第35話 皇太子としての自覚②
泰誠の言葉に明蘭は顔色を変えた。
「それは狼牙に毒見をさせるってことですか?あんな小さい子に。結構です。毒見役など必要ありません。」
「彼にはもう話は通してあります。喜んで引き受けてくれましたよ。」
「!」
強張った明蘭を見て、泰誠はさとすように言った。
「優しいあなたは、あの子と自分とで命は平等だと思っているのでしょう。生き物としてはそうでも、社会的には全く違います。あの子供が今死んでもおそらく社会には何の影響も与えませんが、あなたが亡くなると皇宮はもちろん、帝国の歴史が大きく変わります。寿峰老師はあなたを優秀な官吏にするべく教育をほどこされたのでしょうが、さすがに皇帝になるための教育はされてないですよね。」
「そ、それは、まあ・・・。」
「皇帝とはこの国において全ての権力を手にしていると同時に、その責任も負っているのです。時には親しい者を犠牲にしても自分が生き延びないといけない状況も出てきます。」
明蘭もそういったことは頭では理解しているが、気持ちがついていかないのだ。泣きそうな表情になった明蘭を見て泰誠は困ったように苦笑した。
「仁があることは為政者として決して悪いことではありません。いきなりそう言われても納得できないこともあるでしょう。しかし、少しずつ自分のお立場を理解していって欲しいのです。私は幼い頃から帝位に付くべく教育を受けておりますので、そういったことを少しずつお教えしていきたいと思っています。」
明蘭は、その言葉に俯きながら無言で頷いた。
その夜、狼牙の部屋を明蘭は訪れた。桂申も一緒だ。
「狼牙。泰誠皇子から毒見役を頼まれたの?」
明蘭の質問に狼牙は嬉しそうに頷いた。
「うん。メイの役に立てると思って嬉しかったから、すぐにOKしたよ。」
予想外の狼牙の様子に明蘭は言葉をつまらせた。
それを見ていた桂申が話しかけてきた。
「メイ。また、こんな子供にそんなむごい役をやらせてとか思ってるだろ?」
「むごいって、何が?」
桂申の言葉に狼牙が反応した。
「毒見役って下手したら毒で死ぬかもしれないだろう。狼牙はまだ小さいから、メイの代わりに毒で死んだら可哀そうって、メイは思ってんの。」
その言葉に狼牙は、なんだそんなことかという風に笑った。
「メイ。そんなことないよ。僕、メイの代わりに死んでもメイの命を救えたって、きっと誇らしい気持ちになって死ぬと思うよ。」
「ろうが・・・」
釈然としない様子の明蘭に桂申が尋ねてきた。
「メイ、ちょっと話が変わるけど、西都のババアがどうなったか聞いたか?」
「聞いてない。」
「台関の民を虐殺した罪と子供を虐待した罪で捕まって、死ぬまで牢に幽閉されることになったらしい。」
「へえ、そうなんだ。良かった。泰誠皇子が約束を守ってくれたのね。」
「俺一人じゃきっとババアに一矢報いることも出来なかっただろうし、ババアも死ぬまであの好き放題な生活を続けていただろう。それでな、メイのおかげでこんなに早く小鈴の敵を取れて、俺はすっごく感謝してるわけ。」
「う、うん。」
桂申の勢いにつられるように明蘭は頷いた。
「メイが殺されそうになったら、きっと俺は身を挺してでもお前を守ろうとすると思う。万一それで自分が死んでも絶対後悔なんてしない自信がある。むしろ、兄ちゃんいい仕事しただろって、あっちで胸を張って小鈴に会えるとさえ思ってる。」
「けいしん・・・」
「狼牙も同じだ。メイが現れなかったら、首の呪具は外れず、あのまま 死んでただろう。こいつは特に天狼族だから本能的に主人に忠実なんだよ。メイの役に立つことが自分の存在意義を上げ、こいつの幸福につながってるんだ。あんまり気にせず、人からの好意を受け入れたらいいんだ。」
「・・・うん。」
きっと泰誠や桂申の言っていることが正しいのだろう。
改めて、皇太子や皇帝になることの立場の重みが身にのしかかるのを感じ、明蘭はそっとため息をついたのだった。




