(4)頼むから、受け取ってくれ!
日が傾き始めたころになって、ようやく二人の騎士はエルナのいる小屋へとやってきた。
ポムと一緒に焚き火を囲んでいたエルナは、道の先に馬に乗った二人が現れると、立ち上がって手を振る。ヒューバートはすぐに気づいて手を振り返してくれた。
「いらっしゃいませ、アルスター様、ゴードン様」
「きゅぅう」
近くの木に馬をつないでいる二人に挨拶すると、ポムはエルナのワンピースの裾にすがる。
(あら、怖がっているのかしら?)
昨日の事があったので、エルナは腰をかがめてポムを抱き上げる。万が一にも、ヒューバートをまた攻撃しないように、しっかりと胸に抱きしめた。
胸にすり寄ってくるもふもふの温もりを感じつつ待っていると、ヒューバートが焚き火の側へといそいそとやって来た。手には大きな手提げ袋を下げている。
「遅くなってすまない……今日は小さいのもいるのか」
「はい、一緒にお待ちしてました」
だが、ポムはヒューバートの視線を避けるように、プイと顔をそむけてしまう。ポムはヒューバートをあまり好いていないようだ。
「やあ、こんにちは」
オリバーも後からやってきて挨拶をしたが、こちらは何やら疲れた顔をしている。
「今日は君に渡したいものがあるんだ」
そんな相棒の様子にかまわず、ヒューバートは手に持った紙袋を掲げた。アメリアが高級店の袋から入れ替えてくれた、飾り気のない紙袋だ。
彼はその中から、こげ茶色の布を取り出して、エルナの前に広げる。
「まあ!」
エルナは驚きの声をあげた。
それは女性用の、フード付きのポンチョ型コートだった。手を通さなくても羽織ることができるので、買い物に行くときなどに、平民がよく着ているものだ。
「実は、その……町でたまたま、安く売っているのを見かけてね」
(……安く?)
歯切れの悪いヒューバートの言葉に、エルナは首を傾げた。
彼女も貴族だから、物の良し悪しはある程度分かっている。彼が今手にしているポンチョは、上質なカシミヤのような艶があった。
裾には白い刺繍糸で雪の結晶が描かれていたが、それは熟練の職人が刺したような、見事な出来栄えである。
どう見ても、その辺で安く売っているシロモノではない。
「これをその……君が食事を作ってくれるお礼にだな……良かったらその、着てくれないかと思って」
「ええっ?」
エルナは驚いて、首を横に振る。
「そんな、こんな高価なものいただけません!」
彼にこんなことをしてもらう理由はない。手間賃なら材料費と一緒にもらっているのだ。
「高価ではない!ぜんっぜん、高価じゃないんだ!だから気にしないでくれ」
「いえ、いただけません!」
二人の押し問答が続く。
すると、そのやり取りをうつろな目で見ていたオリバーが、ずいっと前に進み出た。ヒューバートの手からポンチョをもぎ取り、エルナの胸に押しつける。
「エルナちゃん、頼むからもらってやってくれ!君がもらってくれないと、我々の今日という日が無駄になるんだ!!」
懇願するように叫んだオリバーの胸には、このポンチョに決まるまでの買い物の苦労が、走馬灯のように浮かんでいた。
彼の言った「我々」というのは、もちろん自分とアメリアのことだ。
三人はあれから、ヒューバートの言うところの「エルナにふさわしい服」を探して、店を八軒もハシゴしたのだ。
ヒューバートは、「生地の質が悪い」だの、「デザインが悪い」だの、「エルナの魅力に到底及ばない」だの言って、なかなか首を縦に振らなかったのである。
気に入ったものが見つかったら見つかったで、「これではエルナが可愛く見えすぎてしまう」と頭を抱える始末。
何やら色々想像して、他の男に見初められやしないかと、心配になったらしい。
最初のうちは面白がっていたアメリアも、中盤からは笑顔が消える。洋品店の椅子で休みながら、「ハリーの若い頃より面倒くさいわね……」と遠い目をしていた。
時間が迫る中、二人がかりで説得して、ようやくこのポンチョを贈ることに決めたのだ。ちなみに、最初の店に置いてあった品である。
軽くて暖かくて実用的で、エルナの瞳と髪によく合う色で、上品だが目立ちすぎない。
このポンチョは、アメリアとオリバーの努力の結晶だ。ここでエルナに突き返されたら、またアレを一からやり直すことになりかねない。
「えっ、ええ?」
何やら必死の形相のオリバーに、エルナは戸惑う。
訳が分からぬままに、事態が硬直したその時。
「キュウ!」
エルナの腕に抱かれたポムが、片手をあげて鳴いた。まるで、王様が臣下に、「くるしゅうない」と言っているように。
さらにエルナを見上げると、「きゅうきゅう」と説得を始める。エルナには「暖かそうで丁度いいから、もらっておいてやれ」と言っているように聞こえた。
たぶん、そんなに間違ってはいないだろう。
(まあ、ポムったら……)
エルナは呆れたが、ポムの言葉はヒューバートにもなんとなく伝わったらしい。
「ほら、君の可愛い毛玉も、もらっておけと言っている」
彼はオリバーの手からポンチョを取り返すと、フワリとエルナの肩にかけた。腕の中のポムごと、優しい温もりに包まれる。
「あ、あったかい!」
「きゅう!」
羽のように軽く、全く重さを感じさせないのに、極上の毛布に包まれたかのように暖かい。これなら、森に採取に出かける時にも動きやすくてよさそうだ。
「本当に、いただいてよろしいのですか?」
遠慮がちに見上げれば、優しく細められたアイスブルーの瞳と目が合う。エルナの顔はとたんに火がついたように熱くなった。鼓動が耳元で、うるさいくらいに脈打つ。
(やだ、今の私、きっと耳まで真っ赤だわ)
みっともない顔をしているに違いない。だが、ヒューバートの視線の磁力に吸い寄せられたように、エルナは瞳を逸らすことができなかった。
「もちろんだ。私が君に贈りたくて、選んだのだからな」
ヒューバートはエルナの首元に手を伸ばして、ポンチョのフードを整えた。艶めくブロンドのひと房に、長い指の先がそっと触れる。
「……よく似合っている」
うっとりと見つめられて、エルナの心臓は今にも爆発しそうだ。
「あ、あっ、ありがとうございます!」
ようやくそれだけを言うと、真っ赤になった耳を隠すようにうつむく。
そんな彼女に、ヒューバートは愛おしげな視線を送り続けた。




