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追放された台所係の不遇令嬢、森で拾った食いしん坊のモフモフにご飯を作っていたら、なぜか冷徹王子に求婚されてしまう  作者: めっちゃ犬
第4章:幸せな日々に忍び寄る悪意

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(16)アーサーの黒い欲望

ブルック伯爵家の自室で、アーサーは椅子の背にもたれていた。一見ぼんやりしているようだが、その頭はフル稼働している。


エルナをどう使えば一番自分の得になるか、彼はそれを考えているのである。


(高級娼館に売り飛ばすか、それともここに置いて使用人として使うか)


腹立たしいことに、嫁に出す選択肢はもうない。


(まさか、あれほどふしだらな娘だったとは!)


彼は数日前の出来事を、激しい怒りとともに思い出す。可愛いアガサが、森に行ってきたと報告しにきた日のことだ。



「お姉さまは、その……小屋に男性を引き入れておられまして……それも、お一人ではなく……」


窮屈なドレスに体を無理に詰め込んだアガサは、むちむちの身体を不自然によじりながら、いかにも言いにくそうに告げた。


頬が赤らんでいるのは、はたき過ぎた頬紅のせいなのだが、アーサーはそれを娘の恥じらいと受け取った。


貴族の令嬢が親の目を盗んで男と会うなど、破廉恥極まりない行為だからだ。


「なんだと!?」


驚きのあまり、アーサーは立ち上がった。主を失った皮張りの椅子が、勢いあまって後ろに倒れる。


さらに、その男どもというのが粗野な雰囲気の騎士だと聞いて、怒りで言葉も出なくなる。


(それでは、令嬢としての価値が下がってしまうではないか!)


あの娘の取り柄は、ブルック伯爵家の血を引いていることだけなのだ。そんなふしだらな娘だと知れたら、結婚相手に支度金を吹っ掛けられなくなる。


(もういっそ、売春宿にでも売り飛ばしてしまおうか……)


そんなことを考え始めたアーサーの耳に、アガサの明るい声が響いた。


「ですから、早く家に連れ戻したほうがいいですわ。私、お姉さまの作ったお食事は好きですし」


「うむ……」


彼は顎に手を当て、愛娘の体へと視線を注ぐ。


半袖のドレスの袖からはみ出した贅肉と、丸太のようなウエスト。今にも脇の縫い目が破裂して、脂肪がブリン!と飛び出しそうだ。


そんなことを考えたのも、昨日ジャネットのドレスが破裂したからだ。


「まあ!あの店の縫製は粗悪ですわ!」


本人はそう言っていたが、違う。


アーサーは無意識に、自分のウエストを撫でる。先週サイズ直ししたばかりなのに、もうきつくなっているのだ。


(私たち全員、ブクブクと太りすぎだ)


最近は胃腸の調子も悪く、医者には節制するように言われている。しかし、「これまでも同じ食生活をしていたのだから」と、これまで聞く耳を持たないでいた。


(だが、違う)


アーサーもようやく気付いた。「同じ食生活」ではないのだ。エルナの作ったものを食べていた時には、体の調子が良く、こんなに太ってもいなかった。


(あの娘の作った料理は、何か特別なのか?うかつに動いて後悔しないように、ここは慎重に考えた方がよさそうだ)


アーサーは愛娘へと優しい眼差しを向けた。


「分かった。エルナのことは私の方で考えるから、お前はもうあそこに行ってはいけないよ。危険な動物がいるかもしれないから」


「いやよ、私がお迎えに行きたいですわ!ちゃんと騎士を連れて行くから大丈夫です」


アガサは不満そうに口を尖らせて言ったあと、クスリと笑ってつけ加えた。


「あの赤毛の騎士も、お姉さまにぞっこんみたいなんです。お姉さまは、騎士におモテになるのね」


「なんだと!?」


アーサーは眉を吊り上げる。家の騎士にまで色目を使っていたとは、なんとふしだらな娘だろう。


「お姉さまったら、もうちゃんとした家にはお嫁にいけませんね。どこかの後妻とかじゃないと」


「うむ……まあ、エルナのことはお父さまに任せなさい。それと、森に行ってはいけない。分かったね?」



(はあ、あの時はアガサを説得するのが大変だったな)


一人の部屋で、アーサーはため息をついた。


新しいネックレスを買い与える約束をして、ようやく納得させたのだが、何故あんなにもエルナに執着するのか、彼には理解できなかったのだ。


(気分転換にワインでも飲むか)


アーサーが呼び鈴に手を伸ばした時、部屋にノックの音が響いた。


トントントン!


