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ギフト犯罪探偵リゼット~冒険者パーティーを追放された俺は、天才探偵にスカウトされ、過去を視るギフトで事件と運命を書き換える~  作者: 久遠遼


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黒装束

 黎明の剣のパーティーハウスまで送ってもらったあと、俺はリゼットたちと別れた。

 荷物をまとめ、ひとりで外へ出る頃には、空はすっかり夜に沈んでいた。

 門の前で足を止め、振り返る。

 

 ここは、黎明の剣がSランクに昇格してから購入したパーティーハウスだ。

 けれど、今の俺にとって大事なのは、この建物そのものでも、ここで過ごした時間でもない。

 黎明の剣という場所が、俺の居場所だった。

 

 その事実だけだった。

 そして、この門をくぐった瞬間、それが完全に終わりを告げるような気がした。

 

「……何を今さら」

 

 そんなことを今さら思ってしまった自分に、思わず苦笑する。

 すでにレインからクビを宣告され、期間限定とはいえギフト犯罪対策課に所属する契約まで済ませたというのに。

 ただ、無理もないのかもしれない。

 あまりにも濃い一日だったとはいえ、それはまだ昨日のことなのだから。

 

「ノア」

 

 凛とした、けれど静かな声が、夜の空気に響いた。

 

 振り返ると、そこにはレインが立っていた。

 何か言葉を探すように、彼女の視線が俺の荷物へと落ちる。

 

「一人なのか。他のメンバーは?」

 

「ええ。依頼達成の祝いで酒場に行っているわ。……もう、出ていくのね」

 

「ああ。ここはもう、俺の居場所じゃないからな」

 

「そう……治安維持局に入ったみたいね」

 

「情報が早いな」

 

「あなた、有名人だから。でも、さすがに驚いたわ。昨日の今日だもの」

 

 少し寂しそうに眉を下げるレインの顔は、昨日俺を追放したリーダーのものではなかった。

 俺の幼馴染み、レイン・イルミナの顔だった。

 

「そういうわけだ。王都にはいるから、また顔を合わせることもあるだろうな」

 

「……そうね」

 

 それきり、言葉が途切れた。

 俺もレインも、互いに視線を合わせないまま、沈黙だけが夜の中に落ちていく。

 

「じゃあ……またな」

 

 顔を合わせないまま、俺はレインの横を通り過ぎる。

 そして、門の外へ一歩踏み出そうとした、その瞬間だった。

 

「ノア!」

 

 いつも冷静で落ち着いたレインのものとは思えない、わずかに震えた声。

 俺は足を止めた。

 

「勝手なのは分かってる。それでも……待ってるわ」

 

 その言葉が何を意味しているのか。

 レインが、何を待つと言っているのか、それくらいは分かった。

 俺が、いつか戻ってくることを。あるいは、すべてを話す日を。

 俺は荷物を握る手に、ぐっと力を込め振り返らなかった。

 

「この先どうなるかなんて、俺にも分からない」

 

 そう言って、一歩、門の外へ足を踏み出す。

 

「けど、これだけは言わせてくれ」

 

 背中越しに、俺は告げた。

 

「いつか必ず話す。……それと、どこにいようと、俺とお前が幼馴染みであることは変わらない」

 

 言いたいことだけを言って、レインの答えを聞かずに俺は歩き出した。

 聞けば、きっと足が止まってしまう気がしたからだ。

 そして何より、俺は戸惑っていた。

 いつか黎明の剣に戻ると言わなかった、自分自身に。


 夜の空気を肌に受けながら、人気のほとんどない街道を歩く。


 熱くなった胸と頭を冷ますように、ゆっくりと息を吐いた。

 自分のなすべきこと。これからのこと。

 足を止めることなく、一つずつ思い出していく。


 やがて、リゼットの屋敷への近道になる路地裏へと踏み込んだ。


 その瞬間、表通りの明かりが遠ざかり、視界が一気に暗くなる。


「かはっ!」


 魔法で明かりを灯そうとした瞬間、背後から強く突き飛ばされた。

 肺から空気が一気に抜ける。


 それと、ほぼ同時だった。


 ――ギンッ!


