(7)秘伝のスパイス
キッチンの椅子に座り、 エルナは生き物を膝の上に乗せて、タオルで優しく体を拭いてやった。
(う~ん、これって何ていう生き物かしら?)
丁寧に汚れと水分を拭き取りながら考える。
拾った毛玉は、ウサギにもリスにも見える生き物だった。
全体が白いフワフワの毛で覆われていて、ウサギのように長い耳が頭の後ろに垂れている。
しかし、尻尾は長く大きく、リスのようにふさふさしていた。 頬のプクっとした下膨れの顔もリスに近い。
エルナは森での採取中に色々な動物を見かけていたが、こんな生き物は見たことがない。正体はともかく、体にケガがないようなので安心した。
(お芋のところで倒れていたけど、もしかしてお腹が空いてるのかな?)
汚れと水分を充分に拭き取ると、野菜を収穫する時に使うのであろうバスケットの中に、たたんだ毛布を敷いた。そこに毛玉をそっと入れて、上から新しいタオルをかける。
「少し待っててね」
意識のない毛玉にそう声をかけると、かまどに火を入れて水を入れた鍋をかけた。
窓辺で乾燥させている草の中から松の葉を少しとり、バラバラにならないように糸でまとめて鍋に入れる。
乾燥した松の葉からは、良い出汁がとれるのだ。松葉には、血行を良くしたり、病気になりにくい強い体をつくったりする効果がある。
エルナは普段から薬草茶にするために備えていた。
出汁をとるあいだ、エルナは先ほどの畑に戻って、サツマイモと葉っぱを持ってくる。
とりあえず芋は置いておいて、葉をきれいに洗った。薬草と一緒に細かく刻んで鍋に入れる。
最後に塩と、秘伝のスパイスのひとつである「ヒールシャワー」で味をつけた。
母が開発した秘伝のスパイスは三種類ある。どれも味を美味しく整えるだけでなく、健康への効果があるのだ。
ただし、そのことを人に話してはいけないと、母から厳重に言われていた。
いま使った「ヒールシャワー」には、病気や怪我、疲労の回復を早める効果がある。
毎日一定量を使うことで、体を健康に保つ効果が期待できるのだ。ほのかに柑橘が香る爽やか系のスパイスで、特に野菜料理と相性がいい。
二つ目の「ムーンライト」は、心を癒してくれる効果がある。
薬草中心で香りは控えめなので、お茶に入れて飲むこともできる。寝る前のハーブティーに混ぜて飲むと、嫌なことがあった日でもぐっすりと眠れるのだ。
最後は「イグニッション」。これは一時的に体を強化し、身体能力を上げることができる。
ピリッと辛いスパイスで、あまりたくさんは使えない。一度にたくさん使い過ぎると、後で無理をした反動がくる可能性があるので、恐らくわざと辛くしてあるのだろう。
「私が元気でいられるのも、スパイスのお陰ね」
伯爵邸にジャネットたちがやって来てからというもの、エルナの食事は固いパンと冷えた残飯という悲惨な状況だった。
病気をしないで済んだのは、毎日食事にヒールシャワーを振りかけていたからだろう。
それに屋敷では、ジャネットに無理難題を言われることも多かった。
「 業者が薪を持ってきたから、お前ひとりで薪小屋に運んでおきなさい。荷車一台分、全部よ」
そんな命令をされた時には、イグニッションを使って体力を強化した。
母の秘伝のスパイスは、本当に効果があるのだ。皮肉なことに、エルナがそれを心底実感したのは、母が亡くなった後になってしまったが。
「このスパイスは、人のためにこそ使いなさい」
母のその教えがあったので、エルナは自分のためだけでなく、家族のためにもスパイスを使ってきた。暴飲暴食するにもかかわらず、アーサーたち三人が健康でいられるのは、スパイスのおかげなのだ。
「さて、そろそろいいかしら?」
エルナはスープを小皿によそって味見をした。薬草と松葉の爽やかな香りが口の中に広がり、ヒールシャワーの柑橘が良いアクセントになっている。
栄養があるだけでなく、病人にも食べやすい優しいスープだ。
できあがったスープを小さなお椀によそって、エルナは意識のない毛玉に近づいた。
(もしかしたら、食べ物の匂いで目を覚ますかも?)
木のスプーンに少しだけよそうと、 ピンクのハート型の鼻先へそっと近づける。毛玉はしばらく鼻をヒクヒクと動かしていたが、目を閉じたまま小さな口を開けた。
(え?このままあげて大丈夫かな?)
ためらいつつ、スープをほんの少しだけその口に入れてみる。コクリと飲み込む小さな音がした。
大丈夫そうなので、スプーンの中身を全部口に入れてやると、それもすべて飲み干していく。
「あ!」
突然、毛玉の目が開いたので、エルナは声を上げた。




