理解しない同行者
シュレムは目を覚ました。
朝の光が木々の間から差し込んでいる。
体を起こして辺りを見回すと、昨日の少女がすでに起きているのが見えた。
焚き火の残り火の前で膝を抱え、ぼんやりと森の奥を見ている。彼女の荷物はすでにまとめてあった。
シュレムが対人結界を解くと、少女はシュレムを見た。
「きみ、どこに行くの?」
少女はそう尋ねてきた。
「俺か? ……訳があって、この国、グランヴェルを出ようと思ってる。その前に寄りたい場所があるが」
荷物をまとめながら、シュレムはそう答えた。
「寄りたい場所って?」
「ウィンベラルの街だ。グランヴェル帝国内では一番の癒やしの街だな」
「ふーん。どこか悪い?」
少女の問いに、シュレムはすぐに答えなかった。
「……まあ、少しな」
そう言うと、シュレムは頭を軽く振った。
少し間があき、少女は言った。
「ついてっていい?」
「……なんでだよ!」
シュレムは一瞬遅れて、理解が追いつかないまま声を荒らげた。
少女は特に慌てた様子もなく、焚き火の灰を見ながら答えた。
「きみ、いい人そうだから」
「やめとけ。俺は追われてるんだぞ」
「そう」
「いや、危ないんだよ。足手まといになる」
「たぶん、大丈夫」
根拠はどこにもない。少女はそれ以上何も言わず、静かに荷物を背負って立ち上がった。
背負った大剣が、朝の光を受けてきらりと光った。
シュレムはしばらく彼女を見てから、盛大に息を吐いた。
「……好きにしろ」
二人は並んで街道を進んだ。
シュレムは結構速足で歩いているつもりだったが、少女は文句も言わずにトコトコとついてくる。
沈黙が苦手なシュレムは、あれやこれやと少女に話しかけた。
「俺の名は、シュレム・グランベル。歳は二十五。火の精霊ゼリニシアの神殿に所属する、精霊使いだ」
「……そう」
「いや、元神殿所属だな。今は神殿から追われてる身だからな」
「うん」
「お前の名は何て言うんだ?」
少女は不思議そうにシュレムを見た。
「昨日、言ったよ?」
シュレムは昨夜のことを思い出した。そういえば、名前のようなものをつぶやいていた気がする。
「サリエナ……だったか?」
「そう。サリエナ・ローレンス。歳は十七」
「あれは自己紹介だったのかよ!」
街道を歩きながら、シュレムは盛大にツッコんだ。
それからシュレムはサリエナに一方的に話しかけることになった。
神殿から逃げている事情、旅の目的、これから向かう街の話などを、核心をぼかしながら説明した。
サリエナはその都度短い相槌を打つだけで、ただ隣を歩いていた。聞いているのかどうかもわからない。
「……聞いてるか?」
「うん」
「どのへんまで理解した?」
「追われてる」
「それだけか」
「うん」
シュレムは黙った。
街道が森に差し掛かった頃、突然叫び声が聞こえた。
「来るな……来るな来るな来るな!! 誰か!! 助けてくれぇ!!」
「……ちっ、向こうの方か」
駆けつけると、荷車が横倒しになっていた。行商人であるらしい男が、腰を抜かしながら必死に後ずさっている。
その周囲を、見たことのない形の魔獣が三体うろついていた。四足で、体の表面が黒く変色していた。だが、通常の魔獣とは動き方が違う。
シュレムは低く呟いた。
「……なんだあれ」
このあたりの森にこんな魔獣が出るなんて、聞いたことがない。
「下がってろ」
「わかった」
サリエナは素直に後退した。
シュレムは前に出ながら、手首の腕輪を確認した。光が二本立っている。
「大丈夫だ。あんたも後ろに下がっててくれ」
「す、すまん。助かった」
行商人は這いずるようにして、サリエナのいる荷車の陰まで下がった。
「我が名はシュレム、火の精霊使い。ゼリニシア、接続を。よし、コネクト」
シュレムの腕輪が淡く、赤く光りだす。
「コマンド——火球を生成。俺の手のひらで待機。出力は小」
