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追放された台所係の不遇令嬢、森で拾った食いしん坊のモフモフにご飯を作っていたら、なぜか冷徹王子に求婚されてしまう  作者: めっちゃ犬
第4章:幸せな日々に忍び寄る悪意

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(5)ただひたすらに甘い

夕日が照らす森に、とろとろと甘い空気が漂っている。その甘いことと言ったら、まるでチョコレートクリームを溶かしこんだよう。


その甘さに耐えかねて、オリバーは口を開いた。


「あー、いいところを邪魔して悪いが、そろそろ帰らないと日が暮れてしまうぞ」


振り返ったヒューバートが氷のような目でにらんでくるが、オリバーも負けずに肩を怒らせる。


馬は夜でも走れるが、できれば明るいうちに帰りたい。それでなくとも、今日はヒューバートのせいでクタクタなのだ。


主に精神的に。


「そ、そうですよね。私、マントを持ってきます!」


エルナはポムを抱えたまま小屋へと駆け込み、ヒューバートのマントとサンニーの包みを二つ持ってきた。


「これ、ありがとうございました……とても暖かかったです」


「そうか!役に立ててよかった」


恥じらうように微笑んだエルナは、ヒューバートにマントを差し出した。


だが、彼はそれを受け取らずに背中を向けてしまう。催促するように首を回して、エルナに笑いかけた。


後方では、オリバーが天をあおぐ。そして、これ以上見せつけられるのは耐えられないというように、クルリと後ろを向いてしまった。


(……あ!)


貴族の場合、普通は従僕などが上着を着るのを手伝うものだ。


エルナはサンニーの包みとポムを近くの切り株に置いた。気の利かない自分を恥ずかしく思いながら、マントを広げて、彼に一歩近づく。


たくましい背中に心臓はドキドキと高鳴り、緊張で手が震えた。


(エルナ、しっかりしなさい!)


エルナが背伸びをすると、ヒューバートが気づいて腰をかがめてくれる。間近に迫った体温とコロンの香りに眩暈を覚えつつ、広くたくましいその肩にマントを羽織らせた。


「ありがとう!」


ホッと息をつくエルナに笑いかけ、ヒューバートは自分で前を整える。その手が、ふと止まった。


「ボタンをつけなおしてくれたのか?」


確か、胸に並んだ飾りボタンの一つが、取れかかっていたはずだ。着用するのに問題はないから、放っておいたのだが。


「はい、失くしてしまうといけないと思ったので」


よく見ればあちらこちらに付いていた砂や埃も、綺麗になっている。エルナがブラシをかけてくれたのだろう。


「手入れをしてくれたのだな、ありがとう!」


その丁寧な仕事ぶりに感激して、ヒューバートは礼を言った。


「いえ、お借りしたのですもの、当然です」


謙遜するエルナを前に、ヒューバートの瞳が再び熱を帯び始めた。


その胸には、一生懸命にブラシをかけたり、マントを膝にのせて針を動かしているエルナの姿が浮かんでいる。想像のなかの彼女は、聖女のように清らかで美しい。


「あの、せっかくなのでお弁当を作ったのですが」


再び甘々な空気が漂い始めたので、エルナは慌ててサンニーに包んだ弁当を二つ差し出した。こう毎回ドキドキさせられては、心臓がもたない。


切り株に座っていたポムが、不服そうに「キュウ」と鳴く。もしかしたら、自分が食べるつもりでいたのかもしれない。


「それは嬉しいな!中身はなんだ?」


「弁当」と聞いて、ヒューバートの笑顔が輝いた。修行僧のような表情で空を見ていたオリバーも、「おっ!」という顔で振り向く。


「パイを作ってみました。四角いのがミートパイで、三角のはサーモンとクリームチーズ入りです」


「美味そうだな!」


嬉々として包みを受け取るヒューバートの笑顔が眩しすぎて、エルナはドギマギと視線を泳がせた。自分を落ち着かせるために、話し続ける。


「オーブンがないのでフライパンで焼いたのですが、味は大丈夫だと思いま……!」


突然、ヒューバートが屈みこんだかと思うと、彼女の手をとって口づけを落とした。


自分の指先をしっかりと捉えた大きな手。ほんの一瞬触れた、熱く柔らかな唇。


その感触に、エルナは全身が硬直してしまった。


(え?ええ?)


息をするのも忘れて、エルナは立ち尽くす。心臓が激しく鼓動をきざみ、そこから流れ出た熱い血が、全身を駆け巡った。


「嬉しいよ、ありがとう」


呆然と見上げれば、艶めいた光を放つ瞳がこちらを見つめていた。まるで、そこに映るエルナの姿を、永遠に閉じ込めてしまいたいと思っているように。


その貪欲な情熱に、エルナは圧倒される。


「……息をしたほうがいいぞ」


ヒューバートの瞳が、フッと細められた。


エルナは自分が息を止めていたことに気づいて、「はあ」と肩で大きく息をつく。それでもまだ、心臓の忙しげな鼓動は止まらない。


「明日は昼過ぎに来よう。昼食には少し遅いかもしれないが、待っていてくれるか?」


「は、はい!お待ちしています、アルスター様」


明日は一緒に食事をしたいという意味なのだろう。そう捉えて、エルナはうなずく。


だが、ヒューバートは少し困ったような顔になった。


「私のことは、ヒューバートと呼んでくれ」


そして手を伸ばし、エルナの真っ赤な頬を、人差し指でちょんとつついた。


(ひゃあ!)


彼女はぴくんと震える。からかわれたのだと思って、その顔はますます赤く染まった。


落ち着いて考えれば、騎士が淑女の手を取るのは、挨拶や敬意を表す儀礼的なものなのだ。そんなものに、呼吸を忘れるほど動揺する淑女はいない。


「キュウウ!!」


エルナの反応をどう思ったのか、ポムが抗議のような声をあげた。拾った小枝をヒューバートに向け、「退治してやる!」とばかりに突き付けている。


「ポム、ダメよ!」


「勇ましいな!」


ヒューバートは笑ってポムを抱き上げると、「高い高い」をするように持ち上げた。


ポムはキュウキュウ言いながら枝を振り回すが、その攻撃は彼に何のダメージも与えられなかった。


「戦いはまた明日にしよう!今日はもう、残念だが……帰らないとならない」


その辺の石ころを蹴り始めたオリバーにチラと目をやると、ヒューバートはエルナにポムを返した。


「では、また明日」


「はい」


「エルナちゃん、またな!」


半ばオリバーに引きずられるようにしてエルナから離れ、ヒューバートはようやく馬にまたがった。


昨日と同じように、見送るエルナを何度も振り返りながら、薄暗くなり始めた道を王都へと帰っていった。


「ええい、もう!首が後ろ向きになる呪いをかけてやる!」


後ばかり気にする相棒に、オリバーは悪態をついた。


だが、愛しい姿を目に焼き付けようとする彼の耳には、そんな呪いの言葉は届かない。



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