「とあるエルフの里にて」
本編が進まないので幕間を投稿です。
ハァー。
大きな溜息を一つ。
フィリアは朝から憂鬱だった。
エルフの里「シュアル」
この里には、すでに家族はいない。
仲間意識の強いエルフ達なので、何くれと無く面倒は見てくれていた。
が、同時に陰口も聞こえてくるようになった。
自分への陰口なら面と向かって否定することができる。
しかし、この場にいないシィンへの陰口は止めることができなかった。
(あいつのせいでアルフォードとビロウズが…。)
(フィリアを天涯孤独にした恩知らず。)
事実としては間違っていないため、余計に否定しづらいものがあった。
おまけに、現在、彼女自身を悩ませている「問題」が存在している。
それが相まって、彼女を溜息製造器に変えていた。
「フィリア、長が呼んでいるよ。」
声をかけてくれたのは隣の家のクリスだった。
年が近く、気の合う彼女は、今のフィリアにとってありがたい存在だった。
「ありがとう、行ってくるわ。」
「なんだか難しい顔してたよ。」
と言って顔をしかめてみせるクリスに、
「たぶん、例のことよ。」
と返すフィリア。
「きっとそうだよね、がんばってね。」
と言うと、ひらひらと手を振ってクリスは行ってしまった。
フィリアはその後ろ姿を見送ると、
ハァー。
と今日、何度目かの大きな溜息。
それから長の家に向かった。
「来たね、フィリア。」
そう出迎えてくれたのは、里の長、ゼフィロス・ミ・シュアル
「お待たせしました、ゼフィロス様。」
「そう畏まる必要はない、といつも言っているはずだが?」
「けじめは必要です。」
「相変わらず堅いね、まあ、そこがフィリアの長所でもあるけど。」
そう言うと、ゼフィロスはフィリアに椅子に座るように促した。
フィリアの父親とゼフィロスは友人だったため、フィリアも小さな頃からこの家には遊びに来ている。
今でも、食事によばれたりする時など、私的に交流する時にはこのような態度をとることもない。
しかし、今は「長」に呼ばれたのだ。
フィリアとしてはそれが当たり前だと思っていた。
フィリアが椅子に座ると、ゼフィロスの家人が飲み物を持ってくる。
さわやかな香りのする香茶をしばし楽しんだ後、ゼフィロスが口を開いた。
「で、例の件なんだけど…。」
「お断りします。」
「いい話だと思うんだけどね。」
「客観的に見ればそうだと思います。」
「でも主観的には嫌なんだ。」
「そうです。」
ここまで話してゼフィロスは同情を含んだ目でフィリアを見る。
「シィンが忘れられないんだね。」
「はい。」
そう、フィリアには現在進行形で縁談が持ち上がっていたのだ。
二つ名持ちの弟子で、筋のいい将来有望な精霊術師。
父親は里のために戦って死んだ英雄。
おまけに器量もよい。
自分の息子の嫁に。
自分の妻に。
そう望むものは多かった。
中でも熱烈に話を進めたがっているのは副長の息子、セヴァンだった。
腕のよい野伏で弓の名手。
精霊術もそこそこ使える。
性格もまじめ。顔も良い。
普通に考えれば超優良物件なのだ。
里の娘の中でもセヴァンに憧れている娘は多い。
ただし、フィリアから見て、ただ一つだけ「欠点」があった。
彼はシィンが大嫌いなのである。憎んでいると言っても良い。
本来、蔑むべきハーフエルフに野伏としても弓の腕前も、精霊術も全てにおいて負けている、そのことが許せないのだ。
もっとも、これは彼に限らず、この里の若者は似たり寄ったりの感情を持っている。
(ちなみに娘たちの方は、シィンの無愛想な態度に反感を持つ者がほとんど。例外はフィリアとクリスぐらいが、内面にあるものを見て好感を持っていた。)
ゼフィロスとしては友人の娘であり、弟子であり、忘れ形見であるフィリアに幸せになってもらいたい。
セヴァンなら、あるいは他の求婚者でも、きっとフィリアを幸せにできるだろう。
そう思っている。
しかし、それはフィリアの気持ちを無視して進めるものではない。
縁談を望む者の気持ち。
自分自身の願い。
フィリアの想い。
その三つの折り合いがうまくつかないのだ。
(困ったものだね。)
そう思い、友人の娘を見つめていた。
結局、話は決着がつかず、お終いとなった。
その後、フィリアはゼフィロス家の夕食にそのまま呼ばれ、夜になって自宅に帰ろうとした。
「フィリア、ちょっと待って。」
声をかけてきたのは、ゼフィロスの妻であるユーライアであった。
彼女もゼフィロス同様、フィリアのことを自分の娘のように思い可愛がってくれている。
「あなた、どうしたいの?」
「わたしは…。」
言いかけてフィリアは言葉が詰まってしまう。
(シィンを追いかけたい。)
(シィンに会いたい。)
そう口にしたい。しかしその望みは無理だ。
自分の力ではシィンの行く所について行けない。
足手まといになり、シィンに迷惑をかける。
そう逡巡するフィリアに、ユーライアが決定的な一言をかける。
「行きなさい。」
「…え。」
「あなたが行きたいところに行きなさい。」
「でも。」
「いい女は男に迷惑をかけても許されるのよ。」
「…。」
「それとも、あなたの想いは諦められる程度のもの?」
違う。
この想いは諦められない。
「行くしかないでしょ。」
「…はい。」
目に決意を宿し、フィリアが去っていく。
見送るユーライアの後ろから
「僕の立場はどうなるんだい?」
と声がかかる。
後ろに自分の主人が立っているのに気づいていたユーライアは振り返りもせず、
「立つ所がなかったら座ったら?」
と返す。
「やれやれ。」
そういうとユーライアの隣にゼフィロスがやってくる。
「あの子も行ってしまう、か。」
「それがあの子の為よ。」
「さみしいね。」
「さみしいわ。」
それきり無言になる二人。
二対の眼差しは、小さくなり、やがて見えなくなってしまうフィリアの背をずっと見つめていた。
次の日、フィリアの姿は「シュアル」から消えた。
その姿が次に見られたのは「風追い人」が「精霊の迷宮」から帰還した、その日のアズルの町、「風の止まり木亭」という冒険者の宿だった。




