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追放された台所係の不遇令嬢、森で拾った食いしん坊のモフモフにご飯を作っていたら、なぜか冷徹王子に求婚されてしまう  作者: めっちゃ犬
第4章:幸せな日々に忍び寄る悪意

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(13)アルスターの生き字引

王都のとある屋敷に、ヒューバートとオリバーは足を運んでいた。高級住宅街のほぼ中心にあるその屋敷は、絢爛豪華で歴史を感じさせる佇まいだ。


ここはヒューバートの母の実家、アルスター公爵家。彼はここに、祖母を訪ねてきたのである。


「じゃあ、俺はここで待っているから」


護衛としてついてきたオリバーは、そう言って客間のソファに腰を下ろした。


「やれやれ、型破りな王子様の護衛も楽じゃないや」と、出された茶菓子に早々に手をつける。


今日もこっそり出かけようとしたヒューバートを捕まえた彼は、「祖母との茶会には参加しない」という条件を呑んで、なんとかついてきたのだ。


ヒューバートは執事に案内され、ダリアや秋薔薇が彩る庭に佇む小さな東屋へと向かう。


東洋風の三角の屋根の下に足を踏み入れると、豊かな白髪を高く結い上げた貴婦人が、儀礼通りにカーテシーをした。


最上級のシルクで仕立てられたドレスが、その優美な動きに合わせて豪奢な衣擦れの音をたてる。


「ヒューバート殿下、ようこそおいで下さいました」


「やめてください、お婆さま」


ヒューバートがバツの悪そうな顔で言うと、彼女は目元の皺をさらに深くして「ほほほ」と笑った。


祖母のローズはアルスター公爵家に生まれ、入り婿の祖父を支えて公爵家を切り盛りしてきた人物である。歳を重ねても才気煥発なところは変わらず、今では「アルスターの生き字引」と言われている。


「ヒューバート、会いに来てくれて嬉しいわ」


「お婆さまも、お元気そうで何よりです」


彼はガーデンチェアに腰かける祖母に手を貸すと、自分も腰を下ろした。ローズは薔薇の絵が描かれたティーポットを傾け、孫のために手ずからお茶を淹れる。


「あなた、調子が良さそうね。今日は顔色がとてもいいわ」


ここ数年、いつもげっそりとして不機嫌そうにしていた孫息子。しかし、今日の彼は表情に覇気があり、頬のあたりが心なしかふっくらしているように見えた。


「ええ、おかげさまで……」


言いかけてヒューバートは躊躇した。このところ毎日エルナの小屋に通い、その料理を食べているせいか、彼の味覚障害は良くなる兆しを見せている。


(だが、エルナと毛玉のことを話してもいいのだろうか?)


そんな彼の迷いを察したのか、ローズは上目遣いで口を開いた。      


「まあ、ヒューバート!この私に隠し事ができると思っているの?」


悪戯っぽくにらみつけるその瞳は、若々しい好奇心で輝いている。ヒューバートは苦笑いを浮かべると、決心して口を開いた。


「……お婆さま、誰にも言わないと約束してくださいますか?」


「もちろんよ!」


「早くおっしゃい」と急かす祖母に、彼はエルナとポムについて打ち明けた。エルナの力で、自分の味覚障害が治りつつあることも。


「まあ、良かった!」


ローズはハンカチでそっと目頭を押さえた。味を感じられなくなった孫のことを、彼女はずっと心配していたのだ。


「お婆さま……」


ヒューバートはそんな祖母の背にそっと手を置き、しばらくの間さすり続けた。苦しんでいたのは自分だけではなかったのだと、あらためて思い知らされた。


だが、気丈な祖母はすぐに背筋を伸ばして笑顔を見せたので、ヒューバートは話を再開する。


「それでお婆さま、リリー妃は王に嫁ぐ前、アルスター家の養女になったのですよね?」


「そうね、さすがに男爵家から妃を出すのは無理があるから、私のお爺さまが引き受けたと聞いているわ」


ヒューバートはそのことを母から聞いていた。だから、聖なる乙女と聖獣の物語が決しておとぎ話ではないことを、彼は知っていたのだ。


そして、ローズが昔、「子供の頃に、お婆さまから聖なる乙女の話を聞いたことがある」と言っていたことも記憶していた。


形ばかりとはいえ、ローズの祖母はリリーの養母だったのだから、本人と直接会っているはずだ。


(今はどんな些細な手がかりでも欲しい)


