相棒と呼ばれた俺
リゼットの真剣な顔つきに、俺は思わず背筋を伸ばす。
追加の資料か。
関係者への聞き込み準備か。
それとも、昨夜の遺体をもう一度調べるのか。
「まずは、ノアの制服合わせだよ」
「……は?」
全く想像もしなかった言葉に、思わず間の抜けた声が出た。
「制服合わせ」
「いや、聞こえなかったわけじゃない。聞こえたから困ってるんだ」
殺人事件の資料を前に、なぜ急に服の話になる。
俺が困惑していると、リゼットは当然のように胸を張った。
「これから君はギフト犯罪対策課の協力者として動くんだよ? 冒険者の格好のままだと、ただの部外者にしか見えないでしょ」
「それは……まあ、そうかもしれないけど」
「ちゃんと治安維持局の職員だという立場を示すためにも、制服をちゃんと着用することは大切なんだよ」
自分の格好へ目を落とす。
みすぼらしい見た目ではない。けれど、冒険者としての機能性に徹底的にこだわった結果、お世辞にも王国の公的機関の職員には見えなかった。
理屈は分かる。
分かるのだが、気を張っていたぶん、盛大な肩透かしを食らった感は拭えない。
「というわけで、エルナ」
「はい。すでに準備しております」
「準備が早すぎないか?」
俺が思わずそう言うと、エルナさんは穏やかに微笑んだ。
「ノア様の体格に合わせた制服を用意しております。寸分違わず調整しておりますので、そのまま着ていただけます」
「いやいや、なんで俺の服のサイズが分かるんですか?」
「メイドですので」
「説明になってないんですが」
「メイドですので」
二回言えば通ると思わないでほしい。
そもそも、俺が契約書にサインしたのはさっきだぞ?
隣に屋敷を用意していた件といい、この人たち、見切り発車の規模がおかしい。
「こちらへ」
エルナさんに案内され、対策課の区画のさらに奥にある小部屋へ向かう。
そこには、綺麗に折りたたまれた一式の服が置いてあった。
黒を基調にしたロングコート。
白いシャツに、深い色のベスト。
首元には細いネクタイ。
さらに、手袋まで添えられている。
冒険者の装備とはまるで違う。
革鎧でも、マントでも、剣帯でもない。
守るための装備ではなく、所属を示すための服。
当然というべきか、その黒い布地には安っぽさがなかった。
ただ、その服装が小説の中の探偵のような見た目で、かっこつけすぎで少し恥ずかしい……
「……本当にこれを着るのか?」
「もちろんだよ」
リゼットはにこにこと笑っている。
「あ、安心して。見た目は普通の服みたいだけど、メインの素材にはアリアドネの糸を使っているから。下手な鎧なんかより、よっぽど丈夫だよ」
「はあ? アリアドネの糸!?」
アリアドネ。
蜘蛛型のモンスターなのだが、さっき話に出たギガントバジリスク以上の強敵だ。
その糸は軽く、しなやかで、それでいて金属並みに硬い。
高位冒険者の防具に使われることはあっても、制服なんかに使う素材じゃない。
そんなものを一職員の制服に使うなんて、いったいどれだけ金をかけているんだ。
すごいを通り越して、普通に引く。
改めてリゼットの権力の凄さを感じつつ、考えることをやめた俺は、促されるまま制服を受け取った。
着替えを終え、鏡の前に立つ。
そこに映っていたのは、昨日までの俺とは少し違う姿だった。
黒いコートは思ったより軽く、動きやすい。
袖や肩周りにも余裕があり、剣を振るうほどではないにしても、走ったり身をかわしたりする程度なら問題なさそうだ。
白いシャツとベストはきちんと整えられていて、首元のネクタイが妙に落ち着かない。
手袋をはめると、さらに冒険者らしさが薄れていく。
「……似合ってる、のか?」
思わず呟く。
冒険者の装備でもない。
《黎明の剣》の一員として身につけていたものでもない。
ギフト犯罪対策課。
それは、昨日までの俺には縁のなかった場所だ。
なのに、鏡に映るその姿は、思ったよりも違和感がなかった。
「おおー」
背後でリゼットが小さく声を上げる。
「思ったより似合うね」
「思ったより、って言うな」
「うん。死体の横に立ってても違和感がなさそう」
「褒め方が最悪だな」
「もちろん褒めてるよ。ギフト犯罪対策課において、死体の横に立って違和感がないのは大事な才能だから」
「そんな才能、欲しくなかったんだが」
リゼットは満足げに頷く。
一方で、エルナさんは俺の袖口や襟元を確かめながら、にこりと微笑んだ。
「肩周りに少し余裕がございますが、もし動きにくければ調整いたします」
「いや、全く問題ないですね」
「ふふ、よかったです。これでそとから見てもギルド犯罪対策課の一員ですね」
その言葉を不思議なほど自然に受け取った。
昨日までの俺は、《黎明の剣》を追い出された冒険者だった。
居場所を失い、これからどうするかも決まっていなかった。
それが今、こうして別の制服に袖を通している。
まだ実感はない。
だけど、この服は、俺に居場所を与えてくれているようで悪くない気分だった。
「ひとまず、期間限定ですけどね……」
「もう、そこいちいち強調しなくていいよ」
リゼットは不満を口にしつつも楽しそうに笑うと、机の上の資料を手に取った。
「じゃあ、改めて調査開始だね相棒!」
その言葉に、俺は鏡から視線を外す。
黒い手袋を軽く握りしめ、息を吐いた。
「……誰が相棒だ。とにかく行こう」
こうして俺は、冒険者の装備ではなく、ギフト犯罪対策課の制服を身にまとい、最初の事件へ踏み出すことになった。




