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追放された台所係の不遇令嬢、森で拾った食いしん坊のモフモフにご飯を作っていたら、なぜか冷徹王子に求婚されてしまう  作者: めっちゃ犬
第4章:幸せな日々に忍び寄る悪意

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(1)人々が気づき始める

次の日の朝、エルナは市場に行く準備をしていた。荷物をまとめると、最後にテーブルの上の容器から、イグニッションのクッキーを一枚取り出す。


小さめに作ったそれを鼻先に持ってくると、ほんのりとチーズが香った。


「キュゥウウ……」


「ちょっとだけだから、大丈夫よ」


テーブルの上で心配そうに見ているポムに微笑んで見せ、エルナは用心しながら、三分の一ほど齧った。


微かな塩味を感じた、その直後。


「うわ、辛っ!」


「キュ!?」


舌の上に刺すような刺激を感じ、全身がカッと熱くなった。口の中が火事になったようだ。


(み、水!)


エルナは咳き込みながら、水瓶に駆け寄ってカップに水を汲んだ。立て続けに二杯飲み干すと、ようやく口の中の火事は収まった。


「はぁ、これじゃイグニッションを直接口に放り込むのと変わらないわね」


クッキーにした意味があまりない。せっかく良いアイディアだと思ったのに、残念だ。


「キュ、キュー!」


ポムが足元に来て、「大丈夫だよ」というように、ワンピースの裾を引っ張った。励ましてくれているらしい。


見上げてくるつぶらな瞳とぷっくりしたほっぺに、エルナはとたんに笑顔になる。


「そうね、たまには失敗もあるよね」


「キュウ!」


彼女はポムを抱き上げると、もふもふの頬に自分の頬を寄せた。ポムのお日さまのような匂いと、温かな体温が心地良い。


そのぬくもりが、ヒューバートのマントの温もりを思い起こさせ、エルナはほんのり頬を染める。


(なんだか、すごく幸せな気分)


ここを去る時、こちらを何度も振り返ってくれた。彼が風邪を引きはしないか心配で、エルナは彼らが見えなくなったあとも、しばらく小屋の前に佇んでいた。


昨日の晩は、彼のマントに丁寧にブラシをかけ、取れかかっていたボタンをつけなおした。


(今日お会いしたら、お礼にハーブティーを差し上げよう)


毎日飲んでもらえたら、味覚障害もきっと良くなる。ヒューバートの役に立てることが、今のエルナにとって一番の喜びだった。


「……キュ、キュウ」


「あっ、ごめん。じゃあ市場に行こうか」


腕の中のポムがモゾモゾし始めたので、エルナは我に返る。いつものリュックの口を広げると、ポムは自分からそこに飛び込んだ。


小屋の鍵をしっかり掛けると、足取り軽く森の道を行く。木々の向こうに広がる空は澄み渡って、鳥たちが歌うようにさえずっていた。



(もうお店は開いてるかな?)


穏やかな秋の日を楽しみつつ、弾むように歩いていたら、いつもより早く市場のある町まで来てしまった。今日は先に、あの薬屋に行きたいのだ。


「早すぎるかしら」と心配しながら、店の前まで足を運ぶ。ドアの窓ガラスを覗くと、奥のカウンターに店主がいるのが見えた。


「おはようございます!」


ドアを開けて挨拶をすると、店主は片手でメガネを直しながらエルナを見た。


「ああ、この間のお嬢さん。おはようございます」


どうやらエルナのことを覚えていてくれたようだ。


「今日も薬草ですか?」


「いえ、実は今日は、ハーブティーを持ってきたんです」


エルナは手に下げたバッグから、ハーブティーが入った袋を二つ出した。前回来たときにハーブティーが置いてあったので、もしかしたら自分の開発したものも売れるのではないかと思ったのだ。


