(8)にゃんころ陛下
翌日、ヒューバートの姿は王宮にあった。父親である国王と会談する約束を取り付けてあるのだ。
場所は、国王がプライベートで使うダイニングルーム。さほど広くはないが、一級の家具職人が作った、十人は座れそうな長いテーブルが置かれ、壁には絵画が飾られている。
約束の時間よりも早めに来た彼は、ある絵画の前に立って、そこに描かれているものをじっくりと眺めていた。
それは部屋のなかで一番大きな絵画で、煌びやかな装飾がついた、金色の額縁に収まっている。
絵の中心に描かれているのは、光り輝く狼のような姿をした「聖獣グラニー」。背景は深い森で、周囲には小鳥やウサギといった小動物の姿もある。
(何度見ても、実物の毛玉と違い過ぎるな!)
彼はチンチクリンの毛玉を思い浮かべて呆れたが、もしかしたら、リリー妃がわざと間違った姿を伝えたのかもしれないと思いなおす。
「国王陛下のおなりでございます」
重厚な扉が音もなく開き、侍従が国王の来訪を告げて頭を下げた。ヒューバートは片膝をつき、騎士としての最敬礼で迎える。
「そのような畏まった挨拶は無用だ、我が息子よ」
その声に顔をあげると、恰幅の良い体格で銀髪の王が、腕に仔猫を抱いて立っていた。白、茶、黒の三色の毛を持つ猫で、この国ではあまり見ない種類だ。
腕の中だけではない。その足元には、三匹の猫が「にゃあにゃあ」とまとわりついている。
彼は猫たちを愛妾のように引き連れながら、侍従が引いた椅子へと威厳に満ちた態度で腰かけた。ヒューバートもテーブルを挟んだ向かい側に座った。
「また、猫を増やしたのですか?正妃様に叱られますよ」
侍従が出て行って二人きりになると、ヒューバートは仔猫に冷ややかな視線を向けながら言った。
「何を言う!?猫がどれほどいようと、十分ということはない!国政を滞りなく進めるためにも、猫を切らしてはいかんのだーー!!」
「はあ、さようですか」
父親の剣幕に、ヒューバートは内心でため息を吐いた。
彼は先進的な考えを持つ慈悲深き王で、善政を敷いて国民からも臣下からも尊敬されている。そんな「堅王」の唯一の欠点が、動物に愛情を注ぎ過ぎることなのだ。
ことに可愛い動物が大好きで、一番のお気に入りは猫。
王宮の奥に「猫御殿」と呼ばれる猫専用の部屋を作って、国内外からたくさんの猫を集め、政務の合間を見つけてはそこに入り浸っている。
いつしか「にゃんころ陛下」という、呆れと敬愛の情が入り混じった呼び名が、臣下や王宮勤めの者たちの間で広まってしまった。
「いいか、ヒューバート。この子はミケと言って、東洋の……」
「陛下!本日は大変重要なご報告があります」
仔猫の背を撫でながら王が解説を始めたので、ヒューバートは慌てて遮った。彼が猫の話を始めたら、それだけで面会時間が終わってしまう。
「……そうだったな、申してみよ」
「たくさんあるのですが、まずは私の体のことから。父上、長くご心配をおかけしましたが、私の味覚障害は治る兆しにあります」
「ま、誠か!?」
王は今にも立ち上がりそうな勢いで、ヒューバートへと身を乗り出した。腕に抱かれたままの仔猫が、「にゃー」と声をあげる。
「はい、もうほとんど問題ありません」
「そうか……それは良かった!」
震える声でそう絞り出すと、サッと後を向いて、目頭を拭うような仕草をした。たとえ実の息子であっても、国王は人に涙を見せてはいけないのだ。
ヒューバートは見ないふりをしながら、やはり心配をかけていたのだなと、申し訳なく思った。
「だが、どうして急に治ったのだ?どこぞで名医でも見つけたのか?」
「ここからが本題なのですが……」
ヒューバートは、エルナとポムについて、今分かっていることを全て話した。
「伝説の乙女の末裔と聖獣だと!?」
当然ながら、王はすぐには信じられない様子だった。
「はい、エルナ嬢が持つ特別な魔力が、私の体を癒してくれたのです。そしてこれが……」
