第34話 皇太子としての自覚①
陽誠による暗殺未遂事件の後、明蘭の体調が回復してから皇太子教育が始まった。
帝国の地理、歴史、皇宮の体制、周辺国との関係・語学・・・知識的なことは寿峰に教えられていたため、新しく学ぶことは少なかった。貴族の名前や役職、人間関係などは泰誠から少しずつ教えてもらい、主に泰誠について会議に出たりしながら実践的なことを身に付けていった。
決して人見知りな方ではなかったが、なにぶん人口の少ない天竜村出身のため多くの人と交流すること自体が疲れる業務だった。
突然現れた明蘭に初めは警戒する官吏や貴族は多かった。しかし、カリスマ性を備えた容姿や龍聖であること、名宰相と名高かかった前宰相の寿峰に養育されていたことが知れ渡るとおおむね友好的に受け入れられるようになっていった。
そんな中、明蘭がまだ完全に竜珠を継承しているわけではないため、未だに泰誠を皇帝にと推す一派も一部存在していた。その筆頭が、宰相・颯達の息子・博文だ。
博文は颯達と正妻の間の長男で、泰誠の母・雪花の腹違いの兄で泰誠にとっては伯父にあたる人物だ。父の颯達ほどの聡明さはないものの、そこそこ優秀で高位文官として皇宮で働いていた。雪花へのいじめにも積極的には加担していなかったようで、母とも昔から細々とした付き合いがあり、泰誠も幼いころから伯父と甥として一定の交流をもっていた。
しかし、次期皇帝と噂されていた泰誠に対してはいつもにこやかで優しかったが、自分より身分が下だったり気に入らない者に対して高慢に振舞っている姿を皇宮内で目にすることが度々あり、泰誠はこの伯父があまり好きではなかった。
「泰誠、ちょっといいか。」
博文に声をかけられ、泰誠は内心面倒だなと思った。
しかし今回断っても、また空いている時を見計らって声をかけてくるに違いない。
嫌なことは早く片付けるにこしたことはないと思い、しぶしぶ返答した。
「なんです?伯父上」
「お前の執務室で話そう。」
博文は周りをキョロキョロと見まわし人気が無いのを確認してから近くにある泰誠の執務室へと誘導していった。
ろくでもない内容なのは間違いないな。
伯父の様子を見て、泰誠は心の中でため息をついた。
「皇太子のことだ。わかっていると思うが、竜珠が完全に継承されていない今しか殺るチャンスはないぞ。」
部屋に入るなり、博文は真剣な顔でそう告げてきた。
「はっ?」
あまりにも斜め上の内容にさすがの泰誠も目をむいた。
「なぜ、私が皇太子を殺さないといけないんです?」
「なぜって。お前、皇帝になりたがっていただろう?」
小さい頃はそんなことを言ったこともあったかもしれないが、成人してから他人に皇帝になりたいなどと言ったことはない。
「いったい何歳の頃の話をしているんです?」
呆れたように泰誠が言うと、博文は慌てて反論してきた。
「成人してからも自分が皇帝になる可能性が高いと思っていただろう?そのための勉強や仕事をしていたじゃないか。」
「まあ、皇太子殿下が現れる前は確かにそう思っていましたが。しかし実際に竜珠が選んだのは彼女であって私ではなかった。今は、仕方ないと思ってます。」
「お前、何をあっさりと!皇宮のみんなも今上陛下よりもお前が帝位についた方が国が良くなると期待していたんだ。それをポッと出の田舎者にあっさり奪われるなんて。」
そうなったのは竜珠が明蘭を選んだためで、泰誠のせいではない。文句を言われるのは筋違いだ。
「それを決めたのは竜珠です。伯父上は千年の帝国の歴史を否定されるのですか?そもそも一番期待されていた者が選ばれなかったのは今回だけじゃないでしょう?父上の時も、準龍聖だった栄誠伯父上にほぼ確定だとみんなが思っていたと伺ってますし。」
「それは・・・。」
泰誠の反論に博文は少したじろいだ。実際、彼も姉が嫁いだ栄誠皇子が皇帝になると思っていたからだ。
「そうそう伯父上には、私も聞きたいことがあったんです。陽誠に毒を渡したのはあなたですか?」
「あれは陽誠から頼まれたんだ。宝珠を殺すための毒を幾つか見繕ってほしいと。一番高価で貴重なものも渡したのに、仕損じよって。あの時一発できめてくれれば、こんな面倒なことにならなかったのに。全く使えないヤツだった。ただでさえ、存在自体が厄介だったの・・」
博文の言葉に泰誠は全身の血が沸騰するような怒りを感じた。
「血のつながった甥に向かって、何です。その言いざまは!」
泰誠の怒りを感じたのか、博文はそこで言葉を止め黙り込んだ。
「この際はっきり申し上げておきます。私は帝位を望んでいませんので、金輪際その話はしないで下さい。」
泰誠はそう言い残し、自分の執務室を出て行った。
※
「このように私の意志は伯父上にはっきりと伝えましたが、今あなたが亡くなれば竜珠の再選定があるでしょう。諦めきれない伯父上があなたを狙ってくる可能性はまだあると思います。」
泰誠の言葉に明蘭はうんざりした顔になった。
「皇宮は住みにくい所ですね。」
「それは否定しませんが・・・。そこで、あなたの側にあの狼の子供を置こうかと思っています。何の因果か、伯父上お抱えの闇薬師・央斎のところにいたそうなので、彼の扱う毒に対して知識もありそうですし。」
「なっ!」




