非適合
その日の午後、街は賑わっていた。露天の声が飛び交い、人が行き交う。通りは途切れず流れている。シュレムはその中を、サリエナと並んで歩いていた。
通りの中で、人の流れが一箇所だけ止まっていた。周囲の人間がわずかに距離を取り、そこだけ空間が空いている。
「……なんだ?」
「……変」
視線の先に、神官服の男が立っていた。商人と話しているが、背筋は伸びたままで、動きに無駄がない。シュレムは目を細めた。
「エルヴスだ。こんな所に珍しいな」
「……エルヴス。よくわからない」
サリエナが首を傾げる。
「神殿の中枢にいる連中だ。接続も管理も、全部あいつらが握ってる」
「……ふーん」
突然、エルヴスの男の動きが止まった。男の視線が動き、サリエナに向く。そのままサリエナを見つめ続けた。
——長い。
次に、シュレムへ視線が移った。わずかに止まり、すぐ外れた。
男の口がわずかに動く。
「……不整合だ」
それだけ言うと、二人から視線を外し、そのまま会話に戻った。シュレムは歩みを止めなかった。
「……なんだ、あいつ」
「……変」
二人はそのまま歩き続けた。
旅をしていると金が減る。
サリエナと旅をしていると、金の減りが余計に速い。食べる量が尋常じゃないからだ。
「抑えてる」とは本人の言葉だが、シュレムから見ると呆れるくらいよく食べる。
外食の時、基本は割り勘だが、サリエナを気遣って、シュレムはいつも多めに金を出していた。
二人は簡単な仕事を請けることにした。
「厳しいわけじゃないが、備えあれば憂いなしだ」
シュレムは言った。
「荷物運びと修繕作業で、一日こなせばそれなりになる」
サリエナと一緒の荷物運び。普通の男なら二人がかりの荷物を、サリエナが持ち上げる。
片手で。
シュレムは何も言わなかった。もう慣れていた。
修繕作業の最中だった。ガリッという音とともに、サリエナの腕に釘が掠った。浅い傷だったが、血がにじんだ。
「……おい」
シュレムは思わず声をかけた。サリエナは血がにじむ腕をちらりと見た。
「……別に、なんでもない」
そう言うとすぐに作業にもどった。本当に気にしていない顔だった。
すると、近くで作業していた男が駆け寄ってきた。
「水の精霊魔法が使えますから、すぐ治りますよ」
サリエナの傷を見て、男はそう言った。
「俺は癒し系の魔法が使えないから、助かる。頼むよ」
シュレムがそう答えると、男が詠唱を開始した。
「我が名はアウグスト。水の属性を持つ建築ギルドの大工。ゼリヴィアよ、我は今そなたの力を必要としている。規定に基づき、接続許可を要請する」
男の精霊感知環がぼんやりと青く輝く。
「よし接続しました。魔法実行命令——血を巡らせ傷を塞げ。対象は目の前の腕」
言いながら、男はサリエナの傷に手をかざす。男の手のひらが淡く輝き、サリエナの傷を照らした。
しかし、何も起きなかった。
「……あれ?」
男は首を傾け、もう一度詠唱した。しかし、変化はなく、傷はそのままだった。
シュレムは自分の手首を確認した。シグナルバンドの表示は二本。シグナルは安定している。古い構文だが、コマンドにも問題はない。
「……シグナルは正常だな。コマンドも通ってる」
シュレムは呟いた。システムの問題ではない。ならば原因は……?
シュレムはサリエナを見た。
「……?」
サリエナは何がおかしいのかわかっていない顔をしていた。
「す、すみません、調子が悪いのかもしれなくて……」
男は気まずそうにそう言った。
「気にしなくていい、助かった」
シュレムはそう答えて、その場を収めた。
午後になって、別の作業が入った。建物の屋根を修繕する仕事だった。足場を組む時間を省くために、風の精霊使いが浮遊魔法で人を持ち上げる段取りになっていた。
「そっちのお姉ちゃんも頼む」
作業の親方が言った。風の精霊使いが詠唱して、浮遊魔法をサリエナへ向けた。しかし、何も起きなかった。
「……おかしいな」
精霊使いが首を傾けた。もう一度詠唱した。さらに、もう一度。やはり何も起きない。サリエナは地面に立ったまま、ほんの少しも浮かばなかった。
「姉ちゃん、もしかして重いのか?」
作業員の一人が笑いながら言った。サリエナの表情は動かなかった。しかし、ゆっくりと拳が握りしめられていくのをシュレムは見た。
(やばい。あいつ、怒ってないか?)
シュレムは悪い予感がした。
その時だった。サリエナは軽く膝を曲げると、そのまま跳んだ。ドンという音を残して、屋根まで一気に跳び上がって、着地した。
作業場が静まり返った。
「……ここ?」
サリエナが上から聞いた。
「……あ、ああ、そこだ」
親方が震える声で答えた。シュレムは何も言わなかった。
仕事が終わって宿へと歩きながら、シュレムはサリエナに聞いた。
「……お前、回復魔法がかかったことって、あるか?」
サリエナは少し考えた。
「……ない、たぶん」
「浮遊魔法は?」
「……ない」
「他の魔法は?」
「……ない」
答えはすべて同じだった。シュレムは歩きながら、頭の中を整理した。
火球を素手で払った。拘束魔法が効かなかった。回復魔法が効かなかった。浮遊魔法が効かなかった。シグナルも接続も正常だった。術者の腕にも問題はなかった。
つまり、こいつには——精霊魔法が、通らない。
サリエナの異常が確定した。




