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追放された台所係の不遇令嬢、森で拾った食いしん坊のモフモフにご飯を作っていたら、なぜか冷徹王子に求婚されてしまう  作者: めっちゃ犬
第4章:幸せな日々に忍び寄る悪意

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(19)別離

エルナは目の前に跪く騎士の顔を見た。歳は自分とさほど変わらないだろう、クセのある赤毛に縁どられた顔には、ポツポツとそばかすが浮いていた。


(夫って……この人は確か、平民よね……?)


この国の法律では、貴族と平民は結婚できない。貴族が平民と結婚するには、その身分を捨てて自分も平民にならなければいけないのだ。


(お父さまは、いったいどういうつもりなの?)


たとえエルナがどれほど気に入らないとしても、気位の高い父が、自分の娘を平民に嫁がせるだろうか?


よほどの利益が見込まれない限り、そんなことはあり得ないのだ。


「エルナ、裏の畑のトマトは、たいそう大きくて見事じゃないか?」


「え?」


ニヤニヤとこちらを見ていたアーサーが、いきなり違うことを言い出したので、彼女は余計に混乱した。


「あれはお前の力なんだろう?」


「いえ、お父さま……」


言いかけて口をつぐむ。


ポムの事をこのアーサーに知られるわけには、絶対にいかない。父があれを自分の力だと思っているなら、今はそう思わせておいた方がいい。


「隠すことないんだぞ。なんでも、癒しの魔力があるそうじゃないか?」


(ど、どうして知っているの!?)


父の言葉に、エルナは驚いてよろめく。そんな娘を見て、アーサーはまた愉快そうに笑い声を上げた。


「お嬢様は本当に素晴らしいです!」


跪いたままの騎士が、エルナを称賛するような眼差しで見つめていた。それに気づいた彼女は、ようやく合点がいく。


時々、周囲に何者かの気配を感じていたのではなかったか?足音を聞いたような気がした時もあった。あれは全部、彼だったのだ。


(きっと魔力を使うところを見られていたんだわ)


自分のうかつさを後悔するが、もう遅い。


そして、気づく。アーサーが平民の騎士と自分を結婚させる理由に。


「お父さまは、私を使用人としてお使いになりたいのですね」


父は自分を平民の身分に落とし、本物の使用人として、一生屋敷でこき使うつもりなのだ。特異な魔力を利用して、金儲けしようとも考えているのだろう。


ケビンはそのための道具であり、檻だ。


エルナは父親の姿をあらためてよく見た。自分が屋敷にいた時よりもずいぶん太っていたし、顔色もくすんでいる。


(かなり不摂生していたのね)


彼はエルナを呼び戻して、元のように食事を作らせたいのだ。この先、一生。


「そうだ!よく分かってるじゃないか、ぐははは!」


下品な笑い声を立てる父親を、エルナは妙に落ち着いた気分で眺めた。


(この人は、私にひとかけらの愛情も持っていないんだわ)


子供の頃からずっと、父の態度に疑問を感じていた。今は、その胸のつかえが下りたような心持ちだ。


(こんな父親も、その家族も、私には他人と同じ。いや、他人以下ね)


「お嬢様!俺と一緒にブルック伯爵家に尽くしましょう!!」


アーサーに何を言いくるめられたのだろうか。ケビンはいきなり立ち上がると、キラキラした瞳をエルナに向け、その手を取ろうとした。


エルナはその手を振り払う。


「やめて!私はあなたと結婚しないわ!」


こんな人たちのために、一生奴隷のように働かされるのは嫌だ。


「いけません、あなたは俺の妻になるんです」


だが、振りほどいたその手は、ケビンに簡単に掴まれてしまう。そんな彼を、アーサーは焚きつけた。


「いいぞ、ケビン!私が教えた通り、自分の妻をちゃんと躾けるんだ」


「はい、旦那様!」


「嫌よ!!放して!!!」


エルナは身をよじって、ケビンの腕から逃れようとした。彼は嫌がるエルナの細い腰に強引に手を回し、その身体を抱え込む。


ねっとりと密着する男の体温と、所有欲に満ちた生々しい感触に、エルナの全身が激しい嫌悪でゾッと粟立つ。


「嫌!」


彼から少しでも離れようと、彼女が全身全霊で叫んだ、その瞬間。


「キュー!!」


鳴き声とともに、玩具の剣を手にしたポムが、寝室から飛び出してきた。エルナを拘束している騎士に、勇ましく飛びかかる。


「あっ!?ダメよ、ポム!」


……ダン!


エルナの悲痛な叫びもむなしく、ポムは騎士に蹴り飛ばされ、壁に激突してくにゃりと床に落ちた。


「ポム、ポム!大丈夫!?」


呼びかけるが、床に横たわったポムはピクリとも動かない。


「なんだこれは、汚らわしい!」


床に伏したまま動かないポムを、アーサーはさらに足蹴にした。小さな体は何の抵抗もなく転がって、白い腹を見せて仰向けになる。


「やめて、お願いだから!」


エルナの頬を、大粒の涙が流れ落ちていく。そんな彼女をせせら笑いながら、アーサーは冷酷に言った。


「ぎゃあぎゃあとうるさい娘だ。おい、黙らせろ!」


「はっ!」


エルナの鼻と口が、湿った布で塞がれる。ツンと鼻を刺激する臭いがして、彼女の意識は真っ暗な闇の底に引きずりこまれていった。



「さあ、これをやるから、2、3日屋敷には帰ってくるな。その間に婚姻の手続きは終わらせておく」


アーサーは懐から銅貨の入った巾着を取り出し、エルナを担ぎ上げたケビンに投げた。


「旦那様、ありがとうございます!」


「うむ、しっかりやれよ」


嬉しそうに頭を下げる彼に、アーサーは下卑た笑みを浮かべてうなずいた。


ケビンは小屋を後にすると、獲得した獲物を運ぶように、エルナを馬上に担ぎ上げて去っていった。


その姿を見送ったアーサーは、重い体をゆすりながら自分の馬にまたがる。屋敷に向かってゆっくりと馬を進めるその顔には、満足の笑みが浮かんでいた。


(これであの娘も、大人しく私の言うことを聞くだろう)


これからは病気知らずで好きなものを食べられるだけでなく、金にもなるのだ。あの癒しの力と作物を大きく育てる力があれば、いくらでも金儲けができるではないか。


エルナの力については、調べても結局は分からなかったが、彼はもう気にしていなかった。あの立派なトマトが、エルナの力が本物だと証明してくれているのだ。


(婚姻の手続きを早く進めなければ)


貴族の籍を抜くには、それなりに複雑な手続きがいる。そこに至る経緯の説明や本人への確認などがあって、簡単ではないのだ。


だが、彼には役人にツテがあった。少し金を握らせれば、細かなことには目をつぶって、早急に手続きを進めてくれる。


この手の不正は初めてではないので、要領は分かっているのだ。


(爵位や伝統がなんだ!結局、生き残るのは、私のように賢い人間だ!)


「ぐはははは!」


アーサーの高笑いが森の中に響き渡る。近くの木立から、小鳥たちが驚いたように飛び去っていった。



誰もいなくなった小屋は、ひっそりと静まり返っていた。


開けっ放しの戸口から、晩秋の柔らかな日差しが入り込む。


その床には、砕けて散らばった菓子と、小さな玩具の剣と、動かなくなった小さな白い毛玉が残されていた。

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