(5)美味しいご飯の条件
数時間後、エルナはようやく目を覚ました。日はとっくに落ちてしまったらしく、小屋の中は薄暗い。
「嫌だ、寝過ぎちゃったわ!」
「キュ?キュウ!?」
エルナが突然起き上がったので、そばで寝ていたポムも驚いて飛び起きる。
後ろ足で立ち上がって、キョロキョロする姿がなんとも可笑しい。
「ごめん、ごめん!寝過ごして失敗したと思っただけ」
「キュウウ!」
笑いながら謝るエルナに、ポムは「ビックリしたよ!」という風に鳴いた。
考えてみれば、ひとりと一匹の気楽な暮らしなのだから、少しはのんびりしたっていいはずだ。屋敷でこき使われていた頃の習性が、まだ抜けていないようだ。
(あれ?そう言えば、何か忘れているような……)
心のどこかで、何かが引っかかっている。気になっていることがあるはずだ。
(まあ、いいか。大事なことならそのうち思い出すよね)
しばらく考えても思い出せないので、エルナはそれを心の隅に追いやった。
「今夜はご馳走を作るからね」
ベッドを軽く整えると、エルナはそう言ってキッチンに立ち、まずは米を洗った。
ポムが嬉しそうに後を追ってきて、作業台へと飛び乗る。エルナが米を研ぐ様子を興味津々に見つめている。
エルナの母は、新しい食材に好奇心を持って挑戦する人だったので、米の美味しい食べ方もいろいろ研究していた。
米はいろいろな食べ方ができるうえに腹持ちが良い。エルナは子供のころから大好きだった。
鍋に米を移して水加減を調整すると、肉を切るためにシェフナイフを取り出す。
そのほうが安くなるので、ブロックの肉を買ってきたのだ。エルナはナイフを握りしめて肉を見つめる。
ナイフを入れるべき場所に、スーッと魔法の細い線が見えた。
(うん、ここね)
脂身などの余分な部分を切り落とし、二枚のステーキを切り出す。
切り落とした部分は、スープにすれば美味しく食べられる。そっちはサツマイモの葉やキノコと一緒に煮て、明日の朝ご飯にすることにした。
(筋も切らないと)
切ったステーキ肉に目を凝らすと、今度は赤身と脂身の間に魔法の線が見えた。
エルナは包丁の先を使って、線の通りに筋を切っていく。こうすると焼いた肉が固くならないのだ。
この魔法のナイフのおかげで、いつでも最適に無駄なく食材を切ることができる。
続いて、ペティナイフでキノコを切る。
プルンとした独特の感触のある黒真珠を切ると、ナッツのような香りがほのかに香った。
ポムもピンク色の鼻をヒクヒクと動かしている。
「さて、これはどう使うのがいいかしら?」
エルナは米を買った店でもらった「ショーユー」の瓶を取り出した。 スプーンにちょっと出して舐めてみる。
(しょっぱい!)
でも、ほのかに大豆の良い風味がした。
「意外とバターと相性が良さそうだわ。バターとこれでステーキソースにしてみましょうか」
「キュウ!」
ポムが「賛成」とばかりに片手を上げる。その愛らしさに、自然と笑みがこぼれた。
「でもその前にご飯を炊かないとね」
この小屋には、かまどが一つしかないので不便だ。
小屋の前には焚き火ができるスペースがあるので、焚き火と併用するのがいいかもしれない。
エルナはかまどに火を入れ、まずはご飯を炊いた。
米は吹きこぼれたり焦げたりするので、火加減が難しい。
エルナが火の前でしゃがみ込んで苦戦していると、ポムがぴょんと降りてきて隣に並ぶ。
そして何を思ったのか、エプロンの大きな前ポケットにもぐり込んできた。
「え?何してるの?」
「キュウ」
ポムはエルナを見上げて答えたが、何を言っているのか分からない。
カンガルーの赤ちゃんみたいに、ポケットから顔だけぴょこんと出している。
(もしかしたら、リュックの中が気に入ったのかも)
猫だって狭いところが好きではないか。
そう思ったエルナは、そのままにしておくことにした。ポムは小さいので、たいして重いわけでもない。
「さて、そろそろいいかしら」
鍋をかまどから外して余熱で蒸らす間、フライパンを火にかけた。まずオリーブオイルを薄くひき、ステーキ肉を入れる。
ジュウウウウ!!
