(9)再会
昨日の雨のせいか、森には清涼感のある空気が漂っていた。ヒューバートとオリバーは、約束通りの時間に小屋へと着く。
コンコンコン!
オリバーが小屋のドアをノックすると、なかで何やら慌ただしく動いている気配がする。
「お待たせしました」
しばらく待たされた後、ようやくドアを開けた娘は、こちらに向かって愛らしい微笑みを浮かべた。
秋の陽光を受けて艶めくハニーブロンドと、ほんのりバラ色に染まった頬。新緑の瞳は、森の空気のように澄んでいる。
(ああ、本当に伝説の乙女のようだな)
エルナの何もかもが眩しく感じられて、ヒューバートは目を伏せた。
アイスブルーの瞳が、小さくて履き潰された靴を捉えて止まる。
(こんなところに暮らしていながら、なぜこれほどまでに美しいのだろう?)
身につけている服や靴がくたびれているのを見れば、余裕のある生活をしていないのは明らかだ。化粧品など持っていないだろうに、髪や肌は手入れの行き届いた貴族令嬢そのもの。
いや、宮廷の舞踏会でも、これほど美しい令嬢はめったにお目にかかれない。エルナにはやはり、何か不思議な力が働いているのだろうと、彼は思う。
「いらっしゃいませ、ゴードン様、アルスター様」
「あっ、ああ……約束通り、お昼をご馳走になりにきたよ」
エルナが挨拶すると、オリバーがハッとした様子で答える。珍しくぼんやりしていたようだ。
(コイツも見惚れていたな!)
ヒューバートは無意識のうちに眉をひそめ、へらへら笑っている部下に、冷ややかな視線を向けた。
「今、準備しますから、どうぞ座ってお待ちください」
「うん、ありがとう」
「よろしく頼む」
小屋の奥へと消えるエルナにそれぞれ礼を言うと、二人は焚き火のそばの丸太に腰を下ろした。オリバーが怪訝そうな顔でヒューバートを見る。
「……なんか急に、機嫌が悪くなってないか?」
「そんなことはない!」
その顔を見て、オリバーは何か感づいたように、ニヤリとする。
「顔が怖いって。そんなんじゃ『エルナちゃん』に嫌われちゃうぞ」
「なっ!?」
馴れ馴れしい呼び方に、ヒューバートは頭にカッと血を上らせる。
「気安く呼ぶんじゃない」と続けようとした彼は、エルナが小屋から出てきたので慌てて黙った。
(だ、ダメだ。これでは本当に彼女を怖がらせてしまう)
ヒューバートは心を落ち着かせようと、深い呼吸を何度か繰り返した。
「お茶と一緒にこちらもどうぞ」
テーブル代わりの切り株に、エルナが山盛りのクロケットを乗せた皿を並べる。
「カボチャのクロケットです、味が三種類あって……」
「美味そうだな!」
エルナの説明に、オリバーが目を輝かせた。実はお腹がすごく空いていたのだ。
「お口に合うといいのですが。すぐにパスタを用意しますので、先にこちらを召し上がってお待ちください」
彼女はヒューバートのカップに、ムーンライトのハーブティーを注いだ。
辺りに甘い花の香りが立ち上る。ティーポットから流れるお茶は、透き通った黄金色をしていた。
「いい香りだな。この前のお茶とは少し違うようだが?」
「はい、ベースは同じですけれど、配合を少し工夫してみたんです」
ヒューバートはカップのお茶をしばらく眺めたあとに、静かに口に運ぶ。
目の端でオリバーが眉を上げるのが見えたが、この場で毒味など必要ないことは、彼にはもう分かっていた。
彼は目を閉じて、じっくりと味わう。
(ああ、生き返るようだ!)
黄金色のお茶が、彼の胸の内を安らぎで満たしてくれる。心に積み重なっていた長年の苦しみと悩みが、胸の外へ押し流されていくようだ。
心が軽くなると、自然に肩の力も抜けていく。オリバーの言う「怖い顔」は、努力せずとも自然に消えていた。
「素晴らしい!とても美味しいお茶をありがとう」
ヒューバートがそう告げると、エルナはパッと花開くように笑った。
(……可愛いな)
魅了されたように、アイスブルーの瞳が細められる。
「あ、ありがとうございます」
その艶っぽく熱を帯びた視線を受けたエルナは、どぎまぎとして視線をあちらこちらに泳がせた。陶器のように白い顔が、みるみる赤くなっていく。
「あ、あの、パスタを作って来ます!」
耳まで真っ赤になった顔をトレイで隠すようにして、彼女は小屋へと駆け込んでいった。
「あー、俺もいるんだけどなぁー」
小屋のドアがバタンと閉まると、オリバーはそうぼやいた。
エルナが持ってきた空のカップに、自分でお茶を注ぐ。ついでにクロケットをヒョイとつまみ、口に放り込んだ。
その瞳がパッと輝く。
「何だこれ!?めちゃくちゃ美味いぞ!!」
オリバーは、一つ、もう一つと、ポムも顔負けの早さでクロケットを口に放り込んでいった。
「おい、一人で食べるんじゃない!」
ヒューバートも慌てて皿に手を伸ばす。
キツネ色のクロケットをサクッと齧ると、カボチャの生地に混ぜ込んだチーズがとろりと伸びた。カボチャと玉ねぎの甘みに、チーズの塩気とコクが絶妙に絡んでいる。
「んんん!チーズのコクがたまらない!」
ヒューバートはうめくように言った。
サクサクの衣とホクホクのカボチャの食感を楽しみ、野菜の甘みとベーコンやチーズが織りなす味わいに喉を鳴らす。
「ヒューバート、こっちの丸いのはクルミとチーズが入ってるぜ!」
「こら、私より先に食べるな!」
オリバーの手から、ヒューバートがクロケットを奪う。
「何を言っている、俺はお前の毒見役だぞ!」
オリバーはクロケットを両手に取り、次々と口に放り込んだ。
「なっ!?子供か、お前は!」
ヒューバートも負けじとクロケットを口に入れた。
「「美味い!!」」
子供のように競い合いながら、二人は夢中でクロケットにかぶりついた。
(ヒューバートの奴、美味そうに食いやがる!)
オリバーの瞳には、嬉し涙がほんのり滲んでいた。




