(6)もふもふを拾う
次の日の朝、エルナはカーテンの隙間から差し込む光で目を覚ました。
ベッドから出て、カーテンを開ける。窓の外には、昨夜の嵐が嘘のような晴天が広がっていた。
窓を開けると、風と共に森が放つ清らかな香りが入り込んでくる。草の葉に残った雨粒が、朝日を受けてキラキラと輝く。
「さあ、頑張らないと」
寝不足ではあったが、日の光を浴びるとなんだか元気が出てくる。
クヨクヨしていても仕方ない。できる限りのことをして、ひとりでも頑張って生活するしかないのだ。
「まずは小屋の点検と掃除からね!」
エルナは最初に、こじんまりとした小屋の天井と床をチェックした。古い小屋なので、どこからか雨漏りがしているのではないかと思ったのだ。
だが意外なことに、天井にはシミひとつなかった。古い小屋ではあるが、定期的に補修がされてきたようだ。
タオルなどの最低限の生活用品は揃っているし、マットレスなどの寝具は高級品でこそないが、新しくて良質だ。
(きっとお母さまが気にかけてくれていたんだわ)
急な事故で亡くなった母だったけれど、このような事態が起こることを予想していたのかもしれない。万が一、自分が先に亡くなれば、父はあのふたりを家に迎えると分かっていたのだろう。
(この森を私に残してくれたのは、そのため?)
母はこの森を自分に託すと同時に、ひとりぼっちになるだろう娘のことも、守ろうとしてくれたのかもしれない。
「お母さま、ありがとうございます」
エルナはそっとつぶやき、顔をあげる。
自分の幸せを願ってくれた母のためにも、しっかりと生きなければならない。
(小屋に何があるか、きちんと確認しておこう)
これまでは秘伝のスパイス作りに利用するだけだったので、どんなものが置いてあるか細かくは知らなかった。しばらく滞在するなら確認しておいたほうがいいだろう。
エルナはキッチンへと足を踏み入れる。
改めて作業台の下の収納を開けて見ると、中にはやかんや鍋、フライパンなどがそろっていた。食器は平民が使う木製だが数と種類に不足はない。
キッチンの小さな棚には、色々なスパイスの入った小さな瓶がいくつも並び、窓際に貼られたロープには森で採取したハーブや薬草が乾燥させるためにぶら下がっている。
これらは秘伝のスパイスの材料になるものだ。
母が亡くなってからも、エルナは森で採取したり、屋敷のキッチンから持ち出したりして補充してきた。
「まあ!」
小さな食器棚の扉を開けてエルナは小さく叫んだ。蜂蜜とオリーブオイルの瓶があったのだ。どちらも未開封なので使えそうだ。壺に入った塩もある。
「これはありがたいわ」
あとは森で食べられそうな野草などを摘んでくれば、何とか飢えずにすみそうだ。季節的にキノコなども採れるだろう。
森に生えるハーブや薬草を採取するため、エルナは小さな頃から母と一緒に森に入っていた。何がどのあたりにあるのかよく知っているので、不安はない。
「じゃあ、次はお掃除ね」
換気のために全ての窓を開けると、床を箒で掃いていく。
使用人同然の扱いを受けていたので、掃除の仕方がちゃんと分かるのはありがたい。むしろ、広い屋敷の中を掃除させられるより楽なぐらいだ。
掃き掃除が終わると、エルナはバケツを持って小屋を出た。
裏手の井戸から水を汲んで、キッチンの水がめへと運ぶ。水がめをいっぱいにしようと何往復もしたので、さすがに疲れた。
(思えば、昨日の夜から何も食べてないのよね)
そう気づいたら、腹の虫までグーグー鳴き出す。
(とにかく食べられる物を探そう)
小屋の裏には番人が住んでいたころの畑があり、その周囲には野菜としても食べることができる薬草が生えている。エルナはそれを少し摘むと、荒れた畑に目をやった。
「あっ、お芋がある!」
放置された畑だと思ったのに、サツマイモのツルが勢いよく伸びている。恐らく、以前に収穫し残した芋が自然に増えたのだろう。
(少しは食べられるお芋ができてるかもしれない)
長く人の手が入っていないので期待はできないが、少しでも食べられる芋があればありがたい。雑草のなかを歩いて、青々としたツルへと近づく。
エルナは母の言葉を思い出した。
「サツマイモの葉っぱと茎は、食べられるのよ」
今のように食料が豊富でなかった昔は、食料として人々の食卓にのぼったのだという。
葉はスープの具やおひたしにしていたようだ。茎はあく抜きが必要だが、油で炒めて食べると美味しいと聞いた。
(薬草と一緒に葉っぱもスープに入れてみよう)
食の知識を授けてくれた母に感謝しつつ、エルナは伸びたツルを両手でしっかりとつかむ。
「よいしょ!」
思い切り引っ張ると、予想外によく育った芋がいくつかついてきた。
「やったわ!……えっ!?」
喜びも束の間、芋のツルのなかに妙なものを見つけて、エルナは驚きの声をあげた。
よく見るために腰を落とし、そっと近づく。それは猫ほどの大きさの、雨と泥で汚れた毛玉だった。恐る恐る手を伸ばして触れると、確かな温もりが指先に伝わってくる。
「大変!!」
エルナは慌てて小屋へ戻るとタオルを持ちだし、小さな毛玉をそれに包んでそっと運んだ。
「しっかりして!」
ぐったりと動かないその生き物は、エルナの腕の中で弱々しくも懸命に鼓動を刻んでいた。




