(4)地下牢での尋問
「なんで俺が捕まらなきゃならないんだよ!!」
ケビンと名乗った赤毛の若い男は、縛られたままで吠えるように抗議をした。
今はもう真夜中。
エルナとポムをある所に預けて避難させた後、ヒューバート達はケビンを王宮の地下牢へとぶち込んだ。
その首には、魔力を封じる首輪がつけられている。不安定な魔力であちこちに火を起こすので、危なくてしかたないからだ。
薄暗くかび臭い牢獄では今、冷酷な尋問が始まろうとしていた。
「俺はエルナの夫なんだって言ってるだろう!俺を放して、妻を返せ!」
ヒューバートは「チッ」と小さく舌打ちをして、ケビンをにらみつける。その眼差しひとつで、ケビンは震えあがって黙ってしまった。
「コイツ、このまま沼に沈めてやろうか……」
「ダメだ、沼が汚れる」
地の底から響いてくるような低いつぶやきに、オリバーは腕を組んだ姿勢で答えた。その視線はまっすぐケビンに向けられている。
こんな男が「エルナの夫」を名乗るなど汚らわしいし、許し難い。二人とも、はらわたが煮えくり返る思いでいた。
オリバーは檻の前にしゃがみ込んで、ケビンと目を合わせた。
「だけど、エルナ嬢は貴族だぞ。お前、平民と貴族は結婚できないって、知らないのか?」
「旦那様のお許しはいただいてるんだよ!『手続きはしておくから、今のうちにエルナをしっかり躾けろ』って、言われたんだ」
だから彼は、今は空き家になっている実家にエルナを連れ去り、自分の妻であることを骨の髄まで分からせようとしたのだ。
「なんだと!?」
優越感に満ちた顔で説明した彼に、ヒューバートはカッとなって、剣の柄に手をかける。ケビンの顔に怯えが走り、縄をかけられたままの体で、芋虫のように後ずさった。
「やめろ!コイツは大事な証人なんだぞ」
立ち上がったオリバーは彼の手をつかんで止め、ケビンを振り返った。
「それは本当か?ブルック伯爵はエルナ嬢を除籍して、平民のお前と結婚させるって言ったのか?」
そんなことをする貴族がいるとは考え難いが、あの伯爵ならやりかねないとも思える。
「そうだぜ!伯爵は役人にツテがあるから、三日もあれば手続きは済むって……」
「「なにっ!?」」
ヒューバートとオリバーは顔を見合わせた。それが本当なら、大変なことだ。
手続きが済んでしまったら、エルナは正式にこの男の妻になってしまう。
想像すらしたくない最悪の未来を迎える可能性に、普段は冷静なヒューバートの顔から、みるみる血の気が引いていく。
(すぐにその手続きを止めなければ!)
夜が明けたらすぐに動こうと、青い顔のまま決心する。王族の権威を振りかざしてでも、必ず止めなければならない。
そうした権威の乱用は、先進的な考えを持つ現国王が最も嫌う行為なのだが、それでもかまわない。国王に叱責を受けようとも、王族の権利をはく奪されようとも、エルナを守るのだ。
「だがな……いくらなんでも、三日は早すぎないか?」
「……そう言われれば、そうだな」
首を傾げたオリバーの言葉に、ヒューバートも少し冷静になって考えた。
婚姻届はともかく、貴族を除籍するのは簡単ではない。複雑な手続きが必要で、完了するまでにひと月以上かかることもあるのだ。
賄賂を贈ったりして、早めに進めてもらう事はできるが、それにしても三日は早すぎる。
(ツテがあるという事は、伯爵はこうした不正を何度も行っているのかもしれない)
ヒューバートは遠くを見るように目をすがめた。
(その役人とは、いつからの付き合いなんだろうな?)
彼の脳裏に、ひとつの可能性が浮上する。オリバーの方へ体を寄せ、小声で尋ねた。
「伯爵夫人の調査はどうなってる?」
「あれか。夫人の実家へ問い合わせているところだが、そろそろ返事がくるんじゃないか?」
伯爵の妻、ジャネットは隣国の男爵家の出身だという。近いとはいえ他国の事なので、調査に時間がかかるのは仕方がない。
「オリバー、明日は朝一番に役所へ行くぞ」
「なら、今日はもう寝るか」
背を向けて立ち去ろうとする二人に、ケビンの威勢のいい声が追いすがった。
「おい、帰る前に俺を釈放しろ!妻のエルナを返せ!」
……シュッ!
ヒューバートの抜いた剣が宙を飛び、ケビンの頬をかすめて牢の石壁に深々と刺さった。
「ひぃいい!」
彼は顔を引きつらせてガクガクと震えた。頬についた一文字の傷から、赤い雫がひと筋流れる。
「いいかげんにしろ!!」
ヒューバートの怒鳴り声が、狭い地下牢のなかに響き渡った。
「正式な手続きも済んでないのに、エルナを勝手に妻と呼ぶんじゃない!第一、妻に薬を嗅がせて連れ去る夫がどこにいる!?」
「そ、それは……ひゃあ!!」
言い訳をしようとしたケビンは、また情けない悲鳴をあげた。
突き刺さっていた剣が壁からスルリと抜け、意志を持つ生き物のように宙を動いて、鋭い剣先をケビンの眉間にピタリと突きつけたからだ。
ヒューバートが指一本で風を操り、剣を巧みに動かしているのだ。
「いいか?お前が生きていられるのは、証人としての価値があるからだ。それを忘れるな!」
「ひゃ、ひゃい!」
歯の根も合わないほど震えるケビンがうなずくのを見て、ヒューバートは剣を操って腰へと戻した。
そしてもう、彼には一瞥もくれないまま、踵を返して地下牢を後にした。




