(7)マッチョクッキー?
(うーん、何が言いたいのかしら?)
「ギュウ!!」
首をかしげるエルナに、ポムは両腕を上げて曲げるポーズをしてみせた。心なしか表情もキリッとさせている。
まるで、たくましい男性が、筋肉を誇示しているようだ。
「あ!もしかして、イグニッションのハーブティーを作るの?」
「キュ!」
ぽんと手を叩いたエルナに、ポムは深くうなずいた。
「ポム、あれは辛いから……」
残念だけど、ハーブティーにはできないと言いかけて、エルナは黙る。
(ハーブティーじゃなくてもいいのでは?)
例えば、ちょっとピリ辛な「塩味クッキー」はどうだろう?
イグニッションは急に使いたい時が多いので、すぐに食べられるようにしてあれば便利だ。この前のように、水で無理やり流し込まなくても済む。
クッキーなら、生地にイグニッションスパイスを少し混ぜるだけでいい。
「クッキーにしてみる?」
「キュー!」
ポムが賛成してくれたようなので、さっそくバターや小麦粉などの材料を揃える。
バターが柔らかくなるまで待つあいだ、試しにヒールシャワーのハーブティーを飲んでみることにした。
コポコポコポ……。
ティーポットを傾ければ、澄んだ黄金色のハーブティーがキラキラと流れ出る。ポムと自分の分、ふたつのカップに注いだ。
爽やかな香りが、湯気とともに立ち上った。
「いい香り!それに、すごく綺麗!」
「キュ!」
初めて作ったハーブティーの出来栄えに、エルナは大満足の声をあげる。
一口飲んでみると、お腹のあたりに温かな空気の塊のようなものを感じた。その熱が、体全体へジワジワと広がっていく。
ぬるい薬湯にゆったりと浸かっているような、心地よく癒される感覚がする。
「きゅぅううう……」
ポムを見れば、こちらも満たされたような顔で、優しい光を放っていた。
(なんだか、スパイスよりも効果が高くなってる?)
それは、ポムの力に共鳴してエルナの魔力が高まったからなのだが、彼女はまだそのことに気づけていない。
彼女にとって、自分の魔力は「人に隠さなければいけないもの」だった。
これまで魔力について学んだり、人と話したりする機会がなかったので、魔力について無知なままだったのである。
「さて、クッキーを作りますか!」
ティータイムが終わると、バターがちょうどよい状態になっていた。泡立て器でクリーム状になるまで混ぜ、そこに砂糖、小麦粉、卵黄を入れて生地を作る。
辛みと合うかなと思って、チーズのすりおろしも少し加えた。チーズと甘いバターの香りが混ざり、美味しくなる予感に期待が膨らむ。
(イグニッションは少しだけね)
取り過ぎは体に無理がかかる。エルナはイグニッションの小瓶を傾けて、少しずつ生地に混ぜていった。
「あっ!!」
しかし、「このくらいでいいかな?」と思ったとき、うっかり手が滑ってドバっと入ってしまった。
「えええええ!?」
「キュゥウ~」
エルナは頭を抱えた。ポムも残念そうな声を上げている。
(ど、どうしよう?でも、捨てるんじゃ食材がもったいないし)
せっかく作ったのだし、とにかく焼いてみよう。
エルナは生地をこねて丸く成形した。オーブンはないので、フライパンで焼くことにする。
油を薄く伸ばしたフライパンに、丸いクッキーを並べていく。
フタをしてしばらくすると、バターと砂糖の甘い香りが漂い出す。スパイスの刺激的な香りも、少し混ざっているようだ。
「うん、そろそろいいわね」
焼き色を確認してクッキーを裏返し、反対側も同じように焼く。こうして弱火でじっくり焼けば、フライパンでもサクサクのクッキーができるのだ。
(これを食べる時は、ちょっと……ちょっとだけかじればいい)
そうすれば、きっと大丈夫。焼きあがったクッキーを網のうえで冷ましながら、エルナはそう自分に言い訳をした。
「何でもかんでもうまくはいかないよね」
「キュ~」
今日はハーブティーがうまくできただけで十分だ。森に降る雨の音を聞きながら、エルナはそう自分を慰めた。
日が暮れる頃、雨がようやく上がったので、エルナはポムと温泉に向かった。
「はぁ~、いい気持ち」
温かいお湯に浸かると、言葉が自然にこぼれた。立ち上る湯気からは、微かな硫黄の匂いがする。
頬を撫でる秋風はひんやりとしていて、それがかえって心地いい。
月が放つ白銀の光が、森の濡れた葉を宝石のように輝かせている。草むらでは虫たちが競い合うように歌っていた。
「きゅぅううう……」
ポムも気持ちよさそうに、へそ天でプカプカと浮いている。そのお腹がポッコリと膨らんでいた。
エルナはクスクスと笑う。
(ポムったら、食べ過ぎよ)
夕飯にカボチャのクロケットを作ったら、ずいぶんと気に入ったらしく、何度もおかわりしたのだ。
先日畑で収穫したカボチャは、大きいだけでなく、とても美味しかった。ホクホクして、本当に栗のように甘かったのだ。
(そうだ、明日も作って、騎士さまに食べさせてあげよう)
カボチャはまだたくさんあるし、きっと気に入ってくれるに違いない。
ふと、アイスブルーの瞳と、大きな手の温もりが脳裏によみがえる。
とたんに、のぼせたように体が熱くなった。体の奥から、ジワジワと熱が湧いてくる。
「や、やだ!」
「キュ、キュー!?」
手で顔を覆って思わず叫んだエルナに、ポムが何事かと泳いで近寄ってきた。エルナは両手で受け止める。
「な、なんでもないの」
そう言って、ポムを胸に抱きしめた。胸元に尻尾の毛が当たってくすぐったい。
見上げると、夜空はすっかり晴れて、こぼれ落ちそうなほどの星々が瞬いていた。きらめく星空のなかにひとりポツンと残されたようで、エルナは急に不安になる。
(こんな私なんかが、騎士さまの役に立てるかな?)
明日、料理を出して失望させたらと思うと、怖くなってきた。
幼い頃から何度も浴びせられてきた、父の冷たい視線が脳裏をよぎる。
(騎士さまにも、あんな目で見られたら……)
一見、冷たそうに見えるアイスブルーの瞳は、その奥に温かな光を宿していた。だが、失望がその光を消してしまった時、あの瞳はどんな眼光を発するのだろう?
「ぎゅ、ぎゅぅううう!」
腕のなかから苦しげな声が聞こえて、エルナは我に返った。考え事をしているうちに、ポムを抱きしめる力が強くなりすぎてしまったようだ。
「ごめん、ポム」
「キュ!」
エルナが腕を緩めると、ポムは彼女の頬に両手を当て、「めっ!」と言うようにひと声鳴いた。その愛らしい顔に思わず吹き出す。
「そうよ、私にはポムがいるもんね」
「キュー!!」
ひとしきり笑ったあとにそう言うと、ポムも元気に答えてくれた。
(もうひとりぼっちじゃないんだわ)
そう思うだけで、エルナの心は軽くなった。




