第42話 新皇帝と宰相②
明誠も雪花の妊娠をすでに聞いていたのか「ああ」と気のない返答をしただけだった。
自分の子供でないこともわかっていたのだろう。全く驚くそぶりもなかった。
「事を明るみに出して得する者は誰もいない。私の子として育てたらいい。ただし竜珠が継承されることはないのだし、変な野望を持たせるな。その辺りをわきまえさせて育てるのであれば問題ない。」
予想外なほど寛容な明誠の言葉に、颯達は驚愕した。
「陛下は、それでいいのですか・・・?」
「ああ、愛する者と無理矢理引き裂かれるつらさは私も理解できるからな。」
颯達はこの時、その明誠の言葉にわずかに違和感を感じたが、その時はそれを蒸し返して機嫌を損ねられてはたまらないと思い、聞き返したりせずにありがたくその意向を受けさせてもらった。
この皇帝の発言が意味することが十五年後に大きく跳ね返ってくるとはこの時思わなかったが。
明誠の意向を雪花に伝えると、彼女も大層驚いていた。
「生まれる子に皇帝になるというような野望を抱かせないよう謙虚に育てるように、とのお言葉があった。そこはしっかり守って育てなさい。」
颯達の言葉に雪花は頷いた。
これも雪花により、もともと明誠や颯達が思っていたものとは違う方向に曲げられ、陽誠が必要以上に兄に心酔する一因となった。
皇帝のお墨付きをもらった雪花は、皇宮で陽誠を育てた。
外見が皇帝にそっくりで、中身が真面目で優秀な祖父似の泰誠にはあまり愛情を向けなかった雪花は、盲目的に陽誠を溺愛した。
颯達も雪花にそっくりで自分に懐いてくれる陽誠は好ましく、会うたびに可愛がった。
多少我儘なところはあるものの概ね問題ないレベルであり、野心の点に関しては全く心配のない状態だった。
颯達の中でも陽誠の出生の秘密のことが過去のものとなりかけていた折、今回の竜珠の継承が起こった。
あの大人しい皇帝に皇宮外に子がいたことは意外だったが、十五年前の彼の言葉を思い出し納得する自分もいた。
孫の泰誠が皇帝となることは颯達にとっても望むところではあった。しかし先の宰相を務めた龍聖・寿峰の優秀さを副宰相として目の当たりに見てきたため、新帝が寿峰が育てた龍聖だと聞いて泰誠が帝位に付けないのも仕方がないと納得した。
颯達自身は明蘭が帝位につくことは残念ではあったが特に異論はなかった。
しかし、雪花と陽誠にとってはそうでなかったのだ。
泰誠を皇帝にすることに固執した結果、あのような顛末となってしまった。
溺愛していた娘は精神を病み、可愛がっていた孫は亡くなった。
いくら正妻が上手く隠していたとはいえ、長い期間雪花がいじめられていたことに気付かなかった自分が、再び二人の心の闇に気付いてあげられずこのようなことになり、颯達はかなりまいっていた。
明蘭が悪くないこと、非常に優秀であることは重々承知しているが、その顔を見ると、この方さえいなければという思いが沸き上がってくる。
もう年齢的にも宰相を辞めるのは仕方がないと諦めてくださるだろう・・・。
颯達がそう思い酒をグイッと飲んだ時、扉をたたく音がした。
「おじい様、泰誠です。」
「入りなさい。どうした?こんな時間に。」
「陛下よりおじい様が宰相を辞すると伝えてきたと聞いたので、そのことで伺いたいことがありまして。」
「陛下の差し金か。わしはもう宰相はやらん。陛下には何度もそうお伝えしたはずだ。」
「はい。それは伺ってますし、私からも陛下におじい様は絶対承諾しないだろうとお伝えしました。その後、陛下と相談のうえ出した案なのですが、私が新宰相に着任しようかと思っています。それにあたりおじい様の推薦をいただきたいと思い、お願いに参りました。」
「なにっ!」
颯達は驚いた。
宰相は普通皇族ではなく臣下の者がつくことが一般的で、年齢的にもう少し年配の者のことが多い。
「お前のような年若い皇子がか?」
「はい、その点は何か言われることはあるでしょうね。しかし、私が宰相になることで皇族は全面的に明蘭皇帝を支持するという何よりのアピールになります。伯父上のように未だに私を皇帝にと押す者も一部いるようですので、私と彼女が信頼関係にあると示すには、それが一番手っ取り早いでしょう。皇族としての経験が不足されている陛下を支えるには私が最適ですし、色々天秤にかけたらメリットの方が大きいと。」
常に冷静で自分の利益より国を優先できるこの孫が皇帝になれなかったのは、やはり残念なことだったと颯達は少し思った。
「先の宰相の推薦もあれば完璧ということか。」
「そうですね。その方が伯父上や古参の官僚も納得しやすいでしょうし。あと、私は今までおじい様や父上の仕事を傍で見てきましたが、まだまだ若輩ですので何かあれば相談させていただきたいと思っています。ですので、宰相の相談役という位置づけの新しい役職を用意したいと考えています。」
颯達はしばらく黙っていたが、しばらくして「わかった。」と答えた。
「しかし、お前もあの皇帝をえらく高く評価しているのだな。自分から宰相になると言い出すとは。」
「彼女はまだ経験が浅く磨かれていないだけで、かなりの逸材ですよ。少し話せばわかります。私も自身が皇帝になると思っていた時期もありましたが、彼女と一緒に仕事をしてみると案外補佐役が性に合っている気がしてきましてね。昔から中身がおじい様に似ているとよく言われてきましたし。」
孫の言葉に颯達は噴き出した。
「はは、そうかもしれないな。」
かくして、皇帝の代替わりと時を同じくして宰相の交代も行われた。
先代皇帝崩御の一か月後に行われた新皇帝の即位式では、皇帝の右後方に新宰相・泰誠が、左後方に新将軍・頼誠が控えることとなった。帝国史上初の兄弟体制である。
そして即位式に最も華を添えたのは、今まで即位式では初代以降一度も使われたことのなかった玉座の隣の席に竜王が座るという前代未聞の出来事であった。こうして帝国民は竜王の強い加護を得た新しい龍聖の皇帝を熱狂的に受け入れることとなったのだ。




