が《不滅の残火》の仲間であることまで示されている。
もし俺の認識に引っ張られるのなら、この記録は証拠として扱えない。
けれど。
「いや、その可能性はない」
「その理由は?」
「すでに検証済みだ。《残響記録》は、俺の思い込みに引っ張られるわけじゃない。俺が真実につながる情報を得ることで、記述の解像度が上がる。俺自身がまだ確信していなくても、その情報が正しければ反映されるんだ」
リゼットは顎に指を添え、考え込むように目を伏せた。
「つまり、わたしたちが集めた情報の中に真実が含まれていた。だから、記録がここまで踏み込んだということ?」
「ああ。少なくとも、ヴェイルが恨みを買っていたこと。そして、それがガルドの死に関係しているという仮説は、真実に近かったんだと思う」
「んー……」
リゼットはしばらく黙ったあと、ぱっと顔を輝かせた。
「すごい! やっぱりノアのギフト、とんでもないよ!」
かなり興奮した様子だった。
かくいう俺も、内心は同じだった。
《残響記録》は、俺の知識の更新に伴って変化する。
それは、このギフトの本質に関わる大きな収穫だった。
「いったい……何が書かれていたの?」
エルナさんが、不安げに問いかける。
「それじゃあ、エルナさんも俺に触れてみてくれ」
「ええ」
俺が腕を差し出すと、エルナさんがそっとそこに触れた。
その瞬間、ふわりと香水の匂いが漂ってきた。
悪臭ではないけど、少しばかり強いその匂いに思わず顔に出そうになるのを、俺は慌ててこらえた。
「これは……なるほど。こんなことが……」
読み終えたエルナさんが、俺の腕から手を離す。
「ノアくん……どうしたの?」
「あ、いや……その」
言葉に迷っていると、リゼットが腰に手を当て、やれやれと首を振った。
「エルナ。少し、香水が強いかも」
「えっ」
その瞬間、エルナさんの顔が真っ赤になった。
「そ、それは……昨日から徹夜で、お風呂に入れていないから……」
そういえば、エルナさんは昨夜からリュカを監視していた。
その後も遺体発見、聞き込み、対策課での対応と立て続けだ。
リゼットの身の回りのこともしなければならない以上、身支度を整える時間などなかったのだろう。
「そ、そういうことか。すみません、気にしていたわけじゃ――」
「ノアくんは悪くないわ」
エルナさんは微笑んだ。
ただし、その目はリゼットを向いていた。
「リゼット。誰の指示で、私がこんなことになっているのかしら?」
「う……」
リゼットはさっと俺の背後に隠れた。
だから、やめろ。俺だって怖いんだよ。
「と、とにかく」
俺は軽く咳払いをして、話を戻す。
「ここで一度、情報を整理しよう」
二人とも頷きリゼットが、改めて口を開く。
「確認だけど。この記述から、ヴェイルを襲ったのは誰だと思う?」
「リュカ・ハインツだろうな」
俺は即答した。
「彼女はガルドと恋人関係にあったらしい。事情聴取をした時の様子、マスターから聞いた話。そして、今回の《残響記録》の内容。そこから考えれば、リュカがヴェイルを襲ったと見るのが一番自然だ」
「エルナはどう思う?」
「そうね……私も同じ意見よ」
エルナさんは少し考えたあと、静かに言った。
「事情聴取の前に、乱れたシーツをわざわざ整えるくらい、彼女はガルド氏を大切に想っていた。そんな彼女なら、ヴェイルを許せなかったとしても不思議ではないわ」
エルナさんも同じ意見のようだった。
だけど、何か胸にひっかりを感じる。それが何かがわからないままリゼットが話を続ける。
「そうだね。仮にリュカがヴェイルを襲ったのだとしたら、一件目の事件には説明がつくね」
リゼットは指を一本立てる。
「リュカは、ガルドを見殺しにしたヴェイルに復讐しようとした。けれど返り討ちに遭い、致命傷を負った。そこで、自分の行いを悔いたヴェイルがギフトを発動させ、リュカの傷を引き受けて死亡した」
「ああ。ヴェイルの遺体が発見された事件だけなら、それで辻褄は合う」
問題は、その先だ。
「だけど、二件目――リュカの事件はどうなる?」
俺は、ヴェイルの遺体へ視線を落とした。
「ヴェイルはすでに死んでいる。なのに、リュカの事件でも、まるで一件目と同じようにヴェイルのギフトが発動したように見える」
そう。二つの事件は酷似している。
リュカの事件も、ヴェイルのギフト――傷の請負が発動していたと考えれば辻褄は合う。
だけど、その時点でヴェイルはすでに死亡していた。
死人が、自分のギフトを発動させるはずがない。
「確認だが、同じギフトっていうのは存在しないんだよな?」
俺の問いかけに、リゼットは頷いた。
「うん。ギフトは、その人の魂や存在に結びついて形を取る。だから似た力はあっても、完全に同じギフトは存在しないよ」
「なら、似たギフトによるものか? それとも、ギフトをコピーするギフトがあるとか……?」
ジェイク。
エリシア。
あの二人のどちらかが、ヴェイルとリュカ、両方の事件に関わっているのか。
けれど、考えれば考えるほど、答えは遠ざかっていく。
ヴェイルの死には、説明がついた。なのに、その答えをリュカの死に当てはめた瞬間、すべてがまた崩れる。
一歩進んだはずなのに、真相は遠ざかっていく。
そんな歯がゆさに、俺は奥歯を噛み締めた。
「……とりあえず一度屋敷に戻ろうか? エルナは身支度整えたら、悪いけどジェイクとエリシアに張り付いてもらっていいかな?」
「ええわかったわ」
「しっかり、お風呂に入ってね!」
「リゼット……?」
エルナさんからの圧を感じ、リゼットはふたたび俺の後ろに隠れ、ギュッと俺の服を掴む。
そんな様子を見て肩の力がふっと抜ける。
焦らなくていい大丈夫、きっと犯人への手がかりはあるはずだ。
俺と同じように思ってるのか、服を掴むリゼットの手に力が入っているのを感じつつ、決意を新たにした。