ヒューバートは立ち上がると、長いテーブルの端へ移動する。そこに広げられた大きな布が、こんもりと小山のように膨らんでいた。下に大きな物体が隠されているのがわかる。
「聖獣が作った野菜です!」
彼が目隠しの布を外すと、テーブルの上に巨大なカボチャが姿を現した。オリバーと数人の部下とで、あらかじめ運び込んでおいたのだ。
「おお!これは巨大な!」
王は目を丸くして、そのカボチャを凝視した。足元に寝転がっていた猫たちまでが、起き上がって「にゃ、にゃー!?」と驚いたような鳴き声をあげている。
これは昨日、ポムとエルナを小屋の畑に連れて行き、作ってもらったものだ。ポムの力は強まっているらしく、ほんの数時間で以前よりもさらに巨大なカボチャが出来てしまった。
「これを聖獣が作ったというのか?」
「はい、私の目の前で作ったものです。聖獣の魔力は、とても神聖で美しく、感動しました」
「なんと……!」
王は絶句したあと、小声で「では、あの話は本当に……」と、ひとり言を呟いている。
「父上は、ブルック伯爵家の森が聖獣の棲家だと、知っていたのではありませんか?」
その質問に、王は少し気まずそうな顔になった。
「あ、ああ。これは歴代の国王に引き継がれるのだが、聖獣が住むあの森で、王が自ら供物をささげて儀式を行うのだ」
「それを『狩り』と称していたのですね?」
「うむ、あの森に聖獣がいることは、国家機密に等しい秘密だからな」
先進的な思考を持つ彼は、聖獣が本当に存在するなどと、思ったこともなかった。
さらに、動物好きの彼にしてみれば、狩りなどもってのほか。たとえ聖獣の存在を隠すカモフラージュだとしても、許せなかったのだ。
その優しさが巡り巡って森が荒れる原因となり、ポムが住みにくい森になってしまった。
「先王の言葉を信じず、聖獣には悪いことをしてしまった」
王は肩を落とし、腕のなかの仔猫にすりすりと頬ずりをした。仔猫は「にゃー」と鳴いて、その頬をペロリと舐める。
「おお、ミーちゃん、私をなぐさめてくれるのか!」
息子の冷たい視線を無視して、彼は猫を抱きしめる。こうしたもふもふとの触れ合いが、政務に忙しい彼のストレスを癒してくれるのだ。
「エルナ嬢が聖獣を救ってくれたのだな。だが、そんな尊い血筋の娘を追い出すとは、ブルック伯爵はどういうつもりなのだ?」
「そのことですが、伯爵とその夫人の身辺を調査したところ、許しがたい不正が見つかりました」
理解できないという顔で尋ねる王に、ヒューバートはその詳細を報告した。
「なんだと!?それは王家に対する反逆に等しいではないか!」
ダン!とテーブルに拳を打ち付け、王は怒りをあらわにする。彼は鋭い視線を息子に向けた。
「ヒューバート、証拠はあるのだろうな?」
「もちろんです」
彼は懐から一通の手紙を出し、王に見せた。
「ほかにも、不正に手を貸した者を拘束して、証言を取ってあります」
「よし!この件の始末はすべてお前に任せる。不正にかかわった者どもをすべて断罪し、エルナ嬢の財産と権利を取り戻せ!」
「はっ!」
ヒューバートは畏まって頭を下げた。
国王の許可が降りたらこちらのもの。後は醜いゴミどもをきれいに始末するだけだ。
「……ところでヒューバート、聖獣というのはやはりあのような姿なのか?」
聖獣グラニーの描かれた壁の絵を指しながら、王が聞いた。大の動物好きとしては気になるのだろう。
「はい、あれによく似ています」
ヒューバートも絵の一点を指しながら答える。それは背景に描かれた、森の中の白いウサギだった。
「そうか、聖獣は雄々しくて立派な姿をしているのだな!」
王は満足そうにうなずくと、「しっかりやれよ」と声をかけ、猫たちをぞろぞろと引き連れて部屋を後にした。
その後姿が扉の向こうに消えると、ヒューバートは安堵とともに盛大なため息を吐く。
(私は嘘はついていないぞ、父上が勝手に勘違いしたのだ)
聖獣があのような愛らしい毛玉だと知ったら、「王宮に連れてこい」だの「抱っこさせろ」だのと、大騒ぎするに決まっている。全てが片付くまで、彼は王に真実を明かすつもりはなかった。




