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呪いを受けた精霊使い、魔法が効かない剛腕少女と旅をしたら世界がバグりはじめた 〜ゼリアス神話〜  作者: 遠崎カヲル
旅のはじまり

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寄り道

 街道の先に、小さな集落が見えてきた。畑と低い家々が緩やかな丘の上に並んでいて、煙がゆっくりと空に流れていくのが見えた。

 

「……何日ぶりだ、人のいる場所」

 

 シュレムは歩きながら呟いた。少し考えてから、

 

「三日……いや、四日か」と続けた。


サリエナが首を傾けた。

 

「歩きっぱなしだったからな」

 

 そう言いながら、シュレムは手首に視線を落とした。装着された精霊感知環シグナルバンドが、安定した光を保っている。

 

「……こんな場所でも、ちゃんとシグナルが立つ。いい時代だ」

 

「……ここも、つながってる」

 

 サリエナが空を見上げながら言った。

 

「当たり前だろ」

 

 シュレムは手首を軽く持ち上げた。

 

「シグナルってのは、神殿から飛んでる精霊の回線だ。で、それを拾うのがこいつ、シグナルバンド。これがあれば魔法も生活用の術も使える」

 

「それ、僕も持ってる!」

 

 集落の入り口に差し掛かったところで、子供が一人駆け寄ってきて腕を突き出した。簡素なバンドが巻いてある。

 

「だろ?今じゃ誰でも持ってる」

 

 シュレムは周囲を見渡した。

 

「こんな辺境でも、ちゃんと入る」

 

「……ふーん」

 

 サリエナはバンドをしげしげと見てから、自分の手首に視線を落とした。そこには何もなかった。

 



 集落に入ったところで、村人が一人声をかけてきた。

 

「お前さんたち、街へ行くなら、少し待つしかないぞ」

 

「……何かあったのか」

 

「この先の橋がな、雨で流されてしまって。直すのに、一か月はかかる見込みだ」

 

「一か月?」

 

「この辺りは地の精霊魔法に精通した者が少なくてな。土木作業に時間がかかるんだ」

 

 シュレムは少し肩をすくめた。

 

「俺も地の精霊魔法はあまり得意じゃない。神殿も辺境には人員を派遣してくれないしな」

 

 そう言いながら、シュレムは天を仰いだ。

 

「……どうするの?」

 

 サリエナが隣で聞いてきた。

 

「結局、手作業しかない。しばらく足止めだな」

 

 シュレムは答えた。

 

 


 それから数日が経った。特に相談したわけでもなく、二人は橋の復旧作業に加わっていた。資材を運び、組み、繋ぐ。単純だが地道な作業が続いた。

 

 サリエナは黙って動いた。指示を待つでもなく、必要なことを見つけては、働いていた。

 作業の合間、子供たちがサリエナに群がった。

 

「ねーねー、お姉ちゃん!」

 

 手を引かれ、サリエナは無言でついていった。持ち上げてくれとせがまれれば持ち上げ、追いかけっこを始められれば付き合った。笑い声が上がった。

 サリエナの表情は動かなかったが、それでも子供たちは離れなかった。

 

 少し離れた場所でその様子を眺めながら、シュレムは小さく息を吐いた。

 

「……あいつ、ちゃんとした人間なんだな」

 

 誰に言うでもなく思った。

 


 

 作業は順調に進んだ。いや、あまりにも順調に進みすぎた。原因は言うまでもなくサリエナだった。

 

 最初は誰も気づかなかった。大人の男たちが丸太を一本切り終える間に、サリエナは五本切っていた。二本目が終わった頃に隣の男が手を止め、三本目が終わった頃に別の男も手を止め、四本目が終わった頃には作業場がしんと静まり返っていた。

 サリエナは五本目を切り終えて、首を傾けた。

 

「……次?」

 

「あ、ああ……頼む」

 

 誰かが、そう答えた。

 

 釘打ちも同様だった。男たちがトントンと丁寧に叩いている横で、サリエナは一撃で釘を打ち込みながら移動していく。スコーン、スコーン、スコーン、と一定のリズムで進んでいくその様子を、村人の一人がぽかんと眺めていた。

 

「……お嬢さん、前にも大工仕事を?」

 

 とその村人は聞いた。

 

「……ない」

 

 サリエナが答えると、村人は黙った。

 

 

「まだ、一週間しか経ってないんだがなあ」

 

 村人が首を傾けた頃には、橋はすでに形になっていた。

 サリエナが大人二人がかりでも動かせないような太い木材を片腕で担いでくる。ドン、と地面に置く。

 

「そこ頼む!」

 

 そう言われればそこに置く。

 

 村人たちは三日も経つと、「お、また頼む!」と当たり前のように指示を出すようになった。誰も違和感を口にしなくなっていた。

 シュレムだけが橋を見て、サリエナを見て、小さく息を吐いた。

 

「……さすがに、早すぎだろ」

 

 


 サリエナの働きぶりはあっという間に集落中に知れ渡った。その日の夕方には、男たちが「今夜一杯やろう!」と声をかけてきた。翌日も、その翌日も同じで、連日のどんちゃん騒ぎになった。

 

 サリエナは酒には手をつけなかったが、料理は食べた。黙々と、ひたすら黙々と食べ続けた。皿が空になるたびに次が来て、次が来るたびに空になった。

 

「よく食うなあ!」

 

 と男たちが笑った。

 

「……うん」

 

 サリエナは答えながら次の皿に手を伸ばした。それがまた気に入られた。

 

「遠慮しないのがいい!」

「飲めないのは残念だが食いっぷりは最高だ!」

 

 と口々に言われ、料理が次々と運ばれてきた。シュレムはその様子を眺めながら、密かに胸を撫で下ろしていた。

 食費の心配をしなくていい。二人になってから初めての感覚だった。

 


 

 二人が作業に合流して十日後、橋は完成した。

 

「本当に助かったよ。十日で終わるとは思わなかった」

 

 と村人たちが頭を下げた。

 

「……まあな」

 

 シュレムは苦笑いしつつ答えた。

 

「……おわった」

 

 サリエナはそう言って、空を見上げた。

 

 村人の代表が二人の前に立って、少し照れくさそうに言った。

 

「予算が余ってしまってな。受け取ってくれ」

 

 そして、袋を差し出してきた。シュレムは中身を確認して、目を見開いた。

 

「……いいのか?」

 

「あんたらのおかげ半分以上の工期が縮んだんだ。当然だろ」

 

 シュレムは袋を握りしめたまま、サリエナを見た。

 

「……おなかすいた」

 

 サリエナはポツリとそう言った。

 

「……ああ」

 

 シュレムは袋をしまいながら、小さく笑った。

 

「今夜は俺がおごってやる。好きなだけ食え」

 

「うん」

 

 サリエナはあっさり頷いて、食堂の方へ歩き始めた。シュレムはその後ろ姿を見ながら、もう一度だけ財布の重さを確かめた。

 

 静かな夜だった。サリエナはいつも通り食べていた。シュレムはその様子をぼんやりと眺めながら、この村でのことを思い返した。

 

 大人の男でも到底かなわない、異常な身体能力と、食欲。

 

 こいつ、ちゃんとした人間……だよな?

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