(4)米を手に入れる
(そうは言っても、今後のことを考えたらあまり無駄遣いはできないわね)
エルナは考えながら市場の中の店を回り、バターやチーズ、卵、砂糖といった料理に欠かせない材料を購入する。
(あっ、ポムが喜びそう!)
雑貨を売っている店で見つけたあるものも、ポムのために買った。
(あとはお肉ね)
市場に肉屋は一軒だけのようだ。
「らっしゃい!」
エルナが肉を見ていると、筋肉モリモリでコワモテの店主が声をかけてくる。顔もヒゲで覆われていて、ちょっと怖い。
「い、イノシシのお肉を下さい」
店主の見た目にちょっと怯んだが、エルナは勇気を出して言った。イノシシは安く手に入るうえに豚肉よりも栄養価が高いので、このあたりでは庶民がよく食べるのだ。
「それと、このクロケットを二つ」
エルナは、大皿に山のように盛られている揚げ物を指した。
クロケットは、炒めたひき肉などをマッシュポテトと混ぜ、パン粉をつけて揚げたもの。肉屋でよく売っている、定番のお惣菜だ。
家で作ったものしか食べたことがないので、こういった店のものも食べてみたいと思ったのだ。
「はいよ~!」
だみ声で答えた店主は、太い指で器用に品物を包んでいく。
「おまけにベーコンの切れ端も少し入れといたからね」
「わあ、ありがとうございます!」
エルナは包みを受け取って、礼を言った。ベーコンは保存がきくし、塩気と旨みがあるので、スープに少し入れるだけでも美味しくなる。
肉屋を後にしたエルナは、最後に行こうと思っていた店へと向かう。その途中、野菜の種を売っている店を見つけて足を止めた。
(自分で育てたら、少しは生活の足しになるかもしれないわ)
せっかく畑があるのだからと、試しにトマトとカボチャの種を買うことにした。
「いらっしゃいませー!」
目的の穀物を売る店に入ると、若い男性の店主が元気よく声をかけてくれた。
「あの、お米はありますか?」
「はいはい、ございますよ!」
米は十年ほど前から南部の方で作られるようになったのだが、あまり普及していないせいか、小麦よりも安く手に入る。
だが、調理方法を覚えればパンを焼くより簡単だし、保存もきくので使いやすい。
「お嬢さんひとりで持てますか?」
「ええ、大丈夫です」
ずっしりと重い米の袋を手渡すとき、店主は心配そうに聞いた。でも、イグニッションで身体能力を強化している今のエルナには、これくらいへっちゃらだ。
ここを最後にしたのは、米が一番かさばるからだ。
「娘さん、おまけにこれもどうぞ」
店主が瓶に入った黒い液体をくれる。
「これは何ですか?」
見たことがないが、調味料だろうか?
「ショーユーとか言う異国の調味料です。米と相性が良いって聞いたからちょっと仕入れてみたんですが、売れ残っちゃいましてねぇ」
困ったように頭をかきながら、店主は続ける。
「大豆を原料にしているそうで、肉でも魚でも野菜でも、なんにでも合いますよ」
「そうなんですね、ありがとうございます!」
エルナはそう礼を言って、心からの笑顔を返した。
市場で買い物するなんて初めは怖かったけれど、みんなとても親切で優しい。
怒られたり嫌味を言われるのではなく、こんな風に当たり前の会話ができることが何よりも嬉しかった。
ひと通りの買い物を終えた後、エルナは人気のない路地へ入ってリュックをおろす。なかのポムを確認すると、丸まって気持ちよさそうに寝ていたので安心した。
彼女はリュックを背負い直すと、森を目指して歩きはじめた。イグニッションの効果が切れてきたらしく、ちょっとだけ足が重くなる。
でも、心は軽かった。
(今夜は美味しいものを作ってあげよう!)
