(2)伯爵家の三人家族
「これはいったい何事だ!」
騒ぎを聞きつけて、両親がキッチンになだれ込んできた。伯爵家当主である父のアーサーと義母のジャネットだ。
「うわぁあああん!私の料理が下手だって、お姉さまがボウルをぶつけてきたのー!」
アガサはいっそう声を張り上げた。
「まあ、かわいそうに!ドレスをこんなに汚されて」
ジャネットがエルナをにらみつけながら、アガサを抱きしめる。
「お父さま、これは」
父親が怒りに燃える目を自分に向けてきたので、エルナは事実を説明しようとする。
「お前というヤツは、なぜ妹をいじめるんだ!」
頭ごなしに怒鳴られて、エルナは口を閉じた。向けられる怒りの強さに、言葉が出てこない。
(アガサをいじめたことなんか、一度もないのに)
今だって、成り行きを横目で見ていた使用人たちには分かっているはずだ。だが、エルナをかばってくれる人はここにはいない。
「お姉さまは……ヒック!料理なんか教えるだけ無駄だとおっしゃって……ヒック!」
アガサはわざとらしくしゃくりあげながら訴えた。
「それに、私には外国人の血が混じっているから……汚らわしいって!」
そう言って、母親の胸にすがりつく。
「何てことを!!私のことも外国人だとバカにしているのでしょう?だから『お義母さま』と呼んでくれないのね!」
ジャネットが憎々しげな顔を向けてくる。だが、お義母さまではなく、奥さまと呼ぶように命令したのは義母自身だ。
「お義母さま」と呼べば不愉快だと叱られ、「奥さま」と呼べば継子が母と認めてくれないと被害者ぶる。
どちらを選んでも、エルナは悪く言われるのだ。
「ちが、違います!お父さま、私は……」
「言い訳はいい!」
エルナは必死の思いで父に訴えようとしたが、また怒声に遮られてしまう。
(私の話はひとつも聞いてくださらないのね)
下を向いて唇を噛む。
「なんだ、その不満そうな顔は」
「も、申し訳ありません」
父親が肩を怒らせたので、エルナは急いで謝った。
アーサーは水魔法が使えるので、あまり怒らせると頭から冷たい水を浴びせられることになる。今までに何度もそんな目にあってきたのだ。
「見てください、このドレス!こんなひどいことをするなんて、もうアガサと一緒に置いておけませんわ!」
自分の生んだ娘を一生懸命に慰めていた継母は、金切り声をあげてエルナを指さす。そして、とんでもないことを言い出した。
「その娘を屋敷から追い出してください!!」
「そうだな、すぐにこの屋敷から出ていけ!」
父親があっさり同意したので、エルナは青ざめた。
「そんな!ここを追い出されたら行くところがありません」
貴族の令嬢が実家を追い出されたら、生きていくことはできない。
「お父さま、それではお姉さまがかわいそうよ」
母親の胸から顔をあげて、アガサが話に割り込む。優越感に酔ったように、顔が紅潮していた。
「私が我慢しますから、どうか家に置いてあげてください」
「まあ!この子は何て優しいの」
芝居がかって言うアガサを、ジャネットが大げさな身振りで抱きしめた。
「ああ、本当にいい娘だな、アガサは」
父親は抱き合う母娘に寄り添い、愛おしそうに娘の髪を撫でた。
(三人ともよく似ているわ)
エルナは並んだ三人を見て思う。
全員よく食べるので体格が良い。アガサは髪や目の色だけでなく、父のアーサーとは顔立ちもよく似ていた。対して、エルナは何もかもが実母にそっくりだ。
(私だけが仲間はずれね)
彼女の想いに気づいたかのように、アガサが両親の腕のなかでニヤリと笑う。ジャネットも「いい気味だ」というようにエルナを見下ろしていた。
(この茶番に、お父さまはどのくらい気づいているのかしら?)
エルナは考える。
子供のころから、父との関係は希薄だった。だから、父が何を考えているのか、よく分からないのだ。
ジャネットとアガサに、いいように騙されているのか。
それとも、分かっていてそれに加わっているのか。
「せめて、アガサの半分でもお前に可愛げがあればなぁ」
エルナの想いを知ってか知らずか、父親が嘆いた。そして、「良いことを思いついた」という顔をした。
「そうだ、お前は森にある小屋を母親から受け継いでいるだろう?そこで暮らせばいいじゃないか」
確かに、屋敷の近くに小さな森があり、そこはエルナ個人の所有になっている。実母から遺産として受け継いだものだ。
そしてその森には、森番が住むための小屋が建っている。
もう長いあいだ誰も住んでいない、ボロボロの小屋が。
「でも、あそこは」
古すぎて住むことは出来ない、 そう言おうとしたエルナを父はまた怒鳴り声でさえぎった。
「うるさい!とっとと出て行けと言っているんだ!」
こうしてエルナは、その日のうちに屋敷を追い出された。




