(11)毛玉は隠れていられない
「ちょっとその中を見せてくれないか?」
業を煮やしたヒューバートは、バスケットに手を伸ばした。
彼には確証があった。そこにいるのは、先日小屋の中で息をひそめていた何かだ。
今まで出会ったことのない、未知の魔力を持つ「何か」がそこにいる。
あの時と同じ魔力を感知し、ヒューバートは好奇心が抑えきれなくなってしまっていた。
「だっ、ダメです!!」
だが、それを阻止するように、エルナはバスケットを胸に抱えて守り抜こうとする。その顔は青ざめ、瞳には怯えの色が滲んでいた。
(いけない、怖がらせてしまったようだ)
血の気の引いた顔に、一瞬躊躇した、その瞬間。
「キュー!!」
エルナが抱えるバスケットの中から、白い小さな毛玉が飛び出した。
「うわっ!」
驚くヒューバートの首に飛びついて、フォークを振り回す。
「キュウ!キュキュウ!!」
小さな木のフォークが額に当たって、コンコンと小さな音を立てた。たいして痛いわけでもないが、クロケットの食べかすが髪や頬に飛び散る。
「おい、やめろ!」
彼は毛玉を首から離そうとするが、執念深く食らいついてくる。できるだけ手荒なことはしたくないので、余計に引きはがせない。
(な、なんじゃこりゃあ……)
ヒューバートの護衛であるはずのオリバーは、あまりのことに、ただ口をぽかんと開けて見ていた。エルナも目を丸くして固まっている。
「オリバー、この毛玉をなんとかしろ!」
ぼんやり見ている部下を、叱咤するヒューバート。その額には、カボチャの黄色いかすが点々とついていた。
「ぶっ!ぶはははは!」
国一番ともいえる魔法の使い手が、猫のような小さな毛玉に往生している。その姿が可笑しくて、オリバーは腹を抱えて笑い出した。
その笑い声に、エルナがハッと我に返る。
「ポム、やめて!」
小さな体を抱えて引っ張ると、ポムはようやくヒューバートから離れた。
「も、申し訳ありません!」
エルナはポムを抱えたまま、ヒューバートに深々と頭を下げる。ポムはというと、まだ「キュウキュウ」と怒ったような声をあげていた。
「いや、謝るのは私の方だ。きっと私が君をいじめていると思ったのだろう」
顔や頭についた食べかすを払いながら、ヒューバートは真摯な気持ちで答えた。
好奇心に駆られて、エルナを怖がらせてしまった。非があるのは自分の方だ。
ヒューバートは静かに歩み寄り、腰をかがめて毛玉へと顔を寄せる。
「お前のご主人を怖がらせてしまって、悪かったな」
「キュ!」
だが、ポムは拗ねたように、そっぽを向いてしまう。
「ポムったら……」
エルナは眉尻を下げる。こんなポムの姿を見たことがなかったので、戸惑ってもいた。
「君にも謝らないといけないな。怖がらせてしまって、すまない」
「そうだな、俺も止めに入らないで、悪かった」
ヒューバートが頭を下げると、オリバーもそれに倣った。
「や、やめて下さい。私は大丈夫ですから」
エルナは恐縮して言った。大の男二人に頭を下げられては、かえって居心地が悪い。
「言い訳にしかならないが……」
頭を上げたヒューバートは、事情を説明する。
「実は先日も、この毛玉の魔力を感じていたのだ。バスケットのなかに同じ魔力を感じたので、知りたいという好奇心から、つい性急な行動に出てしまった」
「まあ……」
エルナは絶句した。そんなことが出来ると知らなかった彼女は、急に不安に駆られる。
「あの、それは誰にでもできるのでしょうか?」
そうだとすると、ポムの存在を他にも知られる恐れがある。
「いや、私は魔力量が多いうえに、職務上、魔力を探索することが多い。私ほど魔力探知に長けた者は、めったにいないはずだ」
実際に、自分以外には一人しか知らない。それは、ヒューバートの師匠とも呼べる人だった。
「そうそう!こんなバケモノ級はめったにいない。レアものだぜ、エルナちゃん」
「おい!」
調子に乗って言うオリバーを、ヒューバートは冷ややかな目でにらむ。
「良かった!」
緩んだ場の空気に安心し、エルナはつい口を滑らせた。「あっ!」と口元を押さえるが、もう遅い。
「その毛玉のことを、隠しているのだな」
「はい……あの、この子には魔力がありますけど、魔獣みたいな、危険な獣じゃないんです!」
ヒューバートの視線からポムを庇いながら、エルナは訴えた。思えば、この人たちは魔獣討伐騎士団なのだ。
その必死さに、二人の騎士は顔を見合わせる。
「「ははは!」」
弾けるような笑い声が、静かな森のなかに響いた。
「エルナちゃん、そりゃあ見れば分かるさ!」
「ああ、魔獣がこんなに可愛らしいなら、私たちの仕事も楽なんだがな」
「そ、そうですよね……」
エルナはホッとすると同時に、猛烈な羞恥心に襲われた。
顔がじわじわと熱くなり、周囲に視線を泳がせる。そんな彼女に、ヒューバートは優しい笑みを浮かべた。
「心配はいらない」
小さな子供をあやすように、彼はそっとエルナの頭に手を置いて、優しく撫でる。
「我々は君の大事な友達のことを、誰にも話したりはしないから」
大きな、節くれだった騎士の手。その温もりが頭頂部からじわりと溶け込み、エルナの不安を跡形もなく消し去ってくれた。
「俺も約束しよう」
オリバーも胸に手を当ててうなずく。
「……ありがとうございます」
エルナは二人に頭を下げ、はにかんだ微笑みを浮かべた。




