刻まれた死の呪い
禁術使用の現行犯。
その夜のうちに、シュレムは拘束された。異例の速さだった。
牢獄は神殿の地下にあった。石造りの壁に小さな明かり取りの窓が一つ。精霊感知を展開しようとしたが、接続が通らない。
この区画は遮断されており、魔法は使えないようだ。
シュレムは壁に背を預け、膝を抱えた。胸の奥に残る鈍い痛みが、消えない。
禁術の代償だとはわかっていたが、それが何をもたらすのかはまだわからない。
夜が深くなった頃、それは来た。
痛みが一気に鋭くなる。息が詰まり、視界が歪み、身体が壁を伝って崩れ落ちた。
頭の中にナタリアの声が響く。言葉にはならない断片が、波のように押し寄せてきた。
シュレムは床に転がったまま、歯を食いしばった。抵抗しようとしたが、何に抵抗すればいいのかわからない。ただ、やり過ごすしかなかった。
やがて、波が引いた。全身が汗で濡れている。天井を見上げたまま、動けなかった。
これが続くのか。これが代償か。
翌日から、シュレムが受けた代償の解析が始まった。神官や研究者が何度も来て、そのたびに難しい顔をして帰っていく。それが何日も続いた。
ある日、扉の向こうに足音がした。目を向けると、一人のエルヴスが立っていた。長い銀髪を一つに束ね、感情の読めない目でこちらを見下ろしている。
「……エルセリスか」
シュレムは小さく息を吐いた。
「直属の上司であるあんたが来てくれて、嬉しいよ」
皮肉めいた口調でそう言った。
「お前の症状は確認している」
エルセリスは、答えた。シュレムは何も言わなかった。
「お前が受けたのは、禁術の代償による死の呪いだ」
エルセリスは淡々と続けた。
「いずれ命を燃やし尽くす。進行の速さは個体差がある。いつとは言えない」
エルセリスは一瞬だけ視線を外し、すぐに戻した。
「……それだけか」
「判明していることはそれだけだ」
言い淀みはなかった。だが、何かを隠しているようにも見えた。
「状況は把握している。頼みがあるなら聞く」
「だったら話が早い」
シュレムは立ち上がった。
「ナタリアの死を調査してくれ。あれは自死じゃない。何かがおかしい。証言も証拠も揃いすぎている。俺には——」
「グランベル」
エルセリスが遮った。
「我々は感情では動かない。証拠に基づいて判断する。それだけだ」
「正しい判断?」
シュレムは柵を掴んだ。
「ヴェリタスの瞳で嘘なしと判定された証言が積み上がって、それで正しいと言うのか」
声に力がこもる。
「でもおかしいんだ。あの夜、ナタリアの目が——あれはナタリアの目じゃなかった。三年間毎日顔を見てきた俺が言ってる。証拠じゃないのはわかってる。でも、頼む。もう一度だけ調べてくれ」
エルセリスはしばらくシュレムを見ていた。
「お前の感覚は理解する」
「じゃあ——」
「しかし採用しない」
静かな声だった。
「感覚は証拠にならない。例外は認めない。それが崩れれば、すべてが崩れる」
シュレムは何も言えなかった。
「惜しいと思っている」
エルセリスは続けた。
「お前は優秀だった。それは事実だ。だが、それと今回の判定は別だ」
足音が遠ざかった。シュレムは壁に背を預けた。
(惜しい、か。)
胸の痛みがまた強くなった。
次に足音が聞こえたのは半日後だった。現れたのはカイルだった。
「やあ、シュレム」
軽い声だが、目は笑っていない。
「ついに落ちたな。あれだけ上にいたのに」
柵に手をかけ、値踏みするようにシュレムを見た。
「禁術使用は重罪だ。大した末路だな。俺はずっと思ってたんだよ、お前みたいな奴がいつまでも上にいられるわけがないって」
シュレムは何も言わない。
「婚約者には逃げられて、禁術に手を出して、神殿に捕まって。笑えるだろ」
カイルは笑った。
「まあ、地下で朽ちてろ」
足音が遠ざかる。シュレムは怒ることもなく、壁を見つめたまま動かなかった。
裁判の日取りが決まったのは三日後だった。
裁定室への廊下を歩きながら、シュレムは妙に落ち着いていた。
怒りも恐れもなく、ただおかしいと感じていた。何がおかしいのかは言葉にならないが、その違和感だけは消えなかった。
証言も証拠も揃っていて、判定も出ている。それでも、おかしい。ナタリアの目が頭から離れない。
裁定室の扉が開いた。天井が高く、証人席が整然と並んでいる。その奥に三人の裁定官が座っていた。
シュレムは壇の前に立たされた。




