第41話 新皇帝と宰相①
明蘭が、竜珠を完全に継承して間もなく、宰相である颯達が辞意を伝えてきた。
彼は雪花妃の父であり、泰誠と陽誠の祖父にあたる人物だ。
「娘と孫のしでかした事の責任を取りたいと思っています。」
颯達の言葉に、明蘭は慌てて彼を引き留めた。
「あの事件にはあなたは全く関与していないと伺っています。帝位を継いだばかりで、まだ右も左もわからない状態ですし、私はもう少しあなたに宰相を続けていただきたいと思っているのですが。」
颯達は申し訳なさそうに俯いた。
「申し訳ありません。あなたのせいではないと分かっているのですが、あなたを見るとあなたさえいなければ雪花と陽誠があのようなことにならなかったかもしれない、と思ってしまうのです。私も国を荒廃させたいわけではありません。相談などは受けさせていただきますが、宰相は他の者にお願いしていただきたいと思っています。」
その後も明蘭は颯達を説得したが、彼の決意は固く辞意を撤回させることはできなかった。
その後すぐ、明蘭は皇宮にある泰誠の執務室を訪れていた。
「・・・という感じで、宰相を引き留めることが出来なかったんですが、兄上にとってはおじい様にあたるわけで、兄上からもう一度説得していただけないでしょうか?」
泰誠はそれを聞いて手をあごに当てしばらく思案していた。
「あなたを見ると、母と弟を思い出すとおっしゃったんですよね。おじい様がそのように発言されたのなら撤回は難しいと思います。彼は母と陽誠を溺愛していましたから。」
泰誠は母の実家の事情を説明し始めた。
颯達と正妻は政略結婚で、お互い結婚を仕事の一環だと割り切るような間柄だった。
長女に続き長男の博文が生まれると、お互い干渉せずそれぞれ好きに暮らしていたらしい。
「どこかで聞いたような話ですね。」
明蘭がつぶやいた。
※
一方、新皇帝に辞意を伝えた後、自宅に戻った颯達は酒を飲みながら過去のことを思い返していた。
夫が仕事漬けで家に帰らなくても全く気にせず、好きに贅沢な生活を享受していた妻も、颯達に若い踊り子の愛人ができた時には顔色を変えて苦情を言ってきた。
異常に気位の高い女性だったため、愛人の存在が気に食わなかったのもあるが、相手の身分が低すぎたことでプライドが傷つけられたのだ。
颯達は気位ばかり高く可愛げのない妻や娘より、素直で美しい愛人のことを心から愛していた。忙しい仕事の疲れを癒してくれるオアシスのような存在だった。数年そのような関係が続いた後、その愛人が妊娠したことで愛人から妾へと関係が変化した。
颯達は子が出来たことを大喜びしたが、娘を出産した後、産後の肥立ちが悪く彼女はあっけなく亡くなってしまった。
颯達は娘を雪花と名付け、亡き彼女の代わりに大層可愛がった。
母に似て美しい子だった。
しかし、颯達は仕事が忙しくずっと屋敷に居られるわけもなく、彼が不在の間、雪花は屋敷の中で正妻とその娘から壮絶ないじめを受けることとなった。
身体に傷をつけると颯達に気付かれるため、主に言葉での攻撃や、物を壊されたり捨てたりされるなどの陰湿な行為が多かったという。それは使用人も巻き込んで巧妙に隠されていた。
やがて子供たちが成長し、結婚相手を探す折、正妻は自分の娘を次期皇帝と名高い準龍聖である第一皇子の栄誠に嫁がせるよう欲求してきた。身分的に問題もなく、颯達もそれを承諾した。雪花の相手はあまり目立たない第三皇子の明誠となった。
雪花にとっては恋人と引き離され全く迷惑な話だったわけだが、この縁談は颯達にとって心からの親心だった。
娘に恋人がいることなど気付いてもいなかったし、(気付いていても、その時は身分違いで許さなかっただろう)明誠は皇帝にはなれないだろうが、身分が高く穏やかで人柄のいい青年だったから雪花が幸せになれると思ったのだ。
しかし皆の予想に反し明誠が皇帝になり颯達の思惑通りにはならなかった。
皇帝となったため第二、第三の妃を娶ることとなり、明誠と雪花はどんどん疎遠な関係になっていった。
そんな折、正妻との娘が夫である皇子を殺害するという大事件を起こし、颯達はもみ消すのに大きな労力を要した。正妻はすっかり気落ちし体調をくずし、そのまま病を得て一年程で亡くなった。
うるさく言う者もいなくなり颯達はますます雪花を溺愛するようになった。孫の泰誠も可愛がった。
そうして颯達にとって穏やかな時間が流れていたある日、雪花が思いつめた顔で、幼馴染の男との間に子供を妊娠したと告白してきた。
颯達は戸惑い、怒り初めて雪花を怒鳴りつけた。
「お前はさんざん可愛がってやりあらゆるものから守ってやり、皇帝の妻にまでしてもらって、何が不満でそのようなことをしでかしたんだ!親不孝者が!」
それまで颯達に逆らったことが無く、いつも静かに微笑んでいた雪花が涙を流し鬼の形相で反論してきた。
「お父さまに守ってもらったことなんて一度だって無かったわ。奥様やお姉さまが私をいじめていた時も、あの前髪の時ですら・・・。」
「いじめとはなんのことだ?前髪?」
雪花は正妻のことを”奥様”と呼んでいた。
妻が「私はあの子供の母ではありません。」と言い張り、母と呼ばせなかったのだ。姉も”お姉さま”と呼ばれることを渋ったが、それは颯達が「お前は雪花の姉だろう。」と諫め諭した。
「毎日毎日、心をえぐるような言葉を投げつけられ、服を破られ、物を隠されて、あの日はお姉さまに無理矢理前髪を切られて・・・。」
颯達は雪花の前髪が異様に短くなっていたことがあったのを思い出していた。
「雪花。その前髪はどうしたんだ?」
颯達が尋ねたら、雪花は俯きながら答えた。
「自分で切ろうとしたら失敗してしまったの。」
「そうなのか。今は変だが、髪なんてすぐ伸びるさ。」
颯達は失敗を慰めたつもりだった。俯いていたのも、年頃の女の子が失敗を恥ずかしがっているのだろうと思ったのだ。
「あの時もお父さまは、髪なんてすぐ伸びるよって言っただけだったわ。陽春は、小さい髪留めをくれて、伸びるまでこれで留めたら可愛いよって言ってくれた。あの地獄のようないじめの中、屋敷の者はみな奥様を怖がって、支えてくれたのは陽春だけだった。」
それから雪花は正妻と姉が自分に行った悪行の限りを父に話伝えた。
「陽春がいなかったら、私はとっくに自死していたわ。明誠様に嫁げと言われて彼と離れ離れになると思ったら目の前が真っ暗になった。明誠様は嫌な方ではなかったけど、私を愛してもくれなかった。皇帝の妻になんて全くなりたくなかった。このお腹の子を殺せというなら、私も死にます。」
いつも物静かで、自分に逆らったことの無かった雪花の激しい反抗と、そのびっくりするような内容に颯達は打ちのめされた。
「また相談しよう。」と言い残し、逃げるように雪花の部屋から出て行った。
そんなひどいいじめをずっと受けていたのか、なぜ私は気づけなかったのか。
颯達は悩んだ末、皇帝・明誠に打ち明け判断をゆだねることにした。いざとなったら自分の命を差し出してでも雪花を守ろうという覚悟だった。




