第36話 天竜村への里帰り
龍将が皇太子の就任の祝いをしてやると言ってくれたので、皇太子教育が休みの日に天竜村に連れていってもらうことになった。
空間移動術で竜安から天竜村まで飛んでもらった。あの長い旅は何だったんだろうと思うほど一瞬で到着し、竜王の霊力の高さに驚いた。
天竜村に着くと龍将は自分が作ったと得意気に寿峰の墓まで案内してくれた。
天林山脈がよく見える日当たりの良い高台で場所は良かったが、そこに見慣れない変な置物が置いてあった。
「・・・。この狐の置物はなんですか?」
「狐ではない。東方の国の神の使いらしい。見た目が寿峰に似ていると思って、昔私が寿峰に贈ったものだ。寿峰の家で見つけたから墓標代わりに置いてみたんだ。」
「老師様に似てますか・・・?」
明蘭は首をひねった。
墓参りの後村を散策してみたが、住人の居なくなった天竜村は記憶にあるよりずいぶんと寂れていた。
そう何度も来れる場所ではないので、思い出の品を幾つか持ち帰ろうと明蘭は自宅と老師の家の荷物整理をし始めた。
「あやつ、あのような涼し気な顔をしながら整理が下手だな。あんな狐の置物まで捨てないで置いておくから家がゴタゴタするんだ。」
老師様の家は確かによくわからない物も含めて物が多い。
さっき狐じゃないって言ってたのに、自分で狐って言ってる・・・。
それに老師様に似てるっておっしゃってたけど、そうかなあ・・・。
明蘭が物心ついた頃には、寿峰は白い髪と長いひげを蓄えた仙人のような容貌だったのだが、若い頃はあの石像に似ていたのだろうか。
いつ頃のことを言っておられるのだろう?
明蘭がそんなことを考えていた時。
「ああ、これはいつぞや寿峰にやった仮面だ。こんなものまで後生大事に取っておくなんて。本当に片づけのできないやつだな。」
見ると、竜王は木で作られ橙や緑や白の塗料で恐ろし気な顔が描かれた大きい奇妙な面を持っていた。
「その面はなんですか?」
「これは南方の国に行った時、そこの原住民が作っていたもので色が華やかでいいかと思って寿峰に土産であげたんだ。」
「・・・。」
「あ、これは大昔寿峰にやった掛け軸だ。懐かしいなあ。」
龍将は寿峰の家の奥の方を漁りながら、次々と思い出の品を掘り返していく。
老師様の家って、よくわからない怪しい物が沢山あると思っていたけど、ずっと呪術などに使う特別な品だと思っていた。あれらは呪具とかじゃなくて単なる竜王様のお土産だったってわけ?
長い間一緒に過ごした寿峰の秘密を知って、明蘭はとても驚いていた。
「寿峰も几帳面そうで、家のなかを見ると意外とおおざっぱだな。」
龍将の言葉に明蘭が反応した。
「老師様は几帳面だったと思いますよ。これらの品は竜王様からのプレゼントで、思い出がたくさんあってどれも捨てられなかったんでしょう。」
「俺との思い出・・・。」
龍将は明蘭の前で取り繕うのをやめたのか、自分のことを”俺”と言い出した。
「老師様が以前おっしゃってました。龍聖は仲良くなった人がみんな先に亡くなっていくから、いつまでも変わらない竜王様の存在が自分の心のよりどころだったと。」
「寿峰がそのようなことを・・・。」
龍将は感慨深そうにつぶやいた。
「それにしてもすごい量ですね。今日一日じゃとても整理出来そうもないかも。」
「どうして今日一日で片づけないといけないんだ?」
「どうしてと言われましても、遠くてそんなしょっちゅう来れる場所じゃないですし。」
「俺とだったらすぐだったろう?次の休みが取れる日にまた来たらいい。」
「えっ?」
「何を驚くことがある?」
「え、あの泰誠皇子から竜王様はあまり人との交流は好まれず、口数も少なく、ここぞという時しか現れないと伺っていたものですから。お申し出が意外で・・・。」
「別に人との交流が嫌いなわけではない。昔、香蘭に言われたんだ。あんまり竜王として人前に気安く現れるな、ペラペラしゃべるな、と。」
「どういうことですか?」
「俺が普通に口を開いたら、皆の竜王の理想像が壊れるからと言われた。」
意外な事実に明蘭は驚くと同時に、初代皇帝の言葉に妙に納得してしまった。
香蘭皇帝がそう言ったから、それを今も忠実に守っているのかしら?
確かに老師様への贈り物も全て何か風変りで独特だし、個人的に話してみると思っていたより子供っぽい感じだし。
明蘭が思い描いていた孤高の竜王とは違う気がする。
思っていた竜王像とは違うが、今の彼は親しみやすく明蘭は心の中でどんどん親近感を抱くようになっていった。
そうだ。今ならお願いできるかもしれない。
「あの、竜王様。一つお願いがあるのですが・・・」
「なんだ。言ってみろ。龍聖のお前とは長い付き合いになるだろうし、なにより寿峰に頼まれたからな。大事な孫娘を頼むと。遠慮しないで頼ってくれたらいい。」
「老師さまがそんなことを・・・。まごむすめ・・・。」
突然聞いた寿峰の言葉に思わず涙ぐみそうになった。
龍将は明蘭の涙を見て、ぎょっとした顔をした後、慌て出した。
「あ、いや、あの、泣かすつもりはなくて。」
「わかってます。竜王様がご好意で言ってくださったと。ただ、老師様の言葉が嬉しかったんです。」
「そ、そうか。ならいいが。それで願いとはなんだ?」
「私に仙術を教えて欲しいのです。」
先日、泰誠から暗殺の危険があると聞いたときから考えていたことだ。
もちろん人に守ってもらわないといけない時もあるだろうが、自分である程度自分の身を守れるようになっておきたいと思ったのだ。
「仙術?」
「老師様にある程度は教わったのですが、自分の身を自分で守れるようになりたいと思いまして。」
「護身術ということか?」
「まあ、そんな感じでしょうか。」
「いいだろう。皇宮は物騒だしな。ついでにここへ来るための空間移動術も教えてやる。俺がいない時に自分で来たい時もあるだろう。」
思わぬ竜王の申し出に、その日のうちから特訓が始まった。
もともと寿峰に基礎を教わっていたものの、龍将が驚くほどの速度でその教えを吸収していった。
「お前は、真蘭の子孫と竜安に残った弟たちの子孫が交わった初めての龍聖だし血が濃いのかもしれないな。今までの龍聖と何か違う気がする。」
呑み込みの良い明蘭に気を良くした竜王の厳しい特訓は彼女が立てなくなるまで続けられた。
※
「休日にあなたは何やってたんです!休日というのは休みの日って書くんですよ。わかってますか?」
立てなくなるまで特訓され龍将に抱えられ竜安に戻った後、泰誠に怒られたのは言うまでもなかった。




