(11)アガサの歪んだ笑み
(……くっ!さぞかし惨めな暮らしをしてると思ったのに)
エルナが和気あいあいと楽しそうにしているのを見て、アガサは唇を噛んだ。
今日は若い赤毛の騎士に頼んで、エルナが追いやられた森の小屋へ、惨めな暮らしをあざ笑ってやるために来た。
だが、騎士が「複数の人の気配がする」というので、離れた場所からこっそり覗き見ることにしたのだ。
「お嬢さま、この辺りで」
愛想のかけらもない騎士の指示で、アガサは大きな木の後ろにぽっちゃりした体を隠す。騎士はアガサの大きな背中に冷ややかな一瞥をくれると、少し後方に下がって周囲を警戒した。
幹の陰からそっと顔を出した彼女の目に映ったのは、たくましい騎士たちと楽しそうに食事をするエルナ。
どういう事なのだろう。粗末な服しか与えていないはずなのに、遠目に見ても一流の品だと分かる、品の良い暖かそうなポンチョを身にまとっている。
アガサはパツパツになった自分のドレスを見下ろし、歯噛みした。どんどん太っていくし、肌の調子もよくないのだ。
なのに、姉は屋敷にいる時よりも、格段に美しくなっている。
そのハニーブロンドの髪は、日の光を受けて艶やかに輝いていた。銀髪で背の高い騎士も、そんな彼女に見惚れているようだ。
(あの方……すごく素敵!)
琥珀色の目をすがめて、アガサは騎士を食い入るように見る。
うっとりするような美貌と、引き締まった体。振舞いには気品と威厳があり、爵位もかなり高いに違いないと思わせた。
その姿は、アガサが結婚相手にと思い描いた、完璧な王子さまの姿そのもの。
(どうして!?どうしてお姉さまばっかり!)
アガサは両の拳を握りしめる。その胸には、昨日の散々な見合いの場面が浮かんでいた。
「う、うん……これはその……ずいぶんと甘くて、濃厚だね」
見合いの相手、ボブ・リンゼイは、アガサが持参したケーキを一口食べるとそう言った。
彼はリンゼイ伯爵家の次男で、婿入り先を探している。家格も合うし、年齢も近いということで、アーサーがお膳立てしたのだ。
「あら、お口に合いませんでしたかしら?」
小首を傾げると、ドレスの胸元を飾るピンクのフリルが顎に触れる。サイズ直しが間に合わなくて、仕方なく既製品に身を包んだアガサは、上目遣いで微笑んだ。
「いやいや、そんなことはないよ!とても個性的で斬新だ!」
上目でにらみつけられたと思った彼は、首をブンブン振ってアガサの言葉を否定する。だが、見合いが終わるまで、二度とフォークを手にすることはなかった。
このケーキは、母のジャネットお気に入りの菓子店のものだ。
ただでさえ重い濃厚チーズケーキに、チョコレートでコーティングをするように注文したジャネット。アガサはそこに、これでもかと生クリームを塗りつけ、ドロドロに甘い苺ジャムを一瓶分ぶちまけた。
それを自分の手作りだと言って持参したのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。
(ふん、味音痴が!)
アガサは口元で笑顔を作りながら、ボブの貧相な体格をジロジロと見た。身長は平均的だが、横幅は自分の半分くらいしかない。
容姿も凡庸で、どこにでもいそうな、ごく普通の貴族の青年だ。
領地経営だの、芸術の話だの、会話も全然つまらなくて、アガサはこれっぽっちも興味が持てない。
自分がこれほど我慢して付き合ってやってるのに、この男はアガサの(装飾した)ケーキを褒めることさえ出来ないのだ。
(こんな男、願い下げだわ!)
自分には、もっと見た目が良くて、教養のある男性がふさわしいのだ。あるいは、もっと家格の高い家からの婿が。
外で連れ歩いて自慢ができ、家では惨めな姉を羨ましがらせる男性でなければ、つまらない。
「では、失礼いたします」
予定の時間が終わると、アガサは早々にリンゼイ家を後にした。
(お父さまに言って、さっさとお断りしてもらおう)
そう思ったアガサだが、散々な見合いの口直しに人気のカフェに寄ってから帰ると、もう相手からの断りの知らせが届いていた。
「なによ、馬鹿にして!あんな男、こっちから願い下げよ!!」
怒り狂ったアガサはまたつむじ風を起こし、うんざりした使用人たちの仕事を増やすのである。
「帰るわよ!」
怒った顔で振り向いたアガサに、赤毛の騎士はホッとしてうなずく。あまり長居すると、あちらの騎士たちに気づかれてしまうと心配していたのだ。
彼は、森を歩き慣れないアガサに事務的な態度で手を貸し、離れた場所に繋いである馬へと戻る。
「早く屋敷に戻って!」
手伝ってもらって何とか馬の背によじ登ると、アガサは騎士に命じた。
アガサの体重が馬の負担になることを考えて、騎士は馬には乗らず、手綱を引いて木々の間を歩いた。その足取りには少しの迷いもなく、屋敷への最短距離を進んでいく。
アガサは知っていた。この騎士がずっと以前からエルナに想いを寄せていることを。そして、小屋にひんぱんに様子を見に行っているらしいことも。
(平民のクセに生意気なのよ!)
馬上から、アガサは赤いクセ毛の頭をにらみつけた。
この騎士は平民だが、火の魔法が使えるので、特別に雇われている。火の魔法は日常的に使えて便利な反面、その魔力を持つ者は多くないのだ。
(『お姉さまが小屋に男を二人も引っ張り込んでる』って、お父さまに言いつけてやるわ!)
正確には小屋の中に入れているわけではないが、関係ない。
父はカンカンに怒って、姉を連れ戻すに決まっている。その怒りをさらに焚きつけて、下卑た中年男の後妻にしてやるのだ。
(この男も、さぞかしがっかりするでしょうね)
王子さまのような銀髪の騎士と引き裂かれて、絶望で泣き叫ぶ姉。
そして、大切な人が生贄のごとく嫁がされるのを、指をくわえて見ているしかない平民の騎士。
二人の泣きっ面を想像して、アガサはようやく気分が晴れてきた。




