(18)襲来
カーテン越しに差し込んでくる朝日に、エルナは目を覚ました。腕の中のポムを起こさないように気をつけながら、そっとベッドを抜けだす。
昨夜は温泉にも行かず、そのままポムと一緒に寝てしまった。ベッドの中でも小さな体を離さないエルナに、ポムは察したように大人しく身を任せてくれたのだ。
(ポムがいてくれて、よかった)
ポムの温もりに触れているだけで気持ちが落ち着き、心が慰められた。
昨夜は急に、色んなことが不安に思えてしまったけれど。こうして朝日を浴びていると、また元気が出てくる。
(今日は森に薬草を採りに行かなくちゃ)
そろそろ補充しておかないと、ハーブティーの材料がなくなってしまう。お昼にはまたヒューバートたちが来るし、早めに出かけて早めに帰ってこよう。
ドンドンドンドン!!
「ひっ!」
突然、小屋全体を揺るがすような暴力的な音が響き渡り、エルナは悲鳴を上げて身をすくめた。ベッドのポムも飛び起きて、何事かと周囲を警戒する。
ドンドンドン!!
再び大きな音が響く。誰かが乱暴にドアをノックしているのだ。
「おい、エルナ!いるんだろう!?ここを開けなさい!」
「お、お父さま!?」
聞こえてきた怒鳴り声に、彼女は全身を凍り付かせた。心臓がドクドクと早鐘を打って、手足が抑えようもなく震える。
(ポムを隠さなきゃ!)
エルナはベッドに駆け寄ると、震える手で小さな体を抱き上げる。ほんの一瞬迷った後、以前もポムを隠したことがある、クローゼットのカゴのなかにポムを入れた。
その間にも、苛ついたアーサーの怒号とノックの音が、エルナを急かしてくる。
「エルナ!早く開けろ!!私を待たせるんじゃない!!」
ドンドンドンドン!!
「は、はい、お父さま!今、参ります!」
顔だけドアに向けてそう叫び返すと、エルナはカゴのなかのポムに、こう言い聞かせた。
「いい?何があっても、絶対に出てきちゃダメよ?もし……もし、私がここから連れていかれても……必ず迎えに来るから、森に隠れていて!」
「きゅ、きゅう?」
不安そうにしているポムに、「シーッ」と人差し指を立てると、エルナはカゴのフタを閉めた。その上にふわりとポンチョを掛け、カゴを隠す。
「おい!?いつまで私を待たせる気だ!?早くしろ!」
「はい、ただいま」
エルナはドアに駆け寄り、一度寝室を振り返って確認した後、意を決してドアを開いた。
「遅い!この、のろまの役立たずが!!」
すぐに、アーサーの怒号が飛んでくる。後には、若い赤毛の騎士が、静かに付き従っていた。
「申し訳ありません」
「ふん!」
頭を下げるエルナを押し退けるようにして、アーサーは小屋の中へと足を踏み入れた。赤毛の騎士が、エルナの逃走を防ぐように、戸口の前に立つ。
アーサーは小さなキッチン兼ダイニングの真ん中に立って、部屋の中をジロジロと見回した。
エルナは心臓の鼓動を鎮めるように胸に手を置いて、強張った顔で父親の動きを見つめる。
「お前、小屋に男を引っ張り込んでるそうじゃないか?」
アーサーはエルナに向き直り、歪んだ口元で問いただした。
「そんな!お父さま、私はそんなことしてません!」
「嘘をつけ!二人組の騎士がここに通っているのを、私はちゃんと知ってるんだぞ!」
彼が威嚇するように手を挙げたので、エルナはビクッと身を縮めた。水魔法で冷水を浴びせられると思ったのだ。
だが、冷水は飛んでこない。
恐る恐る見上げれば、ニヤニヤと笑う父親の顔があった。娘が怯えるのを、面白がっているのだ。
「お父さま、あの方々とは……」
エルナは誤解を解こうとしたが、すぐに言葉に詰まってしまう。
ヒューバートの味覚障害を治すためだとは言えない。自分の魔力のことは、誰にも言ってはならないのだ。
「ほら見ろ、言い訳もできないじゃないか!それに、この菓子はなんだ?どれも王都の高級店のものばかりだぞ」
アーサーは片隅の椅子に積み上げられた、菓子の箱を指した。
「こんなものを買う金がどこにある!?全部男どもに貢がせてるんだろう!」
「あっ!」
彼は一番上の箱を手に取ると、エルナに向かって投げつけた。箱は、反射的に顔を庇ったエルナの腕に当たり、バラバラと菓子をまき散らしながら床に落ちた。
木の床に散らばった色とりどりのキャンディーを、アーサーはせせら笑いながら、靴の底でゆっくりと踏みつぶしていく。
(酷い!ヒューバート様が持ってきてくださったのに!)
大事なものを踏みにじられたような気がして、エルナは腕よりも心が痛んだ。無力な自分が悔しくて、唇を噛む。
「なんだその顔は!?」
ビシャ!!
「ひっ!」
怒号とともに、冷たい水がエルナの全身に浴びせられた。それは、肌が切り刻まれたかと錯覚するほどの、氷のような冷たい水だ。
(さ、寒い)
全身がずぶ濡れのエルナは、身を震わせた。冷水が髪を伝って、ぽたぽたと床に垂れていく。
「ふん!役立たずのうえに身持ちまで悪いとは、救いようがないな!」
アーサーは濡れ鼠のようなエルナを見下ろし、意地の悪い顔でニヤリと笑った。
「だが、安心しろ。それでもお前は私の娘だからな、お前の婿を決めてやったぞ」
そう言って、戸口の前の騎士に、顎で合図をする。彼はうなずいて、アーサーの横に立った。
「このケビンが、今日からお前の夫だ」
「え……?お、とう、さま……?」
父親の言うことが理解できずに、エルナは問い返した。体の芯に、寒さとは違った種類の震えが走る。
「何を驚いている?お前は騎士が好きなんだろう?だからコイツを婿に選んでやったぞ」
蒼白な顔で震える娘に、アーサーは喜色満面で告げた。
「エルナお嬢様!」
そんな父娘の様子を全く気にしていないように、ケビンは一歩前に進み出ると、エルナの前に跪いた。それは訓練された騎士の動作には見えず、まるで子供のごっこ遊びのようだ。
「俺は、あなたを生涯大切にすると誓います!」
「うわははは!良かったな、エルナ!」
アーサーは腹を抱えて笑い出す。
だが、呆然とするエルナの耳には、その愉快そうな笑い声さえ届かなかった。




