巻き込んだのは、俺だ
カイル・アンリ。
同じ神殿で、同じ時期に腕を磨いた男だった。複数の精霊属性へ適性も持っており、実力は折り紙つきだ。それでも神殿内での評価は常にシュレムの下だった。
「久しぶりだな、シュレム」
カイルは軽く笑いながら言った。昔と同じ口調だが目が笑っていない。
「大神殿への所属も期待されていたお前が、追われる身だ。落ちぶれたもんだな」
シュレムは何も言わなかった。
「ナタリアも……」
カイルがその名を口にした瞬間、シュレムの表情が変わった。
「お前のせいで、ああなったんだろう?」
シュレムの頭の奥で、何かが揺れた。
「……やめろ」
「違うのか? お前がナタリアを追い詰めた。そして彼女は死んだ。事実だろう」
「やめろ……!」
言葉が出た瞬間、体の内側から熱が走った。詠唱もしていないのにゼリニシアへの回線が勝手に開いた。接続が暴れ出す。
頭の中にノイズが走り、ナタリアの声の断片が意味を持たないまま響いた。
「っ……!」
膝に力が入らなくなった。精霊感知環に目を落とすと、光が消えていた。
「クソッ……シグナルが、消えた……!」
圏外であるはずはない。接続が食われている。魔法が使えない。それどころか、体が思うように動かない。
シュレムは石畳の上に膝をついた。
シュレムの異常を目にしながら、カイルがゆっくりと口を開いた。
「……お前は昔から目障りだった」
低い声だった。笑いは消えていた。
「神殿でもそうだ。評価されて、期待されて、俺の上に立って。それがお前だった」
一拍、間を置く。
「ちょうどいい。この場で始末してやる」
その視線が、まっすぐシュレムに突き刺さる。
「カイル様、命令は生け捕りでは……」
部下の一人がカイルにそう確認した。
「事故があったのだ」とカイルは答えた。
「激しい抵抗があり、仕方なくだ」
カイルは詠唱を始めた。短く、無駄のない詠唱だった。
「リクエストは通った。……コネクト」
カイルのシグナルバンドが赤く輝く。準備を整えたまま、ゆっくりとシュレムに歩み寄った。
シュレムは動けなかった。立ち上がろうとして、膝が崩れた。呪いが内側から暴れていて、精霊との接続が乱れたまま収まらない。魔法は使えず、体も動かない。
シュレムはサリエナを見た。
サリエナは、二人のやりとりをただ見つめていた。表情は変わらず、感情は読み取れなかった。
「……巻き込んで、悪かったな」
声が掠れた。
「お前は無関係だ。逃げろ」
シュレムはそう言うと、苦しそうにして、視線を地面に落とした。
カイルが嗤った。
「エリート精霊使いの最後だなあ」
一歩、近づく。
「無様に死ねよ、シュレム」
その瞬間だった。
サリエナが、一歩前に出た。
シュレムとカイルの間に、静かに立った。
全員が、止まった。カイルも、部下たちも、シュレムも、誰も言葉を発せない。山道に、奇妙な沈黙が広がった。
サリエナは、ただ立っていた。シュレムとカイルの間に、何の気負いもなく。大きな荷物を背負ったまま、大剣を鞘に収めたまま、ただそこに立っている。
カイルが、サリエナを見た。
「……なんだ、娘。邪魔をするな」
「だめ」
サリエナは短く答えた。少し間を置いてから、続けた。
「……この人、いい人だから」
カイルの口元が、わずかに歪んだ。
「そいつは罪人だぞ」と言った。「禁術に触れ、神殿から罪を言い渡されている。そういう男だ」
「……そう」
サリエナは少し考えてから答えた。それから、何も変わらない口調で、ぽつりと言った。
「知らんけど」
部下たちがざわついた。カイルは一瞬だけ表情を固め、それからゆっくりと笑った。
「……は」
嘲るような笑いだった。
「お前も一緒に死ぬか?」
カイルは一歩近づくと、憐れむような視線をサリエナに向けた。
「お前に何ができる。その背中の大剣も、使いこなせるとは思えんがな」
完全に舐めた口調でそう言った。
サリエナは静かに荷物を下ろすと、大剣の柄に手をかけた。刃の長さが彼女の背丈に迫り、厚みもある大剣。
だが、サリエナは体勢を変えることもなく、そのまま鞘から引き抜いた。
片手で。
「……は?」
部下の誰かが声を漏らした。サリエナは、その細い腕一本で、大剣を構えた。刃が夕暮れの光を受けて鈍く光る。
「あれ、両手剣じゃないのか?」
「片手で持てるか? あれ」
部下たちが口々にざわめく。しかしカイルは落ち着いた様子で鼻を鳴らし、「ハリボテか」とつぶやいた。
「邪魔だ。どけ」
カイルは表情を変えずに言った。
サリエナは動かなかった。ただ立ち、大剣を片手に構えたまま、カイルを見ていた。
カイルの目が、細くなった。
「ならば——」
静かに言った。
「一緒に死ね」
カイルは手のひらを上に向けた。
「コマンド——爆裂火球を生成。俺の手のひらで待機。出力は大」
手のひらに炎が集まり始めた。炎が渦を巻いて膨張し、球体を形づくる。巨大な火球が、カイルの手の上で形を成した。
(まずい!)
シュレムは体を起こそうとした。しかし呪いが暴れていて思うように動けない。足は動かず、腕に力も入らない。魔法も使えない。それでも、なお動こうとした。
だが、間に合わない。
サリエナを、巻き込んでしまった。あの夜、サリエナを見捨てることはできなかった。
腹を空かせて倒れたあの姿を、放っておくことなどできなかった。だから、サリエナはここにいる。
だから――サリエナを巻き込んだ。
関わらなければよかったのかもしれない。あのとき、距離を置いていればよかったのかもしれない。そんな後悔が、今さらのように胸を締めつける。
――サリエナを巻き込んだのは、自分だ。
(すまない……)
シュレムは、心の中で謝ることしかできなかった。




