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呪いを受けた精霊使い、魔法が効かない剛腕少女と旅をしたら世界がバグりはじめた 〜ゼリアス神話〜  作者: 遠崎カヲル
旅のはじまり

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7/15

見つかった

 街を出たのは翌朝だった。

 

 澄み切った空気が、夜の冷えをわずかに残している。

 しかし朝の光に押し出されるように、空気はゆっくりと温度を上げていく。


 東の空は淡く明るみ、差し込む光が街道の端に伸びる草の先をひとつひとつ照らす。露に濡れた葉が細かく光を弾いていた。

 遠くで鳥が鳴いている。風がやわらかく木々の間を抜け、そのたびに葉擦れの音が軽く重なっていく。

何事もなかったかのように、朝は整いきっていた。

 

 だが、その空気の中で、シュレムの足取りだけがわずかに重い。

 靴底が土を踏む感触が、妙に残る。歩いているだけなのに、身体の奥に鈍い疲れが溜まったまま抜けない。


 シュレムの頭の中では、昨夜の光景が何度も繰り返されていた。振り払おうとしても、切り替えようとしても、同じ場面に戻る。

軽く言った言葉と、そのあとに続いた光景だけが、妙に鮮明に残っている。

 この空の明るさと、自分の中の重さが、どこか噛み合っていなかった。

 

『腹減ってるんだろ? 奢るから好きなだけ食えよ』

 

 そう軽口を叩いた自分を、今すぐ殴り飛ばしたい気分だった。

 

 結果は、最悪だった。

 

 テーブルに並んだ皿は、次々と空になっていった。一皿、二皿ではない。運ばれてくる端から消えていき、ほとんど間を置かずに皿が積み上がっていく。

 店主が目を丸くし、周囲の客がざわつき始めた頃には、シュレムはすでに現実から目を逸らしていた。

 

「……おい、まだ食うのか」

 

「うん」

 

 短い返事とともに、迷いなく次の皿に手が伸びる。止まらない。躊躇もない。

 

「いや待て、さすがに限度があるだろ……!」

 

 思わずツッコミを入れるが、サリエナは聞こえていない様子で食べ続ける。

 やがて提示された請求額を見た瞬間、シュレムは完全に思考が止まった。

 

「……は?」

 

 冗談じゃない。一晩で、軽く数日分――いや、それ以上の旅費が吹き飛んでいる。

 

「……お前な」

 

 横を見る。サリエナは満足そうでも、申し訳なさそうでもない。ただ、いつも通りの無表情でそこに座っていた。

 

「……ごちそうさま」

 

 その一言に、シュレムは長く息を吐いた。

 ――完全に、やらかした。

 

 


 街道を進むにつれて、人の往来はしだいにまばらになっていく。

 朝の光が木々の間を抜け、地面にまだらな影を落としていた。鳥の声が響き、昨夜の喧騒が嘘のような静けさだった。

 

「街ってのはな、支部神殿ノードを中心にできてる」

 

 歩きながら、シュレムは口を開いた。サリエナがまともに聞いていないのはわかっている。それでも、黙っているよりはましだった。

 

「結界もそこ基準だ。神殿が管理して、シグナルを供給して、その上で住民が生活してる。離れれば離れるほど、当然シグナルは弱くなる」

 

「……ふーん」

 

「聞いてるか? これ、わりと重要な話なんだが」

 

「うん」

 

 本当にわかっているのか怪しい返事だったが、シュレムは続けた。

 

「魔法は万能じゃねぇ。シグナルが届かない場所じゃ使えない。それだけは頭に入れとけ」

 

「……そう」

 

「……まあ、お前には関係ないかもしれないけどな」

 

 小さく付け足す。サリエナは特に何も言わず、街道脇に咲く花をぼんやりと眺めている。聞いているのか、聞いていないのか――相変わらずわからない。

 

 一刻ほど歩くと、街道は山の麓へと差し掛かった。

 木々は密になり、いつの間にか人の気配は完全に途切れている。轍の跡だけが、この道が使われている証のように残っていた。

 シュレムは手首の精霊感知環シグナルバンドに目を落とす。光は二本。安定している。

 

「……この辺でも、まだ二本立つのか」

 

 独り言のつもりだったが、サリエナが顔を上げた。

 

「何が?」

 

「精霊の気配シグナルだ。魔法が使えるかどうかの目安。見ろ、二本立ってるだろ。これが安定だ」

 

 そう言って、シグナルバンドをサリエナに見せる。


「都市部なら三本立つ。逆に一本だと不安定。ゼロなら圏外だ。さっきも言ったが、圏外だと完全に使えなくなる」

 

「……ふーん」


 それ以上の興味はないらしい。

 

 その時、ふいに風が、止んだ。

 唐突に、鳥の声も木々のざわめきも遠くの獣の気配も、すべての音が一斉に消えた。自然な静寂ではなく、何かが意図的に削り取ったような沈黙だった。

 シュレムは足を止める。

 

 耳を澄ます。何も聞こえない。だが気配はある。複数の人間が木々の間に散らばり、左右、前方、背後から逃げ道を塞ぐようにじわじわと包囲を狭めていた。

 

「ちっ……囲まれてるな」

 

「……?」

 

 サリエナが首を傾げる。

 

「下がってろ」

 

 低く言うと、サリエナは素直に一歩引いた。

 シュレムは視線を落とし、シグナルバンドを確認する。光は二本。問題ない。魔法は使える。

 

 ――来る。

 

 次の瞬間、木々の間から人影が現れた。一人、また一人と、無言のまま姿を見せる。暗色の装束。無駄のない動き。見間違えようがなかった。

 

「……神殿の追手か」

 

 四人、五人――数が増える。完全に逃げ道を断たれている。

 そして最後に、一人の男が前に出た。

 

「よう」

 

 軽い口調だった。にやりと笑いながら、男はシュレムを見る。整った顔立ちだが、その目には一切の油断がない。その顔を見た瞬間、名前が浮かぶ。

 

「やっと見つけたぞ。苦労させやがって」

 

 肩を回し、首を鳴らしながら男は言った。その仕草は昔と変わらない。

 ――だが、立ち位置は違う。

 

「逃げ回るなよ、シュレム」

 

 一歩、距離を詰める。シュレムはゆっくりと構えを取った。

 

 その男は――かつて同じ神殿に所属していた同僚、カイル・アンリだった。

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