(3)それぞれの秋の午後
二人の騎士を連れて自宅を出たアメリアは、通りで辻馬車を拾った。御者に行先を告げて、オリバーと並んで腰かけると、向かいに座るヒューバートへ視線を向ける。
「で、そのお嬢さんというのは、どんな方なのですか?」
ヒューバートは顎に手を当て、「ううむ」と唸って考え込んだ。だが、ひとたび口を開けば、エルナへの賞賛が抑えようもなく流れ出す。
「……とても素晴らしい女性だ!非常に愛らしいが、芯がしっかりとしていて、立ち居振る舞いに気品がある。料理上手で優しくて、花が咲いたように笑うのだ。それにだな……」
無口なはずの男が饒舌に語るのを、アメリアはぽかんと口を開けて聞いていた。その横では、オリバーが下を向いて肩を揺らしている。
「素晴らしいご令嬢のようですね、アルスター様」
アメリアはにっこりと微笑んだ。それは貴族が社交の場で使うような、完璧な淑女の微笑みだ。
その笑みを崩さないまま、彼女は続ける。
「ですが、これから服を選びに行くのですから、まずは年齢ですとか体型、髪や目の色などを教えてくださいませ」
オリバーは「ごふっ!」というような妙な声を出して、床にめり込むほど頭を垂れた。アメリアの手前、馬鹿笑いを抑えているらしい。
「あ!ああ、そうか」
勘違いに気づいたヒューバートがうっすらと頬を染める。その初々しい表情に、アメリアは目を見開いた。
(まあ!殿下は今、初恋の真っ最中なのね!)
ヒューバートを想う祖母の心と、恋に好奇心いっぱいの乙女の心。アメリアの中で、二つの炎が一気に燃え上がる。
(帰ったらハリーに詳しく話してあげなくちゃ!)
彼女は心の中で腕まくりをした。
馬車が店に着くまで、ヒューバートはアメリアの質問攻めにあうのである。
同じころ、エルナは森の小屋にようやく帰り着いた。
「はぁ、今日は荷物が多くてさすがに疲れたわ」
買い足した食料品だけでなく、女将から預かった瓶もあったので、エルナは両手に大荷物を抱えて歩くことになった。
「これくらい、エリーさんなら大丈夫でしょう!」
女将がそう言って、半ば無理やりエルナに瓶を背負わせたのだ。ワクワクと輝いた目を向けてきて、エルナのことを相当な力持ちだと思っているように見えた。
「イグニッションの力がなかったら、とてもじゃないけど運べなかったわね」
「キュ、キュウ」
リュックから出てきたポムも、「お疲れ様」というように鳴く。
「さあ、お昼ご飯にしようか!」
「キュウ!」
今日はパン屋で大きくて丸いパンを買ってきたので、ハムやチーズを挟んでサンドイッチにするつもりだ。エルナはトマトを収穫しに、ポムと裏の畑に行った。
そこには相変わらず、大きく育った艶々のトマトがなっている。
(でも、これからオイル漬けをたくさん作るから、もっと育てないと)
エルナは畑にしゃがみ込むと、真っ赤に熟れたトマトを手に取った。
(ポムの力があれば、何もない荒れ地から、作物を生やすことも出来るんじゃないかな?)
ふと、思いついて、隣で見ているポムに話しかける。
「ねぇ、ポム」
「キュウ?」
「種を植えないでも、野菜を生やすことはできる?」
「キュ、キュゥウウ!」
ポムはふっくらした頬をさらに膨らませて、ぶんぶんと首を横に振った。「なに言ってるの?出来るわけないよ!」という感じだ。
「人間が種を植えたり、キノコみたいに元々そこに生える条件がないとダメってこと?」
「キュウ!」
「なるほど」
どうやらポムの力は、人間が植えた作物や自然の植物に影響を与えるものらしい。ゼロから作り出すことは出来ないのだ。
きっと温泉や泉も、元々地中深くに眠っているのを知っていて、掘りだすのだろう。
(ちょっと残念だけど、欲ばっちゃダメだよね)
ずっしりと重いトマトを二つ収穫すると、エルナは立ち上がった。
「じゃああとで、残ってるトマトの種を植えるね」
「キュ!」
「任せとけ」と胸を叩くポム。
一人と一匹は小屋へと戻り、エルナはサンドイッチを作る準備をする。
魔法のナイフを取り出して、まずは大きな丸パン、トマト、ハムとスライスしていく。
魔法のナイフだと、完熟のトマトも綺麗に薄く切れるのでありがたい。しかも、砥ぐといった手入れもいらないのだ。
(魔法って、使う人次第で良いものにも悪いものにもなるのね)
昨日の、ヒューバートとオリバーの姿を思い出す。洗練されていて、美しい魔法だった。その根底には、自分の力を人のために役立てたいという、真摯な願いがあるはずだ。
(アガサは癇癪を起こしてないかしら?)
あの子は気に入らないことがあると、気まぐれに風を起こして屋敷のなかを散らかし、使用人たちに迷惑をかける。
ただ、感情を発散させるだけの、不格好で拙い魔法だ。
(でも……そんな私だって、何ができるっていうの?)
母の遺してくれたスパイスを使って、食べてくれる人の健康状態を少し良くするだけだ。
(もっと、具体的な症状に効くハーブティーは作れないかな?)
例えば、お腹を壊した時とか、咳が止まらない時に飲んで効くもの。
貴族はともかく、平民はなかなか医者にかかれないので、民間療法に頼りがちだ。そういう時に飲めるハーブティーがあれば、喜ぶ人がたくさんいる。
自分だって、自立して生活できる道が開けるかもしれない。
エルナはブルック伯爵家の娘であることに誇りを持っていた。だが、自分の身を守るためには、あの家から逃げ出す選択肢も用意しておかなければ。
今はこうして放っておいてもらえるが、父の気が変われば、命令ひとつで他家に嫁に行かされるのだ。
(夫になる方が、良い人ならいいけれど……)
エルナの胸に、アイスブルーの瞳が浮かんだ。
その中に浮かんでいた、たぎるような情熱の光。エルナは頬が熱くなると同時に、なぜか悲しみに胸がふさぐのを感じた。




