(2)まったく王子さまってやつは!
同じ日の午後、ヒューバートは昼食もそこそこに、騎士団の厩舎へと急いでいた。もっと早く出かけるつもりだったのに、騎士団の午前中の打ち合わせが長引いてしまったのだ。
「おい、どこへ行くんだ?」
その後を追いかけながら、オリバーが声をかけた。まあ、服を調達しに行くのは分かっていたが、どの店で何を買うつもりなのか、それが問題なのだ。
「どこって……」
厩舎の前で振り返ったヒューバートは、王室御用達の高級洋品店の名を挙げる。
(やっぱりな!)
それを聞いて、オリバーはゆるゆると首を横に振った。
「馬鹿だなあ、そんな高級店の服なんて、あの子に着せられるわけないだろう」
「なんだと?」
ヒューバートはムッとした様子で、オリバーのもとへ戻ってくる。
「私は最高のものを贈りたいんだ。彼女には上質な素材で作った、最高級の服こそふさわしい!」
「聞け、ヒューバート」
オリバーは彼の肩を抱くと、説得し始める。
「エルナちゃんが普通の伯爵令嬢なら、それでもいいだろう。ドレスでも毛皮でも宝石でも、ジャンジャン贈ってやれ」
「宝石」という言葉にヒューバートが目を輝かせ始めたので、オリバーは慌てて言葉をつないだ。まったく、恋愛慣れしない男は始末に悪い。
「だがな、彼女は今、あんな小屋で平民同然の暮らしをしているんだぞ」
「それがなんだ?貴族の身分に変わりはあるまい!」
ひどく気分を損ねた顔で、ヒューバートは言い返した。オリバーはため息をつく。
「あのな、料理をしたり、掃除をしたりするのに、貴族のための服では動きにくい。それに、そんな高級な服を着ていたら目立つし、強盗だの追いはぎだのに遭う危険も出てくる」
「……う!」
ようやく理解できたらしいヒューバートが、言葉に詰まった。
「分かったか?今のエルナちゃんに必要なのは、温かくて動きやすい平民向けの服だ」
「だ、だが」
ヒューバートは言葉を詰まらせた。
(なんということだ!彼女にふさわしい服を贈ってやれないなんて!)
その頭のなかでは、エルナを極上のシルクと宝石で飾りたいという欲望と友の正論との間で、かつてないほどの激しい戦いが繰り広げられていた。
魔獣との戦いではいつでも即断即決の男が、呆然と立ち尽くしたまま葛藤している。
「ならば……ならば、どうすればいいのだ?平民の服で、できるだけ上質のものを手に入れるには?」
結局、普段の冷静さがものを言って、ヒューバートはオリバーの提案にしたがうことにした。
だが、王子である彼の身の回りには、生まれた時からずっと最高級品しかない。平民の服と言われても、どうしたらいいのか分からなかった。
「アメリアさんの所へ行こうぜ!」
オリバーは途方に暮れているヒューバートの肩を叩く。
「そうか、アメリアがいたか!」
アメリアは、ヒューバートが魔法の師匠と仰ぐ人の妻だ。元は貴族の令嬢だが、平民の師匠と駆け落ち同然に結婚したため、今は平民として暮らしている。
貴族の暮らしも平民の暮らしも知っている彼女なら、条件にあった服を一緒に探してくれるだろう。
二人は馬に飛び乗ると、目的地に向かって走った。
……キィ。
店のドアの開く微かな音に顔を上げた店主は、入ってきた二人の人物を見て驚いた。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいました」
「久しいな、ハリー!元気だったか?」
先に入ってきた銀髪の青年、ヒューバートが笑いかけた。後にしたがう相棒のオリバーは、なぜだか苦笑いのような表情を浮かべている。
「おかげさまで元気にしております」
ハリーこと薬屋の老店主は、挨拶を返しながら、二人の顔を交互に見比べた。
いつになく落ち着かない様子のヒューバートと、それを生温かい目で見守るオリバー。二人ともいつもと様子が異なる。
「なにかございましたか?」
そう尋ねるハリーの声には、わずかな緊張が混ざっていた。彼の脳裏に、午前中の来客のことがよぎる。
もしかして、特別な魔力を持つあの娘に、殿下も気づいたのだろうか?
ヒューバートの能力ならそれが可能であることを、彼は一番よく知っていた。
「いや……今日はその……アメリアに用があって来たのだ」
「え?妻にですか?」
歯切れの悪いヒューバートの口から出た思いがけない言葉に、ハリーは目を丸くした。
だが、すぐに二階へ続く階段へと向かう。この建物は二階が住居になっているのだ。
彼が歩くたびに、その体が不自然に揺れる。昔負った傷のせいで、右足が少し不自由なのだ。
「アメリア!お客さんだよ!」
彼は階段の下から上に向かって声をかけた。
「はーい!」という張りのある声が聞こえて、すぐに品の良い老婦人が降りてきた。白髪をシニヨンに結い上げ、シンプルなブルーグレーのワンピースのうえに、真っ白いエプロンを着けている。
「まあ、ヒューバート殿下!オリバー様も!」
皺の目立つ顔が、少女のような笑顔に輝いた。彼女にとって、二人は孫のような存在なのだ。
「アメリア、元気そうで何よりだ」
彼女の笑顔につられるように、ヒューバートも笑った。
「アメリアさんは、いつまでもお若いですね」
「あら、相変わらず口がお上手ね!」
お世辞を言うオリバーに、アメリアはまんざらでもない様子で返す。そして、不思議そうな顔で聞いた。
「お二人とも、私に御用なのですか?」
「あ、ああ、実は……」
ヒューバートはアメリアを部屋の隅に連れて行くと、小声で事情を説明した。
「いったい何事です?」
ハリーはカウンターにもたれるオリバーに聞いた。
「……まあ、師匠と仰ぐあなたには、聞かれたくないんだろうな」
オリバーは「ああ」とか「うん」とか呟いたあと、「察してくれ」というような顔で答えた。
ハリーは平民出身でありながら、膨大な魔力を持っていた。それを買われて、以前は魔獣討伐騎士団に所属していたのだ。
怪我もあって一線を退き、ヒューバートに魔力操作を教える任に就いていた。
人並外れて魔力量が多く、魔力を操作するのに苦労していた成長期の彼は、ハリーの導きで無事に成長できたといえる。
そんな、よく知る教え子の見たことのない様子に、ハリーは困惑を深めていた。
「まあ!ヒューバート様が女性に?あらあらあら!」
だが、聞こえてきた妻の声によって、困惑は驚愕へと変わる。妻の顔を振り返れば、恋バナに花を咲かせる少女のように、目が輝いていた。
オリバーは「あちゃ~」というように、片手で顔を覆った。
(……は?女性?)
今まで女性に関心を示さなかったヒューバートに、恋人でもできたのだろうか?オリバーに問い詰めるような鋭い視線を向けるが、彼は明後日の方向を向いてしまった。
「あなた!これからお二人とお買い物に行ってきますね!殿下が想うお方のために、最高の普段着を選んで差し上げないと!」
「あ、ああ、分かった」
「最高の普段着」の意味が分からないが、何やら張り切っている妻を、ハリーは止めることができなかった。




