頼りない護衛
魔獣が現れたのは、街道を進んでしばらく経った頃だった。茂みから犬ほどの大きさの魔獣が飛び出してきた。牙を剥いてこちらへ向かってくる。
シュレムは足を止めずに詠唱した。
「我が名はシュレム、火の精霊使い。ゼリニシア、接続を」
早口だが正確な接続詠唱だった。
「よし。コマンド、炎の矢を生成。貫け。対象、魔獣」
炎が一閃して、魔獣は跡形もなく消えた。焼け焦げた匂いだけが一瞬残り、すぐに風に流れていく。シュレムは歩みを止めなかった。
「……おわり?」
サリエナが聞いた。
「こんなの、俺くらいならなんでもない」
シュレムは肩をすくめた。
「街道沿いの魔獣なんて、所詮この程度だ。多少数が来ても問題ねぇ。もっと強力な魔獣に出くわしても、俺なら大抵なんとかなる」
「……つよい」
「まあな」
シュレムは少し胸を張った。
「まあ、街道を歩いていれば、強力な魔獣に出くわすことはまずない。街道には普通、対魔獣結界が張られてるからな。結界にかからない魔獣は雑魚だ」
シュレムは、街道沿いに等間隔で立つポールを指さした。
「山道や森道を通る場合はリスクが高まる。だから普通は集団で歩いたり、強力な護衛を雇ったりするんだ。俺も雇ってもらえるなら、旅費くらい稼げるんだがな」
サリエナは「……すごい」と答えた。悪くない気分だった。
呪いの症状も今日は落ち着いている。精霊への接続もスムーズで、出力も安定している。追手の気配もない。
我ながら調子がいい、とシュレムは思った。手首の精霊感知環に目を落とす。安定して二本立っている。乱れはない。
しばらくして、森道に差し掛かった。街道から外れ、木々が密になり、足元の土も踏み固められていない。道幅は狭く、視界も利かない。枝が頭上で絡み合い、光を遮っている。
シュレムは歩調を落とした。シグナルバンドをみると、二本目が消えかかっている。
「こういうとこは気をつけろよ」
前を見たまま、シュレムは言った。
「整備が甘い場所は、魔獣だけじゃない。野盗も出る。街道よりずっと厄介だ。精霊の流れも安定しねぇことがあるからな」
「……そう」
サリエナは短く答えた。
足音と葉擦れの音だけが響く。鳥の声はほとんどなく、妙に静かだった。誰かが息を潜めているような、そんな気配があった。
——来る。
そう思った直後だった。複数の気配が、左右の茂みから同時に現れた。男が六人、手に得物を持って道を塞いでいた。
「よう、いいもん持ってそうだな」
先頭の男が笑いながら言った。
「置いていけば、痛い目には遭わせねぇよ」
シュレムは一度だけ周囲を確認した。包囲されている。数は六。動きが揃っていて、素人ではない。だが——
「……ちょうどいい。今日は調子がいいから、楽勝だ」
男たちに聞こえるようにそう言って、詠唱に入る。
「我が名はシュレム、火の——」
その瞬間、頭の中にノイズが走った。
『うふふ。シュレム……あなたって、とても……』
ナタリアの声が語りかけてくる。とたんに精霊の接続が暴れだした。体中の力が抜け、思わず膝をついてしまう。
シグナルバンドに目を向けると、シグナルが立っていない。よりによって今か、と思った。
その瞬間だった。
「コマンド——拘束魔法を展開。対象あの男。強度は大」
男たちの中の一人が魔法実行命令を打った。そいつの手の平から光の紐が放たれ、シュレムの全身を締め付けた。
空気そのものが固まったように、身体が動かない。呪いによるシグナル喪失で、魔法を打つこともできない。
「なんだ、口だけかよ」
男が近づいてきて、シュレムの顎を持ち上げた。
「威勢がよかったのに、情けねぇな」
シュレムは歯を食いしばるだけで、何も言えなかった。
男たちの視線が、サリエナへ向いた。
「そっちは……上玉じゃねえか」
先頭の男がにやりと笑った。
「いろいろ楽しませてもらうぜぇ」
精霊使いの男が再び拘束魔法のコマンドを打った。光の紐がサリエナに向かって伸びる。
「この魔法は、手首を空中に繋ぎ止める事ができるんだ。観念しろよ嬢ちゃん」
男がそう言う間にも、紐がサリエナの手首に絡まってくるくると回転する。しかし、それだけだった。
サリエナは首を傾けた。
「……?」
鬱陶しそうに手を振ると、光の紐はサリエナの手首から離れ、ポヨンと一回跳ねて消えた。
男は眉をひそめると、もう一度コマンドを打った。新しく現れた光の紐は、サリエナに絡まることも無くどこかへ飛んで行った。
サリエナは自分の手を見て、それから男を見た。
「……じゃま」
サリエナはそうつぶやくと、男に向かってすたすたと歩き出した。
「ク、クソッ」
男が三度目のコマンドを打とうとした瞬間だった。
ばごん。
男の身体が木に叩きつけられ、幹が鈍く軋んだ。男はそのまま崩れ落ちた。
「畜生!」
二人の男が両脇からサリエナの腕に掴みかかった。
ぶんぶん。
サリエナが腕を振ると、男たちは宙に投げ出された。そのまま受け身もとれずに落下すると、泡を吹いてぴくぴくと痙攣をはじめた。
残りも同様、あっという間だった。六人全員が地面に転がって、森道に静寂が戻った。さっきまでの喧騒が、嘘のように消えていた。
シュレムの拘束が解けた。シュレムはその場に膝をついて、周囲を見渡した。
「……は?」
サリエナが振り返った。
「……おわり」
「……ああ」
シュレムはゆっくり立ち上がった。膝の震えを悟られないように、ゆっくりと。
「……助かった」
「……?」
サリエナは首を傾けた。礼を言われる理由がわからない顔だった。
二人は歩き出した。森道を抜けて、街道に戻った。しばらく沈黙が続いた。
「……おなかすいた」
サリエナが言った。
「……さっき食っただろ」
「……動いたから」
シュレムは空を見上げた。さっきまで晴れていたはずの空が、どんよりと曇っていた。
(……動いた……か?)
シュレムは思うだけで口には出さなかった。