 背後で、金属同士が激しくぶつかり合う音が響く。


 よろけながらも、なんとか踏みとどまる。

 そして、すぐに振り返った。


「ノア、釣れたよ!」


 俺の目の前には、細剣を手に背中を向けるリゼットがいた。


 その奥には、二振りの片手剣を構えたメイド服姿のエルナさん。

 そして俺たち三人と対峙するように、フードを深く被った黒装束の人物が立っていた。


 顔は見えないが、体つきからして女だろう。

 手には短剣が握られている。


「作戦通りだったけどさ……お前、もうちょっと力加減できないのか?」


 背中がじんじんと痛む。

 打撲でもしたんじゃないかと思うくらいだ。


「これでも加減したよ?」

 

「あれでか!?」

 

「ノアが思ったより軽かったの」


 悪びれる様子もなく、リゼットはそう返してきた。


 ……決めた。

 こいつ、いつか絶対ぶん殴る。


「お二人とも、油断なさらないように」


 エルナさんに静かに諭され、俺とリゼットはすぐに意識を切り替えた。


 もちろん、警戒は解いていない。

 目の前の黒装束は、ただ立っているだけで分かる。かなりの使い手だ。


「あなた、一体何者? どうしてノアを襲ったの?」


 リゼットが問いかけるも黒装束は答えない。

 その代わりに、地面を蹴った。


 速い。


 エルナさんを無視して、俺とリゼットの方へ一直線に踏み込んでくる。


 だけど、その進路をエルナさんが遮った。


 右手の剣が横薙ぎに走る。

 黒装束はそれを短剣で受け流し、瞬時に標的をエルナさんへと切り替えた。


 そのまま、懐へ潜り込むように短剣を突き出す。


 鋭い刺突だった。


 俺なら、間違いなく反応できない。

 そう思うほどの距離と速度。


 けれど、エルナさんは表情一つ変えなかった。


 左手の剣が、短剣の軌道を弾く。


 金属音が路地裏に響いた。


 そこから、二人の攻防はさらに速さを増した。


 短剣が走る。

 双剣が弾く。

 黒装束が身を沈める。

 エルナさんが半歩だけ足をずらし、逃げ道を塞ぐ。


 何度も剣戟が交わされ、黒装束の動きが、わずかに乱れた。

 攻めているのは黒装束のはずなのに、追い詰められているのもまた黒装束だった。

 

 黒装束もそれを悟ったのだろう。

 舌打ちのような気配を残し、素早く距離を取った。


「諦めて投降していただけませんか?」


 エルナさんが静かに告げるが、黒装束にその気配はない。

 こちらの出方をうかがうように身構えたまま、わずかに肩を揺らした。


 次の瞬間、懐からもう一本の短剣を抜き放ち、こちらへ投げつけてきた。


 エルナさんはそれを難なく弾いたその一瞬で黒装束は背を向けた。

 闇の奥へと駆け出す。


「エルナ! 追って!」


「はい、お任せください!」


 短いやり取りの後、エルナさんは黒装束の後を追った。


「おい! エルナさん一人でいいのか!?」


「エルナなら大丈夫だよ。ノアじゃ、黒装束にもわたしたちにもついてこられないでしょ?」


「だけど、俺を置いて二人で追いかけた方が――」


「他にも仲間がいる可能性があるよ。ノアを一人にはできない」


「……っ」


 言い返せなかった。


 確かに、その可能性はある。

 そしてその場合、俺は完全に足手まといだ。


「ま、エルナに任せておけば大丈夫だよ」


 リゼットは軽い口調でそう言った。


「元Sランク冒険パーティー天狼の旅団の《双剣姫》だから」


「はぁ!? エルナさんが!?」


 思わず声が裏返った。


 《双剣姫》。


 その二つ名には聞き覚えがある。

 いや、聞き覚えがあるどころではない。


 王国の冒険者で、その名を知らない者はいない。


「……ゆっくり歩きながら話そうか」


 俺の驚きを見て、リゼットは小さく笑った。


 いつものような無邪気な笑みではない。

 どこか神妙で、ほんの少しだけ寂しそうな顔だった。

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