(14)冷徹殿下の腹の内
「この薬草は東国から輸入されたもので、効能は……」
紫色をした細長い葉をエルナに見せながら、ハリーはその珍しい薬草について詳しく解説していく。彼女は耳を傾けながら、その内容をノートに書き留めた。
「キュ!」
机の上に座ったポムが横からノートをのぞき込み、「OK」というようにうなずいた。ポムは字は読めないと思うが、エルナの勉強を補佐しているつもりらしい。
王宮からハリーの薬屋に戻った彼女は、毎日少しずつ、彼から薬草について学んでいる。
もっと薬草について詳しくなれば、違う効能のハーブティーやスパイスも作れるのではないかと、彼女は考えていた。
実はあのハーブティーを買い占めていたのはヒューバートだと聞いて、エルナはあまりの恥ずかしさに頭を抱えた。
己の力だけで自立できると思っていた、自分の世間知らずぶりを思い知らされた気がした。
「いえ、騎士団では皆体調が良くなったと聞いていますし、私は素晴らしいハーブティーだと思っていますよ」
むしろ効果が高すぎて、世間の注目を集めないための策だったと聞いて、彼女は少しばかり自信を取り戻した。
そして、自分の力をもっと人のために役立てたいと思い、ハリーに教えを乞うことにしたのだ。
(ここにいる間に、ハリーさんから少しでも多く吸収しないと)
エルナが熱心に彼の話に耳を傾け、ノートを取っていると、部屋のドアが開いてアメリアが顔を出した。
「エルナさん、ヒューバート殿下がお見えですよ」
その言葉に彼女は瞳を輝かせる。彼に会うのは三日ぶりで、その日王宮で別れて以来だ。
「では、今日はここまでにしましょう」
「ハリーさん、ありがとうございました」
彼女は礼を言うと、ノートとポムを抱いて自室へ向かう。ノートを置いて、鏡の前で髪を整え直すと、彼の待つ居間へとポムと共に向かった。
「ヒューバート様、オリバー様、いらっしゃいませ」
「キュウ!」
居間で待っていた二人にエルナが挨拶をすると、ポムも「よお!」と手をあげる。ちょっと偉そうだ。
「毛玉、おやつをやるから護衛を手伝え!」
「キュ!」
オリバーに抱き上げられて、ポムはドアを開けたままの部屋から出て行った。
「……突然訪問してすまない」
窓辺に立って外を見ていた彼は、振り向いて微笑んだが、その顔には少し影があった。
「なにかありましたか?」
少し不安になって尋ねるエルナに、彼は静かな声で告げた。
「いや、彼らの処分が決まったから、あなたも知りたいだろうと思って」
「わざわざありがとうございます。聞かせていただけますか?」
ヒューバートの不安を払拭するように、彼女は毅然とした態度で答えた。もう、とっくに聞く覚悟はできている。
彼はその力強い返答にうなずくと、彼女を座らせて自分も傍の椅子に腰かけ、アーサー達の処分について決まったことを話した。
「アーサーとジャネット、騎士のケビンの三名は、鉱山で囚人として働かされることになった。ケビンは十五年、アーサー夫婦は二十五年だ」
「そんなに長くですか?」
エルナは驚いたが、この量刑は妥当なものだという。ケビンは伯爵令嬢を誘拐したのだし、アーサー達の犯した罪は、身分の詐称と伯爵家の乗っ取りだ。
これが国王と貴族を愚弄する行為として、王宮では多くの者が厳罰を望んだのだ。
「無事に刑期を終えれば、三人とも自由の身になれる」
「……分かりました」
エルナの肩の力が少しだけ緩んだのを見て、ヒューバートは「やはり全てを明かさなくてよかった」と思った。
強がってはいるが、そこは優しい彼女のこと、あまりに重い刑では気に病むのではないかと、心配だったのだ。
(これ以上、何者にもエルナを傷つけさせはしない!)
彼女の身も心も守り抜くと固く決意しているヒューバートは、心のなかでそう叫んだ。
実際のところ、彼らは死罪になったに等しい。三人が連れていかれるのは、極悪人にも恐れられている離島の鉱山だ。
土地が痩せて食料に乏しく、過酷な肉体労働を長時間強いられる、地獄のような島。
そこに流刑になって、十年以上生き延びた者はいない。いや、正確に言うと、生きて帰って来た者はひとりもいない。
「アガサはどうなったのです?」
「彼女は北の修道院に行くことになった。生涯、王都とブルック伯爵領への立ち入りは禁止されているから、心配いらない」
そう、アガサは北の最果ての修道院に、令嬢としてでなく、雑用をこなす使用人として送られた。そこで平民としての暮らし方を学ばせるのだ。
アーサー達の不正には関与していないが、そのことを知っていたにもかかわらず、両親と共にエルナを虐待していたのは許し難かった。
「鬼より厳しい」と噂の修道院長に、朝から晩までしごかれる日々を送り、自分が姉にしたことの重さを思い知るがいい。
北の大地はほぼ一年中凍てついていて、逃げ出すことは万が一にもできないはずだ。
「北の地は極寒と聞きますが、生活の心配はないのですね?」
「ああ、心配ないよ」
状況は過酷だが、飢えることはないし、ちゃんと屋根のある場所で寝られる。あの娘には、それで十分だ。
本心を微塵も表に出さず、ヒューバートは愛しい人の不安を完全に溶かし去るように、どこまでも優しい、極上の笑顔を浮かべた。
「それで、ブルック伯爵家の今後のことなんだが」
彼はエルナの手を取り、話題を変えた。いつまでも彼らのことを考えて欲しくはなかったし、何より大事なのはこれからのことだ。
「あなたが領地経営を学んで当主として独り立ちできるようになるか……その……結婚して夫を迎えるまで、私が後見人になることに決まった。もちろん、あなたがそれで承知なら、だが」
新緑色の瞳をのぞき込むようにしながら、彼はそう言った。
「まあ!ヒューバート様が後見人になって下さるなら、誰よりも安心ですわ」
彼女は彼の大きな手を握り返した。後見人は誰がなるのだろうと心配していたので、願ってもないことだ。
ただ、「あなたが夫を迎えるまで」という言葉が、一抹の寂しさを胸に呼び覚ます。
ブルック伯爵家を後世に残すには、必ず結婚して婿を迎えなければならない。だが、ヒューバートは王子だ。
(いつか、ヒューバート様ではない誰かと、結婚しなければならないのね……)
彼が臣籍降下を望んでいると知らないエルナは、二人が共に歩む未来はないのだと、残酷に告げられているような気がした。
「そうか、良かった!では、まずはあなたが屋敷で安心して暮らせるように手配するので、もう少しここで待っていてくれ」
「は、はい、よろしくお願いいたします」
ヒューバートの弾んだ声に、ハッと我を取り戻したエルナは、胸を締め付ける切なさを押し隠し、精一杯の笑顔を作った。




