(6)エルナの魔力の正体
騎士団に戻ると、思いがけない客が待っていた。
「お帰りなさいませ」
執務室に入った二人を出迎えたのは、ハリーだ。
「おう……まあ座れ」
昼に会ったばかりの彼がまた訪ねてきたことに違和感を覚えながら、ヒューバートは応接セットのソファーに身を沈めた。
「殿下、大変お疲れのところ、申し訳ありません」
ハリーが指先でメガネを直しながら言った。「大変」のところに意味ありげな力が込められていたので、二人はギクリとする。
「あ、ああ、今日はアメリアをかなり連れまわしてしまった……すまない」
師匠の顔色を伺いながらヒューバートが謝れば、オリバーも「申し訳ないです」と頭を下げる。
「まあ、帰ってくるなりあれの愚痴とおしゃべりが止まりませんで、少々往生はしましたが」
ハリーは口元を緩めたが、その目は鋭い眼光をたたえたままだ。その迫力に、オリバーは首をすくめる。
だが、続く彼の言葉に、二人とも目を剥いた。
「実は、アメリアが言っていた殿下のお相手に、私も心当たりがございまして」
「「なに!?」」
「ブロンドで緑の目を持つ、とても美しいお嬢さんなのでしょう?なんでも、貴族の令嬢なのに、不遇な境遇でいらっしゃるとか」
ヒューバートは思わず身を乗り出す。
「エルナをどこで知ったのだ!?」
「……その方はエルナさんというのですね?うちではエリーと名乗っていましたが」
名前は違うが、ハリーには確信があった。
ハッとするほど美しくて気品があり、貴族にしか見えないのに粗末な服装をしている。そんな娘が何人もいては堪らない。
それに、あの清らかな魔力を持った娘なら、アメリアが呆れるほどヒューバートを夢中にさせたとしてもうなずける。
「ハリー、どういうことだ?もったいぶらないで教えてくれ!」
「実はそのお嬢さんが、こんなものを持ってきましてね」
持ってきたカバンから、エルナのハーブティーを取り出し、テーブルの上に並べた。
「これは……エルナの魔力がこもっている!」
その一つを手に取って、ヒューバートは驚きの声をあげた。
「うん、エルナちゃんが淹れてくれた茶だ」
オリバーも手に取って匂いを嗅ぐと、請け合った。
ハリーは「やはり」と膝を叩き、ここまでの経緯を説明し始めた。
「……なので、うちに独占して売ってもらえるようにしました」
「そうか、ありがとうハリー!」
ヒューバートはホッと肩の力を抜く。しかし、エルナ本人が自分の力に無自覚なのは、危なっかしい限りだ。
(早いうちに、王宮にでも保護したほうが良いのかもしれない)
あまり気がすすまなかったが、エルナの力が周囲に知れれば、それを利用しようとする輩がたくさん出てくるに違いない。
(しかも、彼女を守るべき父親があれではな……)
考え込むヒューバートに、ハリーは再び鋭い視線を向ける。
「して、殿下はどのように知り合われたので?」
「そ、それは、俺が説明する!」
ヒューバートの顔がパーッと輝いたので、オリバーは横から口を挟んだ。
彼に話の主導権を握らせれば、エルナがいかに愛らしいかを一から十まで語り尽くすに決まっている。そんなことになったら、このまま三人で夜明けを迎えることになるだろう。
「おい!」
「お前だって、エルナちゃんのパイを早く食いたいだろう?」
不服そうなヒューバートにそう言い返すと、不承不承ながら黙った。どうやら、話が長くなってしまう自覚はあるらしい。
オリバーは、彼女との出会いやヒューバートに起こった奇跡について、できるだけ簡潔に話した。
「……ほう!殿下の味覚障害に効いたと」
話を聞き終えたハリーは感嘆した。彼はテーブルの上のハーブティーに、指先をそっと当てる。
「エルナさんの魔力は、植物の力に影響を与えるのかもしれません」
「そうなのか?」
