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呪いを受けた精霊使い、魔法が効かない剛腕少女と旅をしたら世界がバグりはじめた 〜ゼリアス神話〜  作者: 遠崎カヲル
旅のはじまり

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魔法はインフラ

 二人が街の入り口に差し掛かった頃、空が橙に染まっていた。


 それほど高くはないが、城壁が街をぐるりと囲んでいる。神殿の尖塔が一本、夕空に向かって伸びているのが見えた。

 シュレムは街の門をくぐりながら周囲に目を配った。街を守る衛兵たちが、にこやかに挨拶の言葉を投げかけてきた。


「……追手は来てねぇな」


 シュレムはひとまず安堵した。




 街の中に入ると、あちこちで街灯に火が灯り始めていた。神官服を着た者たちが、街を歩き回っている。

 若い神官服の男がシュレムの目の前で街灯の前に立ち、詠唱を始めた。


「リクエスト、我が名はベルグ神殿所属の精霊使い、名をアウレン。ゼリニシアよ、今宵も市民の安全のため、灯りを与えたまえ。接続許可を要請する——コネクト確認」


男のシグナルバンドが輝き出す、


「コマンド——精霊灯に灯火を点せ。対象は目の前の精霊灯。時間は6時間。」


 街灯がぽっと光った。

 サリエナはじっとその様子を見ていたが、振り返るとシュレムに向かって尋ねた。


「魔法……きみとちがうね。長い」


「そりゃな」とシュレムは言った。


「俺はクラスが上だから接続許可リクエストの詠唱が省略できるんだ。あいつはまだ下級だから、フル詠唱が必要になる」


「……ふーん」


 理解したのかどうかわからない顔だった。サリエナは街灯に近づくと、そっと手を伸ばしかけた。


「触るな。それ、供給中だ」


「……そう」


 サリエナはすぐに手を引っ込めたが、特に気にした様子もなかった。

 街の中を歩きながら、シュレムはふと口を開いた。


「おまえ……この精霊依存社会で、どうやって生きてきたんだ」


「魔法、よく知らない」


「……は? この世界に生まれて魔法を知らないって、どういうことだ」


 疑問がそのまま口をついて出た。少し間があいてから、シュレムはハッと気づいた。


「お前、もしかしてグラニス族か?」


「ちがう」


 サリエナは首を横に振った。


「……けど、近い。グラニスの街には住んでた」


「そうか」とシュレムは言った。


「グラニス族は精霊に依存しない社会らしいからな。そんなの、かなり珍しい。俺も行ったことはないし、会ったこともない」


 サリエナはシュレムの言葉を黙って聞いていた。


「まあ、グラニスの街出身なら魔法を知らないのも納得だ」


 シュレムは一人で納得し、小さく頷いた。

 サリエナは何も言わなかった。




 大通りには大きな噴水があり、水がきれいなアーチを描いていた。


「これも魔法?」


 噴水を眺めながら、サリエナは尋ねた。


「……ああ、これもだな」


 シュレムは肩をすくめる。


「っていうか、この街にあるもんは、だいたい精霊魔法が絡んでると思っていい」


 サリエナは黙って水の流れを見ている。


「知らないなら教えてやるが、この世界には恒常の四精霊と呼ばれる精霊がいる。火の精霊『ゼリニシア』、水の精霊『ゼリヴィア』、風の精霊『ゼルファ』、地の精霊『ゼルガイア』だ」


 指を折りながら、シュレムが丁寧に説明する。


「水の精霊『ゼリヴィア』はこういう循環系だな。水路、井戸、こういう噴水も全部制御してる。止まれば街はすぐ干上がる」


 指で軽く水面を示す。


「火の精霊『ゼリニシア』は灯りと熱源だ。街灯もそうだし、鍛冶や調理も全部こいつ頼りだ。さっき見ただろ」


「……うん」


「風の精霊『ゼルファ』は流れ。空気の循環、運搬、あと一部の通信にも使われてる。見えねぇけどな」


「……風、すごい」


「地の精霊『ゼルガイア』は基盤だな。建物の強度維持、道路、城壁……まあ、目に見える"形"を支えてる」


 シュレムはそこで一度言葉を切る。


「で、全部まとめて——」


 軽く息を吐く。


「この世界は、精霊に支えられてる」


 サリエナは少しだけ首を傾けた。


「……全部?」


「ほぼ全部だな。逆に言えば、精霊が止まれば全部止まる」


 少し間があいた。噴水の水音だけが静かに響く。


「だから神殿が管理してる。接続も、供給も、全部な」


 シュレムは皮肉っぽく笑う。


「便利だろ。……依存してるって意味じゃ、な」




 再び大通りを進んでいくと、一本の街灯がちらついていた。

 灯ったと思ったら暗くなり、また灯るという不規則なリズムで揺れている。周囲の街灯は安定しているのに、その一本だけが落ち着かない。

 シュレムは足を止め、街灯の根元に目を向けた。そこに設置された魔石の表面に、細かいひびが入っているのが見えた。


「おいおい……ここの支部神殿ノード、管理ずさんじゃねえのか」


「……ノード?」


 サリエナが再び首を傾けた。


「ノードっていうのは、都市や街にある支部神殿のことだ」


 言葉を選びながらシュレムが話し始めた。


「さっき説明した恒常の四精霊は、それぞれ別々の大神殿に、精霊コアという形で安置されている。大神殿と精霊コアのことを俺達はサーバーと呼んでいる」


 そう言いながら、シュレムは地面に大きな丸を描いた。


「精霊魔法は、大神殿サーバー接続コネクトできないと使えない。大神殿サーバーへは、精霊の気配シグナルを使って接続するんだが、サーバーから離れるほどシグナルは弱くなる。そこで支部神殿ノードが必要になる」


 シュレムは先程地面に描いた大きな丸の周辺に小さな丸を多数描き、それらを線で繋いだ。


支部神殿ノードは、こうやって大神殿サーバーからの精霊の気配シグナルを各地に届かせる役割を担ってるんだ。この街の街灯も水道も、全部ここの支部神殿ノードを経由して動いてる。そいつらの管理が雑だから、末端の街灯に影響が出てる」


「……ふーん」


「わかったか?」


「わからない」


 シュレムは黙った。専門の人間が専門用語を並べ立てても、素人には届かないのだよ、シュレム。


 他の街灯は安定している。ちらつく一本だけが、さっきと変わらずリズムを乱し続けていた。


「……気持ち悪いな」


 シュレムは、誰に言うでもなく呟いた。答えは出そうにないし、今夜のうちに解決できることでもない。シュレムは視線を切って歩き出した。

 少し沈黙が続いた。


「……おなかすいた」


「は?」


「ごはん、食べよう」


「……お前な」


 シュレムは盛大に息を吐いてから、宿を探し始めた。

 街灯のちらつきは、背後でなおも不規則に揺れていた。

 何かが、噛み合っていないようだ。

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