「入れ!」


執事かジャネットだろうと思った彼は、振り向きもせずに答えた。だが、おずおずと入ってきた人物を見て、片眉を上げる。


それは、エルナに不届きな想いを寄せていると聞いた、赤毛の騎士だったのだ。


「何の用だ」


アーサーは不機嫌さを隠そうともせずに言った。平民のクセにエルナに横恋慕するとは、図々しいにも程がある。


彼はエルナのことを「興味のないガラクタ」くらいにしか思っていないが、それでも自分の所有物として認識している。自分の持ち物を値踏みされたようで、不愉快だった。


「あの、エルナお嬢様について、ご報告したいことが……」


「ふん!娘の周りをウロウロしおって、どういうつもりだ?」


その言葉に、騎士は焦ったように首を横に振る。


「いえ、私はお嬢様が心配なだけで」


「余計なお世話だ!使用人は言われたことだけやっていればいいんだ!!」


怒鳴りつけ、他の使用人を呼ぼうとしたアーサーに、騎士は必死で取りすがる。


「だ、旦那様、エルナお嬢様には、素晴らしいお力があるんです。あの方だけの、特別な魔法が!」


(魔力だと?あの娘に?)


そんなはずはない。アレの母親だって、魔力などなかったのだ。


だが、と彼は考える。


(その魔力のせいで、以前は体の調子が良かったのかもしれん)


「話してみろ」


アーサーは顎をしゃくって、再び椅子の背に体をもたれた。


「実はお嬢様は……」


赤毛の騎士は、堰を切ったように話し出した。


エルナの料理には、食べた者を癒す力があるらしいこと。そして、彼女がハーブティーに向かって祈りを捧げると、その体が息を呑むほどに美しい金色に光ることも。


彼はエルナの素晴らしさをアーサーに理解させ、屋敷でまともな生活を送れるようにしたかったのだ。使用人ではなく、令嬢として暮らせるように。


「それに、小屋裏の畑の作物は、信じられないくらい早く、とても大きく実るのです!」


「馬鹿を言え!そんな話は聞いたことがない」


意気込んで報告する騎士を、アーサーは鼻で笑い飛ばした。


「いえ、本当です!私が見た時は、一抱えもあるような大きなカボチャがゴロゴロしていました。きっとあれも、お嬢様のお力に違いありません」


その報告に、アーサーは眉根を寄せた。とても信じられないが、騎士の顔は真剣で、嘘をついているようには見えない。


(そう言えば、先代伯爵が昔自慢していたな。ブルック伯爵家の娘には、特別な血が流れているとかなんとか)


アーサーはただの家柄自慢だと思って、適当に聞き流していたのだが。


(調べてみる価値があるかもしれん)


この男の言うことが本当なら、あの娘の利用価値は高い。


彼は騎士に向き直る。


「その話、他の誰かにしたか?」


「いえ、旦那様の他には誰も」


「よし、このことは誰にも口外するな。お前は誰にも気づかれぬように、引き続き小屋を見張っていろ」


「はっ!」


今一つ様にならない敬礼をして、赤毛の騎士は部屋を去っていった。


その背中に侮蔑のこもった視線を投げかけながら、アーサーは思った。


(ふん、平民風情が!……だが、あの男の愚かな恋心は、エルナを縛りつける「檻」として使えるかもしれんな)


その厚い唇が、どす黒い欲望に醜く歪んだ。


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