第38話 東江 再会②
馬車は屋敷の表に停められ、すぐに中から執事のような男性が現れた。
「なっ!狼牙、本当に殿下が呼ばれたのはこの子供達なのですか?」
あまりにみすぼらしい恰好の二人に執事は目を剥き叫んだ。
「あ、はい。そうです。」
狼牙の返事にこの世の終わりのような表情をして、諦めたように言った。
「わかりました。さすがにこの格好で殿下に合わせるわけにはいきません。お前たち、すぐに風呂に入って着替えなさい。」
執事の号令で、屋敷の中から現れた侍女たちに二人は連行されていった。
それを狼牙は気の毒そうに眺めていた。
玄太と大志はそのまま風呂に放り込まれ、風呂からあがると手触りの良い綺麗な着物を渡され着替えさせられた。その後、髪を整えられて、いい香りのする香油まで塗られた。
この頃には、楽観的な玄太もさすがに何だろうと不安に思ってきたようだった。
「大志兄ちゃん、俺たち大丈夫だよな?狼牙はどこ行ったんだろう?俺たちここに何しに来たんだ?」
不安を押さえようとしているのか、ずっとぶつぶつ言っている。
支度が終わると侍女に案内され、豪奢な扉の前まで連れてこられた。
「明蘭様、大志様と玄太様をお連れ致しました。」
侍女が戸の外から声をかけると、中から”入って”という女性の声が聞こえた。
玄太は”玄太さま?”とつぶやいている。
戸が開かれ、そこで見た光景を大志は一生忘れないだろう。
明るめの色の木材で造られた広い室内は、大きな窓から入る朝の光でさらに明るく照らされていた。
正面に置かれた部屋と同じ色合いの大きなテーブルの向こうに、その人は座っていた。
黄金の髪に黄金の瞳、この世のものと思えないほど美しいその女性は外からの光を受け、その人自体が光輝いているように見えた。
大志たちが部屋に入ると、彼女は立ち上がり親し気な笑顔で近づいてきた。
「お久しぶり。よく来てくれたわ。急に呼びつけて悪かったわね。」
「お久しぶり??」
玄太の反応を見て、その人はテーブルの横に立っていた狼牙の方を見た。
その時、二人は初めてそこに狼牙がいたことに気付いた。
「狼牙、説明していないの?」
ちょっと責めるような声色に、狼牙は小さくなって答えた。
「言おうと思ったんだけど、なんか、馬車の中でしゃべりにくい感じだったから・・・。」
その返答に彼女はため息をついた。
「私は明蘭。この国の皇太子をしているわ。以前、メイという名前で黒髪の子供の姿で旅をしていて、その時あなた達の家に招待してもらったんだけど、覚えてないかしら?」
「メイなのか?」
玄太が反射的に聞き返した。
彼女はにっこり笑って頷いた。
「そうよ、玄太。久しぶりね。」
「う、うん。ひさしぶり・・・。」
玄太は驚きながらもあっさり事実を受け入れてしまったが、大志はそうはいかない。
「髪の色はともかく、信じられるわけがない。メイに会ったのは3,4か月前の話だ。その時、背の高さも俺の胸くらいだった。」
警戒を解かない大志に明蘭は苦笑した。
「普通はそう思うわよね。あっさり受け入れる玄太が大らかすぎるだけで。でも事実なの。私は龍聖だから成長が遅かったんだけど、年齢は25歳になるわ。あの後色々あって、実年齢くらいまで急に成長することになったんだけど。」
「でも・・・」
大志はまだ納得いかない様子だったが、そこに他の人物の声が割り込んできた。
「殿下。お時間のこともありますし、早く必要事項の確認に移りましょう。」
声につられるように大志がそちらを見ると、そこには30代前半くらいの精悍な顔の男性が立っていた。
「勇進知事?」
大志が驚いて名前を呼んだ。
そこには3年前に代替わりしたばかりの東都州知事・勇進の姿があった。
東都州も他の州と同じく基本的には世襲であるが、生まれた順ではなく一族の中から一番優秀な者を先代が指名するシステムであるため、当代知事も切れ者と評判だった。
就任直後から様々な改革を行い、民衆からの支持も高く、その顔も知れ渡っている。
「そうだ。」
勇進はいかにもという風に頷いた。
「私を知っているのなら話は早い。この方が明蘭皇太子殿下であることは私が保証しよう。殿下はお忙しいし、つまらぬことで時間を浪費するわけにはいかん。お前たちをここへ呼んだわけを今から説明するから、早くそこに座れ。」
せっかちな勇進に苦笑しながら、明蘭も元の椅子に腰かけた。
「私は今、貧困対策に取り組んでいるの。その中でわかったことは、貧困は次の世代でも貧困を呼び連鎖していくこと。貧しい人たちはそこから抜け出せず、貧しさゆえに強盗や詐欺などの犯罪を犯し、厳しい現実から逃れたくて妙な薬に手を出す。それが子の世代にも受け継がれ、さらに悪化していく・・・」
明蘭は真剣な顔で話し出した。
「貧しさから抜け出すには、そういった人たちへの教育が必要だと思ったの。そんな時、あなた達の家を訪れた時のことを思い出したのよ。大志が言っていたでしょう。字が読めて計算ができたら少しましな仕事につけるって。読み書きといった基本的なことはもちろん、工業・商業・芸術などの適性をみて、小さい時から技術を身に付ければ安定した職業につけるようになる可能性があがるわ。」
大志は自分が何気なくメイに言った言葉を思い出していた。あの場にはメイと狼牙と自分しかいなかった。
人間離れしたこの女性は本当にあの小さなメイなんだ・・・。
さすがの大志も信じざるを得ない。
「そこでまず晶岳の改革をすることにしたの。」
「改革?」
「そう。孤児の子供達に教育をほどこし育てるのよ。晶岳の教師を引き受けてくれる先生の数をそろえるのはすぐには難しいから、まずあなたのような文字が読めたり基礎のある子どもを数人しっかり育てて、あなたたちに晶岳の子供達を育ててもらうつもりよ。」
「晶岳の子供を育てる・・・。」
「あなた、昔教師になりたいって言ってたでしょう?玄太もけっこうややこしいお金の計算もできてたから、きっちり教えてもらっていたのがわかったわ。」
「俺が教師に・・・」
予想外の展開に大志は言葉も出なかった。