「拝見します」


「こちらがサンニー、こちらはレモングラスをベースにしています」


袋を指して説明し、エルナは手書きのメモを差し出した。ハーブティーの材料をすべて書き出して来たのだ。


時々メモにチラリと目をやりつつ、店主は鋭い眼光でハーブティーを検分した。エルナは、ドキドキと落ち着かない気分でそれを見守る。


「……お嬢さん、失礼ですが、お名前を伺っても?」


「え?ええっと、あの……エ、エリーと申します」


突然名前を聞かれて驚いたエルナは、とっさに偽名を使った。嘘をつくのは申し訳ないが、万が一にも自分の身元がばれないように、用心したのだ。


「エリーさん、このハーブティーですが、私の店で独占販売させていただけませんか?」


「え!?」


店主の予想外の申し出に、エルナは目を丸くした。その顔を見て、彼は微かに微笑んだ。


「いえ、とても良くできたハーブティーなのでね。その分、高めの価格で買い取らせていただきますので、他の店には売らないで欲しいんです」


首を傾げるエルナに、店主はこう続けた。


「こういう商売も競争が激しいですから。オリジナル商品があるのは、一種の強みになるんですよ」


「そうなんですね」


店主の言葉に、エルナは素直にうなずく。それだけの価値が自分のハーブティーにあるか分からないが、この人がそう認めてくれたのなら、自信を持っていいのかもしれない。


店主が提示してくれた金額が予想以上だったので、エルナは二つ返事で承知した。


「では、また出来ましたら持ってきます!」


「はい、お待ちしています」


エルナが意気揚々と店を去ったあとも、店主はしばらくの間、閉められたドアを見つめていた。


(……本当に、何者かね?)


エリーと名乗ったあの娘。持ってきたメモの文字は美しく、かなりの教育を受けたことが窺える。容姿と合わせて考えても、貴族としか思えない。


さらなる問題は、彼女が作ったというハーブティーだ。


彼はカウンターに置かれたハーブティーの袋に目を落とす。その茶葉から感じるのは、清らかで温かな、並々ならぬ量の魔力。


いや、魔力というより、純粋な「祈り」と言った方が近いか。いずれにせよ、そんな魔力は見たことがない。


未知ではあるが、その効果は絶大に違いない。彼はそう確信していた。


(こんなものが出回ったら、いずれ騒ぎになってしまう)


彼が独占販売を持ちかけたのは、それを防ぐため。これは自分の店でも売る気はない。


(あの方に報告した方がいいのかもしれない)


自分にどれほどの力があるか、娘には自覚がないのだろう。それを危うく思いながら、どうするのが最善なのか、店主は頭を悩ませた。



一方のエルナは、希望に胸を膨らませながら市場を目指していた。夕方に訪れる約束のヒューバートたちのための、お弁当の材料を調達したいのだ。


まずは、あの女将がいる八百屋に足を向けた。


「あっ、お嬢さん!待ってたんですよぉ!」


「え!?」


色鮮やかな野菜や果物が並ぶ店先に顔を出すと、エルナに気づいた女将が駆け寄ってきた。勢いのままにエルナの腕をつかむと、品物の間を縫って紅白の屋根の奥へと引っ張っていく。


「ど、どうしたんですか?」


何事かと、ビクビクしながら尋ねる。


女将の声に驚いたのだろう。背中のポムがモゾモゾと動いて、エルナは冷や冷やした。


赤ん坊にするようにリュックをぽんぽんと叩くと、ポムはとたんに静かになる。


「お嬢さん、お名前はなんて言うんですか?」


ホッとしたエルナに、女将がやや紅潮した顔で尋ねた。


(なんだろう、今日はやたらと名前を聞かれるわ)


エルナは戸惑いつつも、また先ほどの偽名を名乗った。


「エリーさん、この間のオイル漬けは、まだ作れますかね?」


「え?ええ、トマトならできると思いますけど」


キノコは季節が過ぎてしまうが、トマトはポムにお願いすれば作れる。もう少し寒くなるまでは何とかなるだろう。


「そうですか!だったらまた、うちに納品してもらえませんか!?」


「だっ、大丈夫です」


勢いに押されて、エルナはうなずく。女将の言葉には、否を言わせない迫力があったのだ。


「ありがとうございます!ああ、瓶はもう用意させてもらってるんで」


そう言って、女将は木箱を持ってきた。なかには、金色のフタのついたガラス瓶が、20個くらい入っていた。


(え、こんなに!?)


もう瓶が用意されているのも凄いが、その数の多さにエルナは面食らう。


「いえね、この前のトマトのオイル漬け、家でも食べてみたんですよ。これがもう、ほんっとに美味しくて!」


「あ、ありがとうございます」


「それに、あれをつまみにワインを飲むと、なぜだか悪酔いしないんですよ」


それはきっと、ヒールシャワーの効果だろう。自分の作ったものを褒めてもらえて嬉しいが、こんなにたくさん作れるだろうか?


(でも、ここで頑張れば、心配しないで冬が越せるかも)


自立したいという思いと、女将の期待に満ちた視線に、気づけばエルナはうなずいていた。女将が満面の笑みでガッツポーズを作る。

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