彼はずっと調査を重ねてきたけれど、これといった手がかりは得られていない。聖獣のその後も、リリーとブルック伯爵家の関係も、よく分からないままなのだ。


ヒューバートは今日、藁にもすがる思いでローズに会いに来たのである。


「そうは言っても、私も幼かったしねぇ」と前置きをして、ローズはヒューバートに身を寄せた。内緒話をするように、小声で話し始める。


「これは、当時は公にしていなかったそうなんだけど……」


「なんですか?」


ローズが思わぬことを言い出したので、ヒューバートはカップをソーサーに戻した。「さすがはアルスターの生き字引」だと感心しながら、祖母に肩を寄せる。


「リリー妃は王宮の生活が合わなかったようで、ご病気になられたのですって。それで、環境を変えて療養させるために、アルスター家で預かったと聞いてるわ。結局、この屋敷でそのまま亡くなったの」


「本当ですか!?」


ヒューバートはアルスター家の荘厳な建物を見上げる。


この屋敷にそんな歴史が残っていたとは、少しも知らなかった。きっと秘密にされてきたのだろう。


「ええ、お婆さまはリリー妃の話をするたびに、悲しそうな顔をしていたわ。『野生の百合のような、生き生きとした人だったのに、見る影もなくやつれてしまって』とね」


ヒューバートは王宮で見たリリー妃の肖像画を思い出す。美しくはあったが、その瞳に「野生の百合のような」生気はなかった。


「その不遇な目に遭っているご令嬢は、ブルック伯爵家の方なのね?」


チラリと孫の顔に目をやりながら、彼女は先ほどから気になっていたことを聞いた。ヒューバートはエルナへの想いを隠し、努めて平静を装っていたのだが、ローズの目はごまかせない。


貴族社会で長年培った勘が告げていた、「この必死さは、ただ事じゃないわ」と。


「はい、リリー妃とブルック伯爵家との関わりをご存じですか?」


「どうして?」


「彼女と聖なる乙女は、何らかの関わりがあるのではないかと私は思っています。二人は容姿が似ていますし、リリー妃にも同じような力があったのではないでしょうか?」


「そんな話はお婆さまからも聞いたことはないわ、でも……」


何かを思い出そうとするように、ローズは首を傾げた。耳に下がったダイヤのイヤリングが、日の光を受けてキラリと光る。


「確か、リリー妃の実家から、ブルック伯爵家に嫁いだ人がいるはずよ」


「そ、それは誰ですか!?」


ヒューバートは身を乗り出した。それが本当なら、エルナにも聖なる乙女の血が流れている可能性がある。


「うーん、そこまでは覚えてないわねぇ。あなたは王族なんだから、そのくらい調べられるでしょ?」


「それが、あまり記録が残っていないのです」


「まあ、昔の話ですからね」


ローズはしばらく考えたのち、テーブルの上の呼び鈴に手を伸ばした。


「確か、お婆さまの残した日記があるはずよ。筆まめな人だったから、リリーのことも書いてあるんじゃないかしら」


音もなくやって来た老齢の執事に、彼女は命じた。


「ヒューバート殿下を書庫にお連れして。私のお婆さまの日記が残っているはずだから、一緒に探して殿下にお渡ししてちょうだい」


「お婆さま、ありがとうございます!」


ヒューバートは祖母の手を取って口づけを落とすと、執事を急かすようにして書庫へと足を運んだ。


「で、殿下、お召し物が埃まみれになってしまいます」


「埃など、いくらついてもかまわん!」


埃っぽい書庫に足を踏み入れた彼は、棚をひっくり返さんばかりの勢いで、アルスター家の膨大な資料を漁った。その勢いに、白髪頭の執事はオロオロするばかり。


「これだ!」


そしてとうとう、目的の日記を探し出すことに成功した。


「世話になったな!」


服についた埃を払う時間すら惜しみ、十冊以上もの日記が入った袋を携えると、ヒューバートは馬に飛び乗った。


(騎士団に帰って、一刻も早く中身を確認しなくては!)


単身で馬を駆る彼の姿は、秋の花が咲き誇るアプローチを抜けて、あっと言う間に門の外へと見えなくなった。


(遅いなぁ……あいつ、そんなにお婆ちゃんっ子だったっけ?)


同じ頃、アルスター公爵家の客間では、待ちくたびれたオリバーがそんなことを考えていた。


豪華なソファは座り心地が良く、大きな窓から差し込んでくる秋の日差しは、ポカポカと心地良い。


お茶と茶菓子で腹を膨らませた彼は、主に置いて行かれたことも知らず、幸せそうな顔でコクリコクリと船を漕ぎ始めた。

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