エルナの顔には自然と笑みが浮かんでいた。
「はぁ、さすがに疲れたわ」
また一時間近くの道のりを歩いてようやく小屋に戻ると、エルナはキッチンの椅子に座り込み、体を背もたれに預ける。
「きゅぅうううう」
リュックから出たポムは、つぶらな瞳をうるうるさせてこちらを見てくる。
きっとお腹がすいたのだろう。時刻はもう、昼食の時間をとうに回っている。
急遽、市場に行くことになってしまったので、遅くなってしまった。
「ゴメンね、お腹が空いたよね」
エルナは重い腰を上げると、朝食の残りのサツマイモの蜂蜜煮をポムと分ける。ヒールシャワーが入っているので、イグニッションで無理をした反動も緩和できるだろう。
そして、皿に先ほど肉屋で買ったクロケットをのせ、ポムの前に置く。
「キュウ?」
ポムは不思議そうな顔でクロケットを眺めると、鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
「キュゥウウ~」
しばらくクンクン嗅いだあと、ポムが首を横に振った。
「え?食べないの?」
エルナは目を丸くする。何でも食べる食いしん坊のポムが、食べ物を拒否するなんて。
(何か体に良くないものでも入っているのかしら?)
まさか毒は入ってないだろうが、店によっては傷んだ野菜などを使っていると聞いたことがある。自分の皿のクロケットをよく観察するが、美味しそうな匂いしかしない。
「キュウ!」
こちらを呼ぶように鳴くので見れば、ポムは前足の片方をクロケットの上で振っていた。
「ええっと、もしかしてヒールシャワーをかけて欲しいの?」
「キュゥウウ!」
エルナが聞くと、「そうそう!」というように答えた。ヒールシャワーをとってきて少し振りかけてやると、今度は躊躇なく食いついた。
(ポムは秘伝のスパイスが好きなのね)
エルナの魔力が入っているのが分かるのだろう。ポムの魔力と似ているから、心地良いのかもしれない。
エルナはそう納得して、自分もクロケットを一口かじった。
持って帰るあいだに冷めてしまっていたが、キツネ色に揚がった衣はまだサクサクだ。
ゴロッとした食感が残るように、荒めにマッシュしたジャガイモ。濃い目に味をつけたひき肉がたっぷり混ざっていて、なんとも食べ応えがある一品だった。
「キュウ!」
ポムはあっと言う間にクロケットを食べ終えると、満足そうにひと声鳴いた。すぐにまた、サツマイモの蜂蜜煮の皿に顔を突っ込む。
お昼はお芋ばかりになってしまったけど、仕方がない。夜は肉で美味しいものを作ってあげることにしよう。
「ポム、おいで」
食事が終わると、エルナはポムを呼んだ。その手にはブラシが握られている。雑貨屋でみつけた猫用のブラシだ。
「もっと、可愛くしてあげるね」
近寄ってきたポムを膝のうえに抱き上げると、エルナはポムの白い毛に優しくブラシをかけはじめた。
「きゅ、きゅぅううう~」
ポムは気持ちいいようで、目を細めておとなしくしている。ブラッシングするたび、白い毛に艶が増していく。
ポムを乗せた膝が温かい。ふんわりした毛を触っていると、エルナもほっこり癒されてくる。
クゥクゥ……。
頭から尻尾まで、全てがふんわりフワフワに仕上がるころには、ポムは気持ちよさそうに寝息を立てていた。
(ああ、私も眠くなっちゃった)
エルナは夕方まで昼寝をすることにした。
ポムを抱いてベッドへ行き、一緒に横たわる。
ふわふわのもふもふを胸に抱きしめながら、目を閉じた。やはり疲れていたのだろう、引き込まれるように眠りに落ちていく。
カサッ……カサッ……。
眠りの底に沈んでいく直前、エルナは微かな音を聞いた。土のうえの枯葉を、誰かが踏んでいるような音だ。
(小屋の周りに誰かいる……?)
だが、その瞼が開くことはなく、心に浮かんだ小さな不安は意識と共に消えてしまった。




