(1)ふたりの姉妹
ここはオルネ王国の王都に隣接するブルック伯爵領。その伯爵邸のキッチンで、この家の令嬢たちが料理をしている。
長女であるエルナは、いつものように腹違いの妹であるアガサの料理を手伝っていた。 父の後妻であるアガサの母に、彼女のサポートをするように命じられているのだ。
「さあ、後は揚げるだけよ」
「はぁ~」
鍋の油の温度を確認し、エルナは妹を促した。
返ってきたのは、面倒くさそうなため息だ。味付けした鶏肉が入ったボウルを、意味もなくぐちゃぐちゃとかき混ぜている。
(こうもやる気がないんじゃ、教えようがないわ)
エルナは眉根を寄せた。
伯爵令嬢であるふたりが料理をしているのには、この国特有の理由がある。
食への関心が高いオルネ王国では、貴族の令嬢や奥方も料理するのが普通のことだ。最低限の食の知識と料理の技術があることが、教養のひとつとされている。
たとえ家に料理人がいたとしても、家族好みの味付けや調理法をきちんと指示できなければ、貴族夫人失格とみなされてしまうのだ。
だからどの家の令嬢も、年頃になれば料理の修業をすることになっていた。
「ねぇアガサ、婚約者選びも始まるし、もう少し頑張りましょう」
アガサはひとつ下の16歳。
この春に社交界へのデビューも済ませたことだし、そろそろ婚約者を決めなければならない。良い縁を結ぶためには、料理のスキルを磨く必要があるのだ。
オルネ王国では、見合いの席に女性側が手料理を持参することも多い。
味はもちろんのこと、旬の食材を使った、見た目も華やかな料理を用意しなければならない。つまり、それが出来るだけの知識と腕がいるのだ。
今のアガサは、どちらも身についていない。
「揚げ物なんか面倒くさいわ。ドレスが汚れちゃうし、お姉さまがやってよ」
アガサは姉にボウルを押しつけようとする。
料理をするには向かない、フリフリのドレスとフリフリのエプロン。重なりあうフリルが、ぽっちゃりめな体型をさらに大きく立派に見せていた。
17歳のエルナと身長はほとんど変わらないが、横幅は華奢なエルナの倍はありそうだ。
「自分でやらないと、いつまでもできるようにならないわ」
質素なワンピースと使用人用のエプロンを身につけたエルナは、新緑を思わせる緑の瞳を妹に向けて言った。
エルナは実母と同じハニーブロンドに緑の瞳。アガサは父親のブラウンの髪と、琥珀色の瞳を受け継いでいる。
母親が違うとはいえ、ふたりは姉妹とは思えないほど似ていない。
そしてそれは、外見だけではなかった。
「私がお嫁に行く時は、腕の良い料理人をつけてくれるって、お母さまが言ってたわ」
アガサはツンと顎をあげ、母親の口調を真似て続けた。
「美味しい料理が食べたければ、腕の良い料理人を雇えばいいじゃない!」
義母は隣国の子爵家の出身だという。日ごろから、この国の貴族の女性が料理することをバカにしていた。その考えにアガサも染まってしまっている。
ふたりとも料理をするフリでキッチンにいるだけで、実際の料理は毎日エルナが作っているのである。
今日だって、アガサは肉の味付け以外、ほとんど何もしていない。肉の下ごしらえをしたのも、サラダやスープを作ったのも、全部エルナだ。
「たとえそうだとしても、料理人に指示するのはあなたなのよ。このままじゃお嫁に行ってから恥をかくわ」
エルナはわがままな妹がかんしゃくを起こさないように、できるだけ穏やかに言った。今のまま結婚したら、確実に貴族夫人失格だと笑われてしまう。
「揚げ物だってコツを覚えれば簡単なの。さあ、私が教えてあげるから」
エルナは励ますようにアガサの背に手を添える。
キッチンには下働きの使用人が数人いたが、巻き込まれるのを恐れて、見て見ぬふりをしていた。
「嫌だって言ってるでしょ!私は料理なんか出来なくてもいいの!!」
そう言うと、アガサはいきなりボウルから手を放した。
ブワッ!!!
同時に魔法の風が渦巻く。
アガサは風魔法が使えるので、癇癪を起こすといつもこうして風を起こすのだ。
スパイスの効いた衣と鶏肉が風にまき散らされ、アガサの服と周囲を汚していく。
「なんてことを」
エルナは悲しい顔で首を横に振った。
食材が勿体ないし、これでは掃除と洗濯が大変だ。キッチンの掃除も、エプロンとドレスの洗濯も、きっと自分がさせられるに違いない。
そんなことを考えていると、アガサが声をあげて泣き始めた。
「嫌ぁあああ!お姉さまひどいわ!!」
声が大きいばかりで涙はほとんど出ていないから、嘘泣きだろう。
エルナはうんざりして額に手を当てた。




