リュカの供述
コンコン――
エリシアが部屋から出ていき、しばらくするとドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
リゼットが答えると、ゆっくりとドアが開く。
「し、失礼します……」
最後の一人、リュカが部屋へ入ってきた。
先の二人とは違い、彼女は恐る恐る中を窺うように足を踏み入れる。
それから部屋の様子を見渡し、小さく眉を寄せた。
「すみません……話の前に、少し待ってもらってもいいですか?」
「うん、構わないよ」
リゼットが頷くと、リュカはジェイクが荒らしたベッドへ歩み寄った。
乱れたシーツをぱっぱと伸ばし、皺を丁寧に整えていく。
それを終えてから、ようやく俺たちの方へ向き直った。
「お待たせしました。ここに座ったのは、ジェイクさんですか?」
「ああ、そうだな」
俺が頷くと、リュカは短くため息をついた。
「そうですよね……ほんと、やめてほしいな」
「ここを片付けているのは、あなたですか?」
「あ、はい……なんとなく、そうしてあげないと落ち着かなくて」
ホコリひとつない机にそっと手を添え、リュカは呟いた。
その言葉にどんな思いが込められているのか、俺には正確には分からない。
けれど、彼女がガルドを大切に思っていたことだけは伝わってきた。
「……それじゃあ、そこに座って話を聞かせてもらうね」
リゼットに促され、リュカは用意された椅子へと腰を下ろした。
「リュカ。ヴェイルの《傷の請け負い》について、あなたが知っていることを教えて」
「……知っていること、ですか?」
「うん。特に、傷だけじゃなくて“記憶”まで流れ込んでくる、という話について」
その言葉に、リュカはぴくりと反応した。
「それは……他の二人から聞いたんですか?」
俺とリゼットは頷いた。
「エリシアから聞いた」
「そうですか……」
リュカは伏し目がちになり、視線を泳がせたあと、短く息を吐いて顔を上げる。
「不思議な感じですよ。ヴェイちゃんの記憶が、まるで自分が経験したことのように感じるんです。それも、傷の大きさに応じて、流れてくる記憶の量が増えるんですよ」
「ふーん、なんだか不思議だね、それ」
「はい……だからヴェイちゃんも、私たちも、あまりギフトに頼らないようにしていたんです。いざという時だけ使ってもらうようにしていました」
「まあ、そうだろうな。記憶を覗くのも、覗かれるのも、あまりいい気分はしないだろうし」
誰にだって知られたくない過去はある。
それに、よほど悪趣味な人間でもない限り、他人の記憶に無遠慮に踏み込もうとはしないはずだ。
「でも……ギガントバジリスク討伐の時、その“いざという時”、ヴェイルはギフトを発動できなかったんだね」
リゼットの問いかけに、リュカの表情がわずかに変わる。
「そうです。ヴェイちゃんは、肝心な時に役に立たなかった。あの時……ガルドさんは、助けてって言ったらしいんです。
それなのにギフトを使ってくれなかった」
「らしい? それはエリシアがそう言っていたのか?」
「はい……私はその時、ガルドさんのそばにいなかったので。近くにいたのは、エリシアさんとヴェイちゃんでした」
その話は、先ほどのエリシアの証言と一致する。
「でも……ヴェイちゃんは、それを拒絶したんです」
リュカは、太ももの上に重ねた手を、色が変わるほど強く握りしめていた。
「嫌だ、冗談じゃないって……」
「それもエリシアから?」
「はい……直接私が聞いたわけではないです。でも、実際ヴェイちゃんはギフトを使わなかった。ガルドさんを見殺しにしたんです」
その言葉と同時に、リュカの目を見て、背中に嫌な汗が流れた。
怒りや恨みを向ける人間なら、これまで何度も見てきた。
今のリュカはまさしくそれだった。
だけど、今までみたものよりもより暗い何かがあるように思えた。
言葉にできないその圧に、俺は息を詰まらせる。
やがて、リゼットがゆっくりと口を開いた。
「そう……わかったよ。念のため確認だけど、不滅の残火でギフト持ちはヴェイルだけ?」
問いかけられると、リュカの放っていた圧がふっと弱まる。
再び、どこか頼りない口調に戻った。
「あ、はい……そうです。亡くなったガルドさんも含めて、他にはいません」
「ありがとう。聞きたいことは以上だよ。先に向こうの部屋に戻ってて」
「そうですか……では、失礼します」
リュカは立ち上がり、一礼する。
ドアの前でもう一度丁寧に頭を下げると、そのまま部屋を出ていった。
「ふー……」
俺は大きく息を吐き、椅子に背中をもたれかけさせた。
「お疲れさま、ノア。はじめての事情聴取、どうだった?」
リゼットがカバンから水筒を取り出し、差し出してくる。
「ああ……ありがとう」
それを受け取り、一口飲むと、どっと疲れが押し寄せた。
肉体的な疲労はないのに、精神的な消耗は、初めてダンジョンに潜った時以上かもしれない。
「……なぜか一番最後のリュカが、一番疲れたな」
「そうだね……それだけ彼女は、ガルドさんのことが大切だったんだろうね」
リゼットは、ジェイクによって荒らされ、リュカによって綺麗に整えられたベッドに視線を向けながら呟く。
仲間をなんとも思っていないような者もいれば、ここまで強く想う者もいる。
なんとも歪で、不揃いなパーティーだ。
「少し休んでから、向こうの部屋に戻ろうか」
そう言いながら、リゼットは俺から水筒を受け取る。
「……あ! おい」
「ん? なに?」
「それ、飲むのか?」
「うん、そうだよ? わたしも喋りすぎて喉乾いちゃったから」
そう言って、リゼットは水筒を豪快に傾ける。
「ぷはーっ、生き返る!」
……依頼終わりのおっさん冒険者みたいないい飲みっぷりだな。
可愛げなんてあったものじゃないな。
「ふ……」
気づけば、さっきまでの疲労感は少しだけ軽くなっていた。
「ん? なに笑ってるの?」
「いや、なんでもない。もう休憩はいい。戻ろう」
「そう? ノアが大丈夫なら行こ! 早く帰って話したいし!」




