↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】婚約破棄されたので、全力でお迎えします!  作者: ましろゆきな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/15

第七章 王宮の凋落

 王宮の執務室に、報告書が山積みになっていた。


 侍従長のイヴァンが、エドヴァルド国王の前に書類を一枚一枚並べながら、努めて平静な声で説明していた。


「まず北方の税収報告ですが、集計に誤りが見つかりまして。精査に通常の三倍の時間がかかっております」


「……三倍」


「ヴォルコフ卿が担当されていた部署で、同じ精度で作業できる者が、現状おりません」


 エドヴァルドは黙って次の書類を見た。


「続いて西方との交易協定の更新ですが、期日を過ぎております。担当者が条件の詰め方を把握しておらず、先方から問い合わせが来ている状態です」


「……把握していない?」


「ヴォルコフ卿が毎年一人で処理されていた案件です。引き継ぎ書類はございましたが、読み解ける者が」


「いない、と」


「はい」


 エドヴァルドが額に手を当てた。


「他には」


「財政の月次報告ですが、数字が合っておりません。どこで誤差が出ているか、現在調査中ですが、原因の特定に時間がかかっております。それから――」


「もういい」


 エドヴァルドが手を上げた。


 執務室に、重い沈黙が落ちた。


 エドヴァルドは机の上の書類の山を見た。一つ一つは、それほど大きな案件ではない。しかし全部が同時に滞っている。


 ルカシュ・ヴォルコフが一人でこなしていた仕事の全体像が、今になって初めて見えた気がした。


(一人で、これを全部)


 しかも誰にも気づかれないように、当たり前のように。


「イヴァン」


「はい」


「ヴォルコフ卿が王宮にいた頃、彼の仕事ぶりを正当に評価していた者は、どれだけいたか」


 イヴァンが、少し間を置いた。


「……正直に申し上げれば、ほとんどおりませんでした。呪われた色を持つ方ということで、近づく者自体が少なく」


「そうか」


「ただ、いなくなってから、気づいた者は多うございます」


「遅い」


「……はい」


 エドヴァルドは立ち上がった。窓の外を見た。


「ミラーナを呼べ」


「……殿下は只今、自室に籠もられておりまして」


「構わない。呼べ」


「かしこまりました」


 しばらくして、ミラーナが執務室に入ってきた。


 父の表情を見て、何かを察したのか、珍しく黙ったままソファに腰を下ろした。


 エドヴァルドは、机の上の書類の山を指差した。


「これが何かわかるか」


「……書類でしょう」


「全部、ヴォルコフ卿が一人で処理していた仕事だ。今、誰も処理できずに滞っている」


 ミラーナが黙った。


「税収の集計が止まっている。交易協定の更新が遅れている。財政の数字が合わない。これが、お前が婚約破棄した結果だ」


「……それは」


「ミラーナ」


 エドヴァルドの声が、静かになった。


 静かなほど、重かった。


「お前に、王女として聞く。ヴェルナ王国の王女として。自分のしたことの重大さが、今、わかるか」


 ミラーナが、初めて目を伏せた。


 返事がなかった。


 返事がないことが、答えだった。


 エドヴァルドは長く息をついた。


「ラズリエフ公爵家への非礼、王として謝罪する。お前も、それを理解しなさい」


「……お父様」


「廃嫡については、追って正式に発表する」


 ミラーナの顔が、青くなった。


「……廃嫡?」


「王弟一家から養子を迎える話を、すでに進めている」


「待って、それは――」


「ミラーナ」


 エドヴァルドが、娘を真っ直ぐに見た。


「お前を愛していないわけではない。だからこそ、これ以上お前の好き勝手に王国を傾けるわけにはいかない」


 ミラーナが、口を開きかけて、閉じた。


 目が、じわりと赤くなった。


「……私は、どうなるの」


「王女としての身分は保つ。ただし、政務への関与は認めない。しばらく、王都を離れなさい」


 沈黙が落ちた。


 ミラーナが立ち上がった。


 何も言わずに、扉へ向かった。


 扉の前で、一度だけ止まった。


「……お父様」


「なんだ」


「ルカシュは、今、幸せにしているの?」


 エドヴァルドは、少し驚いた。


「……さあな。だが、そうであることを願っている」


 ミラーナが、小さく頷いた。


 それだけで、扉を閉めた。



 王女の馬車の中は、静かだった。


 ドラゴミルは向かいの席で、静かに目を閉じていた。


(負けた)


 今日の結果を、冷静に整理していた。


 使者を送って失敗した。取引先への圧力は効かなかった。直接乗り込んで、また失敗した。


(イリナ・ラズリエフ)


 応接室でのあの女の顔が、頭から離れなかった。


 震えていた。ドラゴミルの目には、わかった。膝の上の手が、かすかに震えていた。


 それでも、笑っていた。


 声を荒げず、怒鳴らず、ただ静かに、一歩も引かなかった。


(婚約者を、一方的な感情で傷つけることを、私は許しません)


 あの一言が、まだ耳に残っていた。


 自分がイリナに婚約破棄を告げた日のことを、ドラゴミルは思い出した。


「心に決めた方ができた」


 それだけ言った。理由も、謝罪も、ろくにしなかった。イリナは静かに頷いて、それ以上何も言わなかった。泣きもしなかった。怒鳴りもしなかった。


 その時は、あっさりしたものだと思っていた。


 今になって、違う見方ができた。


 あの女は、怒りを飲み込んでいたのだ。


(割に合わない仕事だ)


 目を閉じた。


 王都が近づいていた。

誤字報告ありがとうございます!

訂正いたしました。

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。