次の瞬間、シュレムの手のひらに炎が渦を巻くように現れ、球体を形づくった。その火球を魔獣に向かって投げつける。
一体目が炎に包まれ、一瞬のうちに黒焦げになる。その熱に残りの二体が怯んだのを見ると、シュレムは間を置かず次のコマンドを打った。
三体目が崩れ落ちた時点で、周囲の動きが止まった。
行商人が荷車の陰から顔を出し、安堵の表情を浮かべた。
行商人は食料を輸送する最中だったらしい。助けた行商人は感激した様子で食料を分けてくれた。
干し肉、固いパン、干したフルーツなど十分な量だった。
サリエナがそれらを黙々と食べ始めた。干し肉、パン、そしてフルーツが次々とサリエナの胃袋へ消えていく。
行商人はぽかんとした顔でその様子を見ていた。
そんな二人を尻目に、シュレムは魔獣の残骸に目を向けた。魔獣の体表は黒く変色しており、通常とは異なる動きをしていた。
この街道でこんな異常が出るのは、少なくとも自分の記憶にはない。
シュレムは呟いた。
「……おかしい」
しかし、そこで考えるのをやめた。今は関係ないし、答えも出そうになかった。
シュレムは自分の手提げかばんを地面に下ろした。革張りで小型の箱のような作りのかばんだ。
それを開けると、行商人から分けてもらった食料や水を次々と収めていった。見た目以上の収納力で、吸い込まれるように物が収まっていく。
「……それ」
サリエナが食べながら、不思議そうに箱を見ていた。
「ストレージボックスだ。知らないのか?」
「知らない」
「精霊の力で中身が拡張された箱だ。中に入る量が外見に依存しない」
「ふーん」
興味がなさそうな返事だった。
シュレムはサリエナの大きな荷物に目を向けた。
「……そのでかい荷物、なんだよ。全部必要か?」
「いる」
「全部か?」
「全部」
それ以上聞いても無駄そうだったので、シュレムは問うのをやめた。
行商人と別れてからしばらくして、サリエナが口を開いた。
「その腕輪、何?」
「これのことか?」
シュレムは腕を持ち上げ、手首の腕輪を見せた。
「これはな、精霊感知環だ。知らないのか?」
「知らない。きみ、いつも見てる」
「そりゃあ、魔法を使うために必要だからな」
シュレムはシグナルバンドを空にかざした。
「……さっきのも魔法?」
「そうだ、精霊魔法だ。見たこと無いのか?」
「あんまり。さっき、いろいろしゃべってた」
「ああ、あれが魔法を使う手順なんだ」
「そう。どうやるの?」
その問いに、シュレムは少し考えた。魔法の手順を説明するというのは、あまり記憶にない。
シュレムは少し考えて口を開いた。
「俺たち精霊使いは、精霊の力を借りて魔法を使う。まず、精霊コア……俺たちはサーバーと呼んでいるが、そいつに対して接続許可の呪文を詠唱する。これが接続のためのリクエストだ」
シュレムは、矢継ぎ早に話し始めた。
「リクエストが通ると、精霊使いは精霊コアと接続される。その状態をコネクトと呼ぶ。コネクトされたら、魔法実行命令、コマンドを打つんだ。そうすれば魔法が発動する仕組みだ」
サリエナは黙って聞いている。
「コマンドは精霊使いの精神力、つまりリソース依存だ。実行すれば消費されるし、足りなければ通らない。一言で言うと、使い過ぎると動けなくなるってことだ。どうだ、わかったか?」
「……わからない」
「だろうな」
それきり会話は終わった。二人は並んで街道を歩き続けた。
シュレムはサリエナのことを考えていた。この精霊依存社会の中で、ろくに魔法も知らずに彼女はどうやって生きてきたのか。
それが、シュレムにとっては不思議でならなかった。
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※作者のひとことまとめ
1.魔法の手順はサーバーに接続してコマンド入力
2.シグナルバンドの表示=スマホの電波




