(8)遠い記憶
ああ、ちょっと張り切りすぎて失敗しちゃったな。
これじゃあ、あの子が悲しんでしまう。 ボクはあの子に笑っていてほしかっただけなのに。
目を閉じると、あの子とリリーの顔が重なってひとつになる。
ボクがリリーと出会った時、この国の人びとは飢えに苦しんでいた。長いあいだ雨が降らないので、作物がすべて枯れてしまったのだ。
ボクはなんとかしようと頑張った。作物を豊かに実らせるのは、神様がボクに与えた使命だからね。だけど被害が大きすぎて、今みたいに魔力切れを起こして倒れてしまった。
(もう……ダメかもしれない)
そう思ったとき、優しい声がしたんだ。
「どうしたの?毛玉ちゃん」
それがリリーとの出会いだった。
彼女は温かな手でボクを抱き上げてくれた。少ない食料でスープを作って、ボクの口に入れた。ボクはあっという間に元気になって、魔力もすぐに回復したんだ。
リリーは村長の娘だった。村長もその家族もとても素敵な人たちで、食料をかき集めて飢えた人々のために食事を作って配っていた。
もちろん、具の少ない質素なスープだったけれど、みんなそれを食べると元気になった。
なぜって、そこにはリリーの魔力が入っていたからさ。リリーの魔力には、食べた人を元気にする力があるんだ。
ボクはこの国の人びとのために力を振るった。枯れた大地がみるみる緑に変わって、みんなが喜んでくれて、リリーも笑ってくれて、ボクはとっても幸せだったよ。
だけどある日、銀色の髪をした「おうさま」って人がやってきたんだ。そしてリリーを連れて行ってしまった。
みんな、「おうさま」はこの国で一番偉い人だから、リリーは幸せになれるって言ってた。
ボクはボクの森でリリーの帰りを待っていたけれど、彼女はそれっきり帰って来なかったよ。「おうさま」は時々、「みつぎもの」を持ってきたけれどね。
でも、それはリリーの作った料理じゃなかったから、ボクは顔を出さなかった。
それからずっと、ボクは一人ぼっちだった。
最近では森が荒れてきたので、また力が弱くなってしまった。森は村長さん一家が守ってくれていたはずだけれど、人間の寿命は短いから、きっとみんな死んでしまったんだろう。
そしてあの嵐の夜、ボクはとうとう倒れてしまった。
(リリー……会いたいよ……リリー)
ボクは雨に打たれながら、リリーを呼んだ。そうしたら、リリーが助けに来てくれたんだ。
いや、違う。あの子はリリーじゃなかったね。
でもあの髪と瞳の色を見たとき、ボクはまたリリーに会えたと思って嬉しかった。
それに、あの子が作る料理はリリーと同じで、春の日差しのような暖かい魔力を感じるんだ。その料理のおかげでボクの力はまた戻ってきたよ。
あの子はボクにポムっていう可愛い名前をつけてくれた。「おうさま」がつけてくれた名前はあんまり好きじゃなかったから、とても嬉しかった。
でも、あの子の名前はなんて言うんだろう?リリーの時みたいに、あの子の名前を呼ぶ人がまわりにいないから分からない。
きっと一人ぼっちなんだ。だからボクが守ってあげなきゃ。
ほら、ボクを呼ぶ声が聞こえる。泣いているみたいな声だ。
大丈夫だから、泣かないで。
ボクは君のご飯を食べればすぐに元気になるよ。
「ポム、しっかりして!ポム!!」
エルナはポムを抱いて小屋へ急ぎながら、その名前を何度も呼んだ。
倒れたのは自分が無理をさせてしまったからだと思って、後悔の涙がとめどなく流れる。
ポムの元気な様子に、つい安心してしまっていた。雨に打たれて倒れていたのは、ほんの数日前のことだったのに。
ようやく小屋へと辿り着いたエルナは、ポムをベッドの上にそっと寝かせる。
「お願いだから目を開けて、ポム!」
フワフワの毛並みを撫でながら、涙声で懇願する。すると、ポムの瞼がわずかに動いた。
「ポム、私が分かる?」
エルナは身をのりだして、ポムの顔を覗き込んだ。黒いつぶらな瞳と目が合ってホッとする。気がついたようだ。
キュル~、グルグルグルゥウウウウ!!
ホッとしたのもつかの間、奇妙な音が部屋の中に響き渡った。発生源はポムのお腹だ。
「え?もしかしてポム、お腹が空いてるの? 」
「きゅ、きゅぅぅぅ」
弱々しい声が返ってくる。エルナはポムに毛布をかけてやって、優しく言った。
「ご飯を作ってあげるから、少し待っててね」
キッチンへ行ってかまどに火を入れ、鍋に少量のオリーブオイルを入れて米を炒めた。野菜と薬草をたくさん入れてリゾットを作る。もちろんヒールシャワーのスパイスも欠かさない。
最後にすりおろしたチーズをかけると、食欲をそそる香りがキッチンに広がった。
「ポム、美味しいリゾットができたわよ」
エルナはベッドのポムを抱き上げ、キッチン兼ダイニングの椅子に座る。
そしてスプーンでリゾットを少しだけすくい、膝の上で力なく横たわっているポムの口に入れた。
最初の一口を飲み込むと、その体から弱々しい光が発せられた。様子を見ながら、木のスプーンを何度もその口へ運ぶ。




