(9)魔力の交換
一口ごとに、ポムが発する光は強くなっていった。毛に艶が戻り、体温が上がっていく。
「キュー!!」
お椀のリゾットが空になる頃、ようやくポムは元気を取り戻し、大きな声で鳴いた。
そして、お椀をカタカタ揺らして、おかわりを催促する。エルナがもう一杯よそってやると、ポムはテーブルに飛び乗り、お椀に顔をつけて自分で食べ始めた。
「よかった!元気になったのね」
エルナは安堵のため息をもらす。
(ポムは秘伝のスパイスで魔力が復活するんだわ)
温泉を湧き出させた時は、かなり強い魔力を放出していた。そのせいで魔力が枯渇してしまったのだろう。人間も魔力を放出しすぎると倒れてしまうと聞いたことがある。
「ねぇ、私がお風呂に入りたいって言ったから、温泉を作ってくれたの?」
汚れてしまったポムの顔を濡れたタオルで拭きながら、エルナは尋ねた。ポムがこくりとうなずく。心なしかちょっと恥ずかしそうな顔をしている。
「そうなのね」
自分の不用意な言葉がポムに無理をさせたのだと分かって、エルナは悲しくなった。
「ありがとう、ポム」
テーブルの上にちょこんと座るポムと視線を合わせながら、エルナは真剣な顔で礼を言った。
「だけど、私はポムに無理なことをして欲しくないの。あなたが倒れてとても心配したわ」
「きゅぅうう」
申し訳なさそうに、ポムが鳴く。
エルナはその頭を優しく撫でた。
「怒ってるわけじゃないのよ。でもこれからは、あんな無理はしないって約束して」
「キュ!」
ポムが前足をバンザイのように上げ、こちらに向けてピンクの肉球を突き出してくる。エルナはつられるように、自分の両の手のひらを肉球と合わせた。
ぷにっとした感触が手のひらに伝わる。
(……あ!)
それは、一瞬のことだった。
ポムと自分の体から金色の光が放出されたのだ。
手のひらと肉球の間でお互いの魔力が混ざり合い、それぞれの体へと流れ込む。
その心地よさに、エルナは目を閉じた。春の暖かな日差しに、体が包まれているような感じだ。
(心配かけてごめんね。もう絶対しないって約束するよ)
その温もりの中で、エルナはポムの声を聞いたような気がした。
確かな言葉として聞こえたわけではない。だが、ポムの意志のようなものを感じ、それは決して思い違いではないと確信できた。
「うん、約束ね」
エルナは微笑み、続けた。
「それと、私の名前はエルナっていうのよ」
なんとなくポムが自分の名前を知りたがっているような気がしたのだ。ポムのつぶらな瞳がキラキラと輝いたので、きっと勘違いではなかったのだろう。
日が暮れたあと、エルナはランタンを手にポムと温泉へ向かった。
背中にはタオルや着替えを詰めたリュックを背負っている。夜の森は暗いけれど、ポムと一緒なら怖くない気がした。ポムはすっかり元気になって、エルナの少し先をポムポム歩いている。
しばらく行くと、温泉の硫黄の匂いがしてきた。薄暗がりのなかで、湯気がゆらゆらと揺れている。
エルナはランタンの明かりをかざして、温泉を見た。灯りのなかに湯気が揺らめいて、どこか幻想的な景色だ。
温泉は三人くらいは余裕で入れる広さがあった。内側は河原の丸い石が敷き詰められていて、周囲は少し大きめの石で縁取られている。エルナはその石のひとつにランタンを置いた。
「キュー!!」
ポムがドボンと頭から温泉に飛び込む。
小さいので溺れはしないか心配したが、どうやら大丈夫そうだ。犬かきで器用に湯船の中に浮いて、「早くおいで」というように、こちらを見ている。
外で裸になることにエルナは一瞬躊躇した。だが、暗い夜の森に人が来るはずもない。
この森は伯爵家の所有だと皆知っているので、そもそも勝手には入らないのだ。こっそりキノコなどを探しに来る領民もいるが、さすがに夜は来ないだろう。
それでもエルナはそばの茂みの影に隠れるようにして、そーっと服を脱いだ。タオルで体を隠しながら、足先からゆっくり湯船へと入る。湯加減はちょうどいい。
「はぁ~、気持ちいい!」
数日ぶりのお風呂に、思わず声が出る。体と心の疲れが、お湯に溶け出ていくようだ。
「きゅぅうう」
エルナの声に応えるように、ポムが気持ち良さそうに鳴く。
いつの間にか、仰向けの姿勢でぷかぷかと浮いている。尻尾を動かして器用に方向を変えているのが、なんだか可笑しい。
エルナは目を閉じて、森の音に耳をすませた。
そばを流れる小川のせせらぎ、風が木の葉を揺らす音、秋の虫の声。
そのすべてが心を癒してくれる。
(ああ、とっても幸せだわ)
立派な屋敷に家族と住んでいる時より、追い出された今の方がずっと幸せだ。自分で作った好きなものを食べられるし、意地悪されることもない。
エルナは、「ここでずっとポムと一緒に暮らしたい」と思っている自分に気がついた。