軽快な音とともに、肉の焼けるいい香りが漂った。
充分に火が通ると、エルナは肉を皿へと移す。
次にキノコを入れ、塩とヒールシャワーを振りかけて、食感が残るようにサッと炒めた。フライパンに残った肉汁を、キノコがたっぷりと吸い込む。
「最後はソースね」
キノコも皿にあけると、エルナはフライパンへバターを投入した。バターが茶色くなるまで焦げたところに、鍋肌からショーユーを回し入れた。
周囲に何とも言えない香ばしい香りが広がった。バターの香りと相まって食欲をそそられる。
「キュ、キュゥウウウウ!」
お腹のポケットのポムも、たまらないというように鳴き声をあげた。見れば口の端からよだれが垂れている。
エルナは思わず吹き出した。
「ポムったら、食いしん坊ね」
エプロンの端を使って、よだれをそっと拭いてやる。
「ご飯もちょうど蒸れたわ」
鍋のふたを開けると、モワッと湯気があがった。
エルナはヘラを使ってご飯をかき混ぜると、皿へとよそった。少々おこげが多めだが、けっこう上手く炊けたのではないだろうか。
そのご飯の上に、食べやすくカットしたステーキとプリプリのキノコを並べる。上からバターとショーユーを使ったソースをかけると完成だ。
香ばしいソースが、肉とキノコを通過してご飯にしみこんでいく。
こうしてご飯に食材を乗せるやり方は、以前に母と試したことがあった。ご飯にソースや食材の旨みが絡むと、とても美味しいのだ。
「 お待たせ、ポム」
「キュウウウウウ!!」
エルナがテーブルに皿を置くと、ポムはポケットから飛び出してテーブルのうえに飛び乗った。
そのまま皿に顔を突っ込んで、ムシャムシャと食べ始める。
その体からは、すぐに金色の光が発せられた。
「ゆ、ゆっくり食べてね」
エルナも食卓に着くと、まずは黒真珠とご飯をスプーンですくって口に入れた。
口に入れた瞬間、黒真珠独特のナッツの香りが口のなかで弾ける。
ブリンブリンの食感に続いて、とろけるような旨みが舌のうえに広がった。
「んんっ!」
名残惜しいと思いながら飲み下すと、今度はステーキののった部分を頬張った。
魔法のナイフを使って処理された肉はどこを噛んでも柔らかく、肉汁があふれてくる。
ショーユーの香ばしさが、野性味あるイノシシの肉の旨みを引き立てていた。
「美味しい!」
「キュー!」
エルナが思わず叫ぶと、顔をご飯粒だらけにしたポムは応えるように鳴いた。
「ふふっ、美味しいね」
熱心に食べ続けるポムに、エルナはそう声をかけた。一人ではなく、誰かと分け合って食べるご飯の美味しさは格別だ。
(私は、ずっと淋しかったんだわ)
何年も押し殺してきた自分の感情に、彼女はようやく気づいた。
ジャネットたちが屋敷にやってきてから、エルナはずっと一人でご飯を食べていた。
食事の粗末さよりも何よりも、独りで食事することの味けなさの方が辛く、悲しかったのだ。
「キュ、キュゥウウウウ!?」
ポムの鳴き声が間近に聞こえたと思うと、ふわふわと温かいものが顔に触れる。
ポムが膝の上に乗って背を伸ばし、ナプキンで頬の涙を拭こうとしていた。
どうやら自分でも気が付かないうちに、泣いていたらしい。
「キュ、キュッ?キュウ!!」
ポムは必死な様子でエルナを見あげてくる。まるで「どうして泣いているの?泣かないで!」と言っているようだ。
「ごめんねポム、大丈夫よ。あんまりご飯が美味しいから、嬉し涙が出ちゃっただけなの」
目元を指先で拭って、エルナは微笑んだ。
「キュー!」
エルナの言葉が通じたのか、ポムは「そうだよね」と言うようにコクコクとうなずく。
「ポム!」
その愛らしい仕草に、エルナは思わずもふもふの体を抱きしめる。
ポムの体は温かく、フワフワの体からはお日様の匂いがした。