「はい、これらに使われているハーブは、どれも健康に効果があるものです。その効果をさらに高めるのではないでしょうか?」
「なら、食事にもなにか入っているのだろうか?」
「そうですね、恐らくは独自のスパイスやハーブミックスを作っているのでは?」
スパイスにも様々な健康効果がある。彼女の癒しの魔力は、植物と混ざることで最大の効果を発揮するのだろう。
「それは興味深いな」
ヒューバートは腕を組んで考え込んでしまう。そんな彼に、ハリーは思い出したように聞いた。
「そうそう、エルナさんのそばに、魔力を持った獣はいませんか?彼女のリュックから、強い力を感じたのですが」
メガネの奥の瞳は、警戒心をたたえている。悪いものではないとしても、そいつは未知の魔力を持っているのだ。
「「……ぶはっ!」」
二人は同時に吹き出した。ハリーがアレを見たらどんな顔をするのか、想像してしまったのだ。
「ああ、いるぞ!このヒューバートに二度も戦いを挑んだ、すごいヤツがな!」
(ただし、フォークや小枝を振り回すだけの、ちっちゃい毛玉だけどな)
オリバーは心の中でそうつけ足した。
「殿下に戦いを?」
きょとんとするハリーに、オリバーはポムの見た目や様子を話してやる。ハリーは「とても信じられない」というように、目を丸くしていた。
「ふうむ、私もそのような獣には、出会ったことがありませんね」
「ああ、それは明日、王宮に行って調べようと思う」
毛玉はエルナの良き相棒だ。害はなくても、その正体がなんなのか、きちんとつきとめなければならない。
ヒューバートは明日エルナに会いに行く前に、王宮の資料を調べに行こうと考えていた。
「ところで、このハーブティーはどういたしましょうか?」
「騎士団で買い取る!値段は言い値でいいぞ!」
胸を張ったヒューバートを見て、オリバーは額を掻く。「騎士団にも予算があるんだぞ」と、言いかけてやめた。
足りなければ、自分の財布から出すのだろう。エルナの懐を少しでも温めるために。
オリバーはヒューバートに聞こえないように、こっそりとため息をついた。
ハリーを見送ると、二人はそのまま一緒に、エルナの持たせてくれたパイを食べることにした。
……サクッ!
ヒューバートが三角形のパイを一口かじると、心地良い音が響く。サクサクのパイ生地、薄いピンクのサーモン、白いクリームチーズが口内で混ざり合った。
「ん……!美味い!!」
下処理がいいのだろう、サーモンは臭みが一切ない。その脂とクリームチーズの酸味が、お互いの旨みを引き立てあっている。
後味には、ほのかなハーブの香りが残った。
「おい、このミートパイも絶品だぜ!」
オリバーは夢中で四角いパイにかぶりつき、ガツガツと平らげてしまう。
「もっと味わって食べろよ」
そんなオリバーを横目でにらみながら、ヒューバートも四角いパイに手を伸ばした。
サクリと噛むと、ひき肉たっぷりの具材があふれ出した。トマトベースのソースには、数種類のスパイスが使われているらしく、後味にピリリとした辛みが残る。
冷めても美味しく食べられるように、赤身のひき肉を使っているらしい。肉肉しく食べごたえがありながら、夜に食べてもしつこくないように工夫されていた。
(さすがエルナだな)
ヒューバートは感心した。特異なあの魔力を別にしても、彼女は料理上手だ。
何を食べても美味しいし、健康のことも考えて作っているように思えた。
(それに、とても愛らしい)
耳まで真っ赤に染めていた姿を思い出して、ヒューバートは目を細めた。白く柔らかな肌の感触が、まだ指先と唇に残っている。
動揺しながらも、真っ直ぐに見つめ返してきた新緑の瞳。
あの清らかな瞳に映る男は、この先もずっと自分だけでありたい。
己の内から湧き上がってきた、底知れない独占欲に驚きつつも、彼はエルナへの想いをもう止められそうになかった。




