(8)オバケカボチャのクロケット
「さあ、今日はカボチャのクロケットを作るわよ!」
「キュ!」
エプロンの紐を締めながら気合を入れると、ポムも凛々しく答えてくれる。
今日はヒューバートたちと約束しているので、エルナは朝早くから準備に余念がない。
……ひょい!
半分に切った巨大なカボチャを、彼女は細い腕で軽々と持ち上げた。今朝、水汲みのためにイグニッションを飲んだので、まだ力が余っているのだ。
彼女はそれをキッチンへと運ぶ。
ゴン!!
まるで岩でも置いたような音を立てて、カボチャは作業台へ乗った。
エルナは腰に手を当てて、半円形の巨大な物体を眺める。
「うーん、大きすぎてなかなか食べきれないわね」
毎日のように食べているのだが、全然減る気配がない。今日は、これを全部クロケットにするつもりだ。
(残ったら、持って帰ってもらえばいいわ)
エルナは家宝のナイフを手に取ると、カボチャをスパスパと切っていく。ナイフにかけられた魔法のおかげで、カボチャはバターのように柔らかく、皮もすいすいと剥けた。
切ったカボチャは、かまどにかけた蒸し器にどんどん入れていく。
(薪って、一冬でどれくらい使うのかしら?)
かまどの火を調整しながら、エルナはふとそんな事を考えた。
小屋の外には薪小屋があり、そこにはたくさんの薪が積んであった。だが、あの量で冬を越せるのかどうか、彼女には分からないのだ。
今朝の冷え込みが、エルナを不安な気持ちにさせていた。昨日降った雨は、季節を冬に向けて一歩進めたように見える。
日が高くなった今は暖かいけれど、これから朝晩は冷え込む日が多くなるに違いない。
(それに、着るものもないのよね)
今持っている服は、二枚のワンピースだけだ。
エルナはくたびれた服の裾を指でつまんだ。
何度も洗った着古しなので、生地が薄くなってしまっている。これでは到底、森の冬は越せない。
(せめてカーディガンを持ってくればよかった)
後悔して唇を噛む。だが、屋敷に取りに戻るのは論外だ。
寒いから上着が欲しいと訴えても、門前払いを食らうに決まっている。何より、「ならば帰ってこい」と言われたら嫌だ。
(あの家に帰るくらいなら、凍えてでもこの小屋で頑張るわ)
エルナは悪夢を振り払うように、ブルブルと頭を振った。
(でも、服を買う余裕はないし……)
冬になれば森の恵みも少なくなるし、お金はできるだけ節約しなければならない。
「きゅううう?」
物思いにふけっていると、ポムの声がした。
「ううん、何でもないの」
心配そうに見上げてくるもふもふに、エルナは笑顔を作ってみせる。
(ポムは毛皮があるから大丈夫そうね)
ふさふさの尻尾を少し羨ましく思いつつ、彼女は玉ねぎとベーコンを刻んだ。これを炒めてカボチャと混ぜるのだ。
本来はひき肉を使うのだが、強面の肉屋がおまけしてくれたベーコンがあるので、これで代用する。ベーコンの風味と塩味が、カボチャの甘さを引き立ててくれるだろう。
「きゅ、きゅぅうううう!」
大量のマッシュカボチャを見て、ポムが興奮したような声をあげた。今にも食いつかんばかりの勢いで、カボチャを見ている。
「だ、ダメよ、まだ途中なんだから」
「きゅううう……」
残念そうなポムを横目に、エルナはカボチャに炒めた具材とヒールシャワーを混ぜた。黄金色のマッシュカボチャに、飴色に炒めた玉ねぎと、脂の乗ったベーコンが混ざり合っていく。
湯気と一緒に立ち上る、野菜の甘みとベーコンの香ばしい香りが食欲を刺激した。ポムは空間に鼻先を向け、漂う香りを逃がすまいとするようにスンスンと空気を吸い込んだ。
「これを三つに分けるのよ」
「きゅう?」
首をかしげるポムの前で、エルナはクロケットの種を三つに分けた。
「ちょっとずつ味を変えようと思うの」
一つ目はそのままで、ベーコンと野菜の相性の良さを味わう。
二つ目には、刻んだチーズを入れることにした。チーズのコクが加わって、より食べ応えが出るのだ。
三つ目は、ローストした香ばしいクルミを刻んで混ぜ、中心にチーズを入れて小さめに丸める。蜂蜜を少し垂らすと、お酒のつまみにもいい。
ジャネットはこれでワインを飲むのが好きで、屋敷ではよく作らされていた。夜遅くにたたき起こされることも多くて、ずいぶん迷惑したものだ。
(騎士さまは気に入ってくれるかしら?)
ふと、あの時の騎士の顔が浮かぶ。焚き火パンを食べて、とても嬉しそうだった。
(同じ料理でも、食べる人が違うとこんなにも作るのが楽しいのね)
エルナは心を込めてクロケットのタネを丸めていく。笑みを浮かべたその頬は、うっすらと桜色に染まっていた。
「ず、ずいぶん、たくさん出来ちゃったわね」
目の前には、大皿に盛られたクロケットの山が三つできていた。オバケカボチャを使い切るのは、やはり大変なようだ。
「キュウ!」
ポムが、「任せとけ!」とばかりに胸を叩く。
「ふふ、いくら食いしん坊のポムでも、これは食べきれないよ」
そう言いながら、エルナはクロケットを一つつまんで差し出す。削ったチーズの入ったものだ。ポムはパクリと食いついた。
「きゅぅううう~」
ぷっくりした頬が「たるん」と緩んで、顔がとろける。
「美味しい?」
「きゅう!」
「じゃあ、先に少しあげるね」
エルナは三種類のクロケットを皿に大盛りにし、フォークと一緒にテーブルに置いてやる。
「きゅ、きゅうう!」
ポムは旺盛な食欲を見せて、さっそくそれに食いついた。
(今のうちに、お土産の準備をしておこう)
どう見ても食べきれない量なので、三種類をそれぞれ半分ずつ、お土産用に包んでおくことにした。
大きなサンニーの葉を二枚、十字に重ねて置き、そこへクロケットを並べて丁寧に包む。量が多いので、大きな包みが六個できた。
(何か、入れ物が欲しいわね)
ひとつにまとめないと、手渡すのが難しい。エルナは少し考えたあと、ふた付きのバスケットに包みを入れた。持ち手がついているので、これなら運びやすいだろう。
……コンコンコン!
そうこうしているうちに、小屋に軽やかなノックの音が響いた。
エルナの心臓がドキリと跳ねる。
「は、はい!少し待ってください」
慌ててドアの向こうへ声を投げ、ポムとクロケットの皿を抱え上げると、エルナは大急ぎで寝室へ滑り込んだ。
寝室の床にはあらかじめ毛布を敷き、ポムが過ごしやすいようにクッションも置いてある。
その上にポムと皿を置くと、エルナは腰をかがめて言った。
「いい、ポム?お客さんがいる間、外に出てきちゃダメよ」
「……キュウ!」
ポムもうなずきながら、小さな声で答えた。その様子に、エルナは安心してドアへ向かう。
(ああ、なんだかドキドキするわ)
エルナは、くたびれたワンピースの裾を引っ張り、艶めくハニーブロンドの髪を手櫛で整えた。
うるさいほどに高鳴った鼓動。
彼女はそれを緊張のせいだと思ったが、その頬はバラのように艶めいていた。




